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アカウント取得! 婚活サイトにログインせよ!

 わたしのデスクにメフィストがことりとティーカップを置いた。

 ふわりとした紅茶のいい香りがわたしの鼻孔をくすぐる。


「どうしたのですか、ミヒリアさま?」

「え、何が?」

「いえ。今日一日中にやあっと笑っていて不気味なので。仕事への集中力も切れ気味ですよね?」

「そうかなあ?」


 なんて言って口元を撫でる。むっちゃ緩んでた。

 まあ、仕方ないよねー……。

 実は朝からずっとそわそわしている。むっちゃそわそわしている。自分が魔王に指名された日よりもそわそわしている。


 今日からステバリ社の婚活サイトが利用可能になる。

 いよいよ婚活が始まるのだ。


 むふふふふ~。

 そりゃ仕事どころじゃないよね! ああ、早くアカウント払い出しのメールが届かないかなあ! 届いたら仮病つかって私室に引きこもろう! わくわくが止まらない!

 この日までわりと長かったからね……。


 ――はい。入会したいです!


 そうタイラさんに伝えてから一ヶ月くらい経っている。

 理由はいろんな書類が必要だったから。

 まず独身証明書。

 結婚できる人であることが条件なので必要なのだそうだ。

 次に年収証明書。

 年収四〇〇万の人が「俺って年収一〇〇〇万なんだよね~」と言って登録するのを防ぐためだ。

 あとは人間界の身分証明書とかね。こちらは年齢を証明する必要があるからだ。


 大変だったねー。

 だって、わたしは人間界の戸籍がないからね……。

 手に入れようがないのだ!

 というわけで偽造した。


 嘘はつきたくないけど――他に手がなかったんだよなあ……。


 魔王城に潜入工作とか担当する部門があるので、いろいろと理由をつけてわたしの書類を一式作らせた。

 だけどまさか人間界で婚活するからとも言えない。こっそりとねじ込むのが実に面倒だった。

 で、何とか各種証明書は提出完了。


 次は写真撮影である。

 ステバリ社おすすめの写真館に行ってぱしゃぱしゃぱしゃと写真撮影した。

 そんなこんなで慌ただしい日々が過ぎ、晴れてわたしはステバリ社の正規会員となったのだ!

 やったー!

 そりゃ浮つくなと言うのが無理な話だ!

 とはいえ、だ――


「きっとメフィストの気のせいだよ。うんうん」


 少しばかり気を引き締めようと思った。

 わたしは婚活のことを誰にも話していない。こっ恥ずかしいのもあるが、人間とお見合いとか魔王としてどうかとも思う。

 ま、まあ……本気じゃないけどね?

 お試しってやつ? 練習というか?

 あんまりおおっぴらに言うものでもないだろう……。

 周りに気取られないように気をつけなければ。


 ……なんて思っていると。


 ぴろりん♪

 わたしのスマホがメール到着の音を鳴らした。わたしは魚を見つけた猫のような速度でスマホに手を伸ばす。

 タイトルは『お客さまのアカウントが登録されました』――


「うっひょー!」

「うっひょー?」


 わたしの言葉にメフィストが片眉を跳ね上げた。おっといけないいけない……もっとクールにクレバーに……。

 メフィストって超優秀で鋭いからね……甘い対応をすると見抜かれてしまう……。

 わたしは咳払いした。


「あー、あー、うんうん? ちょっと喉の調子がおかしいかな?」

「喉の調子がどんなに悪くても、うっひょーって言わないと思いますが?」

「魔王だとね、言っちゃうんだな!」


 わたしは強引な突破を試みた。


「魔王というフィールドに立たないと見えない景色があるんだよ、メフィストくん!」

「いや、ないでしょう」

「いかんいかん、喉どころか少し熱っぽいかもしれない。メフィスト、あとの雑務は君に任せた。わたしは私室で横になるよ」


 うさんくさげな視線を向けるメフィスト。わたしはげふんげふんと咳ごみつつ執務室を抜け出た。

 そして、私室へと慌てて駆け込む。


 ぱたん、とドアを閉めた瞬間――

 小さくガッツポーズをとった。


 よーしよし! ここまで来たらもう誰にも邪魔されない! わたしはわたしの時間を堪能するぞ!

 わたしはノートパソコンを立ち上げた。

 そして、ステバリ社の会員サイトへと接続する。送られてきたメールに書かれていたアカウントを入力する。


 ログイン!


 画面が切り替わり、わたし専用のトップ画面が表示された。

 感無量である。


 ついに――

 ついにわたしの婚活が始まったのだ!


 まずわたしは自分のプロフィールページを確認した。そこにはわたしの写真が登録されている。


 なんというか――

 爽やかな写真である。

 女性なら誰でも必ず一着は持っていそうなベージュ色の上下を着て、木漏れ日がこぼれ落ちる公園で柔らかな微笑をたたえて立つ女性が映っている。

 絵画であればタイトル『無難』。

 誰だお前は。

 それくらい謎の清涼感を放っているが、被写体は間違いなくわたしである。

 うーむ。さすがはプロのカメラマン。

 実物比五〇%増しで映っている。

 次にわたしは推薦文を確認した。わたしを担当する仲人――タイラさんが書いてくれたわたしの推薦文である。


『ゆったりとした雰囲気を身にまとったミヒリアさん。お話ししていると心が温かくなるような気持ちになります。


 経営者という責任あるお仕事をなさっていて、組織をまとめるのはなかなか大変だと語っておられました。ですが、メンバーと気持ちが通い合って一致団結できたときは気持ちいいものがありますね、とも。そのときの表情はとても自信とやりがいに満ちていて印象的でした。仕事に対して強い想いのある方です。


 趣味は音楽鑑賞や読書。お相手とは好きな音楽や本の情報を交換して一緒に楽しみたいと目を輝かせておいででした。好奇心の幅が非常に広いようで新しい作品を次々に開拓していくのを楽しんでおられるとのこと。そんなミヒリアさんにお薦めを伺えばきっといろいろな新しいことに出会えることでしょう。


 お相手とは仲よく楽しい家庭を作っていきたいと語っておられました。争いごとが苦手なミヒリアさんらしい素敵な未来だと感じました。押しつけがましさがなく優しく人と接するミヒリアさんとなら、きっと穏やかで誠実な家庭を作っていけることでしょう』



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― 新着の感想 ―
[一言] 『マジックアロー』がとても面白いのでこちらも読ませていただいてます。 「うっひょー」のくだり、最高です。声出して笑いましたw
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