女魔王、婚活サービスに登録してしまう
タイラさんはステバリ社のパンフレットを机に置き、最初のページから説明を始めた。
「婚活サービスを提供する会社はたくさんありますが、大きく分けると二種類となります。ひとつ目は『情報提供型』。異性を検索できるサイトを提供して会員さま自身で検索してお相手にアプローチしていただきます」
ページの別の箇所を指差す。
「もうひとつは『仲人型』。こちらは仲人がいただいた検索条件やお話しさせていただいたときの印象からフィットすると思われる会員さまを紹介させていただく流れとなります」
タイラさんは話を区切ってからこう付け加えた。
「弊社は仲人型になりますね」
「……情報提供型との違いをもう少し説明してもらえますか? できれば優位点を」
「かしこまりました。ただ、どちらが優れているということでもない点はご理解ください。どちらがお客さまに合っているのか、という観点が大事かと」
「もちろんです」
「情報提供型は自分でアプローチできます。だいたい月でアプローチできる人数は決められているのが通例ですが、人気のある会員さまには多くのアプローチが届きます」
なるほど。
自分からアプローチできる人数が月一〇人でも、アプローチされるのは無限ということだ。一〇〇〇人がアプローチしてきたら一〇〇〇人にアクセスできるわけだ。
「なので条件のいい会員さまにはたくさんの出会いがあるでしょう」
「逆に言えば条件が悪いと厳しいと」
「そうなりますね。人気のある人に集中しがちになりますので……」
うーん……わたしの人気か……。
正直なところ、わたしの顔は別に美人ってわけでもないからな。若いわけでもないし……。
グレゴリオを略奪したエリーとかいう女だと人気でそうだ。
ぐぬぬ! 思い出しただけで腹が立ってきた! 忘れよう!
「他には大変なところがありますか?」
「最初のアプローチからすべてご自分でおこなっていただくため、会いましょうとなってからのお顔あわせの段取りもご自分たちで詰めていただきます。慣れていないと大変でしょう。自由度が高いのは魅力でしょうが、恋愛スキルに自信のある方向きですね」
……。
恋愛スキルに自信があったら婚活なんかしてないわッ!
ちなみにわたしの恋愛スキルは彼氏いない歴三〇〇〇年なのでゼロである。レベル1経験値ゼロのまっさらな状態。
うん?
グレゴリオは彼氏に入るのだろうか?
あいつでリセットしたことにすれば彼氏いない歴一〇日とか言えそうだ。それは悪くないが、あいつをわたしの彼氏遍歴に加えることは頭にくる。無し! 無し! 一緒に食事してただけだしな……。
というわけで、わたしの彼氏いない歴は三〇〇〇年で継続中!
「……じゃあ、仲人型はどうなのでしょうか?」
「先ほど説明しましたとおり、会員さまへのアプローチは会員さま自身からはできません。仲人が『この人と合うのではないか』とみなした会員さまを週ごとに数人ずつ紹介させていただきます。お互いに会ってみたいとなった場合、仲人が集合場所をセッティングしお見合いしていただきます」
「……お見合い!」
ついにその言葉が出てきたか!
わたしの頭で水をためた竹がかぽーんと鳴る音が反響した。
しかし、タイラさんは笑みを浮かべて首を振った。
「そう堅く考えないでください。喫茶店でお茶をしながら一時間くらいお話するだけなので」
「え、お座敷で『本日はお日柄もよく』みたいな感じではなく?」
「時代にあわせてカジュアルになっているんですよ」
にこにことほほ笑むタイラさん。
「それでお互いに『また会ってみたい』となりましたら、次からは会員さま同士で連絡して進めていただきます」
ああ、なるほど……。そこからは情報提供型と同じなのね。
だけど、最初の面談までを手配してくれるのはよさそうだ。
タイラさんが話を続けた。
「仲人が紹介数を調整しますから、一部の人だけに人気が集中したり、逆に誰にも相手されない状況にはなりにくいですね。もちろん、不相応な条件を設定した場合は厳しいですが」
不相応な条件……。
つまりさっきの年齢と年収か。たとえば年収一〇〇〇万! とか言っちゃうと相手が見つからなくなるわけだ。
「情報提供型に比べて短所はなんですか?」
「そうですね……仲人が動きますからどうしても情報提供型に比べて人件費の関係で料金が高くなりますね。サポートが手厚くなるほど値段が上がります」
「あー、そりゃそうですね」
ま、わたしは値段気にしないけど。
「あと仲人が介在しますから自分で好きにしたい人には不評かもしれませんね」
逆に言えば仲人がサポートしてくれるから恋愛初心者でもそれなりに戦えるということか。ひのきの棒に革の鎧装備の恋愛レベル1のわたしには弱肉強食の情報提供型は難しそうだな……。
「ざっくりとした違いはご説明したとおりですが……伝わりましたか、ミヒリアさん?」
「はい、大丈夫です」
「弊社は仲人型ですが、どちらがご自分にあうと思いますか?」
「仲人型ですかねえ……あんまり恋愛スキルに自信がないので」
タイラさんがにっこりとほほ笑んだ。
「そう言っていただけると嬉しいです。大丈夫です。精一杯サポートさせていただきますので。では、詳細なシステムのご説明させていただきますね?」
タイラさんがパンフレットをめくりながら説明を始めた。
それから約三〇分後。
「以上が弊社システムのご説明となります」
説明が終わった。
「ミヒリアさん。どうでしょうか。弊社へのご入会に興味はおありですか?」
「そうですねえ……」
と答えながらわたしは頭脳をくるくると回す。
ぶっちゃけ――
興味はかなりあった。なんだか話を聞いていると恋愛スキルゼロのわたしでも結婚できそうな気すらする。
ていうかですね。
これくらい重厚なサポートがないと無理!
こちとら三〇〇〇年異性と縁がなかったからな……。
紹介される相手が人間というのはどうかと思うが、ま、別に本気じゃないしね?
そう。これは社会経験。
恋愛感情自体は人間も魔族も一緒なのだ。人間相手に恋愛スキルを磨いて魔族の相手を自力で見つければいい。そう。まずはわたしの恋愛スキルパーフェクトゼロを何とかするのが大事なのだ。
そういう意味ではこの仲人型の婚活システムは実に最適なソリューションではないか。
というわけで。
わたしはタイラさんの目を見て言った。
「はい。入会したいです!」