婚活の説明会に出てみよう!
数日後、わたしはラハルドまでやってきた。
魔王城から遠く離れた場所なのだけど、わたしクラスの魔族になると転移魔法で一発である。
メールで送ってもらった地図を頼りにデスティニーデリバリー社――今後は長いのでステバリ社と呼ぶ――へと向かう。
ステバリ社は人通りの多い繁華街にある見栄えのいい建物に看板を構えていた。
エントランスに入った瞬間、わたしはのけぞった
純白のウエディングドレスを着たマネキンがどーんと置いてあったのだ。
おおおおお……刺激してくるなあ……。
おらおら! 結婚すんぞ! 結婚すんぞ! みたいな。
わたしは玄関テーブルに備え付けの電話を取り、本日予約のミヒリアですが、と伝えた。
ほどなくして二〇代後半くらいの女性が姿を現した。
女性はわたしの前に立って丁寧な仕草で頭を下げる。
「ようこそおいでくださいました、ミヒリアさま。わたしは担当させていただきますタイラと申します。先日はお電話を受けていただきありがとうございます」
頭をあげてタイラさんがにっこりとほほ笑む。
「は、はい」
「それではお話をうかがいますので奥へ」
わたしは奥にある部屋へと通された。
部屋はそれほど大きくなく、小さなテーブルと二脚のイスだけが配置されている。
タイラさんは座ったわたしに一枚の紙を渡すと「準備をして参りますので、こちらにご記入をお願いします」と言ってどこかに行ってしまった。
紙には住所やら年齢を書く欄がずらっと並んでいる。Webで登録させられたものよりも詳細な内容だ。
仕方ないなー……。
わたしはすらすらと書き始めた――と言っても、素直に書けない部分もある。ていうか書けない部分ばかりだ。
たとえば年齢。
三〇〇〇歳とか書けないなあ……。
そもそも枠の大きさが明らかに二桁用である。
人間的にはどうだろう……三〇歳くらいかなー……。というわけで三〇と書こうと思ったが、思い直して二九にしておいた。
ま、まあ? そんな変わらないしね……?
次に住所である。
ネットでは地域だけだったが……今回は完璧な内容を求められている。魔王城の住所は書けないのでラハルドにある魔族の隠れ家の住所を書いた。隠れ家をバラしちゃっていいのかな……。
そんな感じで適当にずんずん埋めていく。
その手がふと止まった。
そこには『職業』と書かれていた。
職業――魔王。
ないわー。
……適当に書くしかないのだが……まるっきりの嘘というのもなあ……。職業って重要な情報だと思うので確実に話のネタにされるだろう。そのとき話せないと困るしなあ……。
というわけで『経営者』と書いた。
似たようなものだろう……たぶん。
『職業』をやり過ごしてさすがにもう難問はないだろう……と思っていたら、すぐ隣にあった。
年収。
年収かー。
魔王って年収いくら?
衣食住は魔王城で完備しているし、欲しいものも国のお金で好きに買えちゃうからね。給料という概念がない。
魔王はトップなので国の収益になるのかな。
うーん……国の収益がわからない。おそらくメフィストなら一発で教えてくれるのだろうけど。
よし!
一〇億ゴールドくらいにしておこう!
いや……待て……これってむっちゃ大金じゃないのか。あんまり大きいお金を書いても引かれるだろう。
と考えると人間の貨幣基準にあわせる必要がある。
で。
……人間の貨幣基準がわからない……。
前にメフィストが「人間が外で昼食を食べるとき一〇〇〇ゴールドを超えない範囲で検討することが多いんですよ」とか言っていた。
なるほど。
一食一〇〇〇ゴールド以下か。
よしよし。じゃあ、年収いくらにしたらいいんだろう。
うーん……。
わからない!
というわけで、わたしは覚悟を決めて書いた。
五〇〇〇万ゴールド。
二〇分の一! これでどうだ!
「……どうですか、迷うところはありませんか?」
タイラさんが部屋に戻ってきた。お盆に載せていたオレンジジュースのコップをわたしの前に置く。
「大丈夫です。書き終わりましたよ」
そう言って、わたしはアンケート用紙をタイラさんに渡した。
「拝見しますね」
タイラさんは上からざーっと眺め――
ぎょっとした。
そして、一言。
「ほう」
と言った。
……。
ほう、ってなに!?
なんかわたしやっちゃいました!?
歴戦の営業タイラさんは何事もなかったかのように表情を戻すと一気に紙を読み終えた。
そして、わたしににっこりとほほ笑んだ。
「お電話でお話ししましたとおり、これからミヒリアさんのご希望を伺い、どんな男性を紹介できるか見ていただきたいと思います。というわけで、少しお話しさせてください」
「……は、はい!」
わたしは緊張気味に応える。
ていうか……緊張していた。
魔王会議でも勇者を前にしたときとも比較にならない重圧が両肩にのしかかる。
これが――
婚活ッ!?
「ミヒリアさまはどれくらいの年齢の男性をご希望ですか?」
「年齢ですかー……まあ、自分と同じくらいですかね」
「と言うと、だいたい三〇前後の方ですか?」
「そうですね。年齢近いほうが話もあうかと思って」
……ホントは三〇〇〇歳だけど……。
「はい、おっしゃるとおりです。ただ、ひとつ確認させていただいたことがありまして……上は何歳まで大丈夫そうですか?」
「上?」
「男性は年下の女性を望まれる方が多いんです。なので年上の許容範囲をあげていただけるとご紹介できる人数も増えますね」
「ほー」
などと応えつつ、ちょっとわたしは落ち込んでいた。
年下がいいのか……。わたし三〇〇〇歳だから人間の寿命的に絶対に年下にならないんだけど……。
世知辛いなあ……せめてわたしはあんまり年上に厳しくするのはやめておこう。
「そうですね。五〇〇歳くらい上でもいいんじゃないですか?」
「五〇〇歳!?」
タイラさんが目を丸くする。
あ、いけない。寿命尺度がわたし基準だった。
人間の女性って何歳くらい上までオーケーなんだろ……。
「え、えーと、その言い間違えで。五歳? くらい?」
おそるおそるわたしは言ってみた。
タイラさんがにっこりほほ笑む。
「五歳差、ちょうどいい感じですね。それくらいをご希望される女性が多いんですよ?」
「そうなんですか」
「で、ですね……」
少し言いづらそうにしてからタイラさんが話を続けた。
「お相手のご年収はおいくらを希望されますか?」
「ああ」
それについては答えを用意していた。
ネットで世の女性がどう言っているかをリサーチ済みだ。
「わたしの年収以上――くらいですかね」
「年収以上――」
タイラさんが息を呑む。
あ、あれ? 間違えた?
確かさっき年収五〇〇〇万ゴールドって書いた気がしたけど……。
わたしなんかまたやっちゃいました?