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執事メフィストとの対話

 リノが消えた後、ガウェインがわたしたちを見た。


「すまなかったな。この埋め合わせはいずれするよ」

「いいさ、気にするな」


 レインさんが軽く首を振る。ガウェインは大剣を背に戻すと部下たちの後を追って姿を消した。

 レインさんがわたしを見る。


「すいません、ミヒリアさん。自分は大司祭長と話をしてきます。我々に悪い点は何もありませんが、いろいろと暴れちゃったのは事実なので……」

「あ、はい、大丈夫です。じゃあ、今日はここで解散ですか?」


 レインさんは少し迷ってから首を振った。


「いえ……よければ午後六時に待ち合わせしましょう。場所は――」


 場所を伝えるとレインさんはわたしに手を振りながら建物の中へと消えていった。

 午後六時か……。

 いろいろあった。別にもうお開きにしていいデートを中断してでも待ち合わせたいというレインさんの意図。

 想像するのは難しくない。


 告白なのかな。

 告白だろうな。


 だから前にカミングアウトしたのだから。レインさん的には今日という日に期するものがあったのだろう。

 午後六時。

 わたしはそれまでに決断をくださなければいけないわけだ。


 考える時間はいくらでも必要だが――

 その前にすませておくべきことがある。


「メフィスト」


 わたしが言うと、司祭服姿のメフィストがバルコニー出入り口から姿を見せた。


「助けてくれてありがとね、メフィスト」

「いえいえ。もうあの男とは別れたよ、なんてあるじに嘘をつかれても執事としての忠義は不滅ですので」

「マジでごめん!」


 確かにレインさんとは別れたと言ったねー言ってたねー……。


「だけど、それなのによくわたしがレインさんとデートしてるってわかったよね?」

「絶対に別れていないだろう……と思ったのと、さすがにミヒリアさまを王都にひとりで行かせるのは危ないと思って尾行した次第です。お役に立ててよかったですね」


 わたしたちがラハルドから転移門をくぐったときはいなかったと思うのだが――こいつはこいつで何かコネを使って飛んだのだろう。

「あのさ、教えて欲しいんだけど」

「何でしょう?」

「どうしてわたしはレインさんの血でやけどしなかったの?」

「ああ、あれですか」


 くっくっくっくとメフィストが笑う。


「だってあれ、ほら話ですからね」

「ほらぁ!?」

「私がですね、こういう事態に備えてむちゃくちゃ昔から流しておいた嘘なんですよ。ほら、役に立ったでしょ?」

「な、なんと……」


 そこでわたしは気がついた。聖人フィメトス。並び替えると聖人メフィストか……。

 すっかりわたしもその噂を信じてたよ……。


「じゃあさ、あのリノって女がニセ聖女ってのはどうしてわかったの? てか、いきなり出てきた証拠一式はなに?」

「いきなりじゃないですよ。昔から調べて準備しているんですよ」

「え?」

「王国の主要人物とその親族については情報を集めております。あのリノという女がニセ聖女というのは昔から知っていて証拠も握っておりました」

「はー、あんたマジですごいねー」

「お褒めいただき恐悦至極」


 メフィストが執事らしい礼儀の行き届いた仕草で頭を下げた。

 いやー……ホントこいつ優秀だね。敵じゃなくてよかった。ていうか超優秀。こいつが魔王でいいんじゃないの、もう?


「私のほうの話はこれくらいにしましょう」


 メフィストが顔から笑みを消してわたしをじっと見た。


「で、どうされるのですか?」

「う」

「相手は人間――どころかお話をうかがうと勇者じゃないですか。どうされるのですか?」

「うーむ……」


 わたしは口ごもった。

 そして、メフィストの視線に耐えきれずに口を開いた。


「こと、わるよ?」

「はい、嘘ですね」

「いやいやいやいやいやいや!」


 わたしは手をぶんぶんと振った。


「嘘じゃないって! 断らないといけないと思っているのはさ――本当だから」


 最後の言葉は、自分でもびっくりするくらい沈んでいた。

 わたしは咳払いして言葉を続ける。


「うん。無理な話だよ、これは」


 頭ではわかっているのだ。婚活とは結婚活動。ただの交際ではなくて、その先にある結婚こそが前提なのだ。勇者と魔王。交際でもわりと無茶な組み合わせだが、結婚となると――

 それはもうありえない。

 そんなものがうまくいくはずがない。


 人間の勝利のため魔族を殲滅せんと戦う勇者と、

 魔族の勝利のため人間を殲滅せんと戦う魔王と。


 そんなものが一緒になって行きつく先など地獄しかない。

 わかっている。


 ここで断ってしまうのがいい。そして、以前のように仮面の魔王ミヒリアとして彼の前に立てばいい。


 わたしの心は99%の納得をしている。

 だが、裏を返せば――

 どうしても最後の1%がひっくり返ってくれないのだ。


 仮面の魔王として勇者と相まみえる以外の未来――わたしとレインさんが小さな家で穏やかに談笑している未来。

 そんな未来がきっとあるのでは? 一億の悲劇の未来のなかに、ひとつくらいはそんな幸せな未来がないのか?


 その未練がわたしの決断を鈍らせる。

 だから、わたしはメフィストを見た。

 メフィストがいてくれてよかった。誰かに言葉として伝えることは重要だ。言葉にして誰かに言えば――

 それは実行するべきかせとなってわたしを縛るから。


「レインさんとはこれっきり。今日もお別れを伝えるためにきたの」


 言った。

 言ってしまった。

 だけど……それでいい。それでこそ正しい魔王のあり方だ。

 メフィストがじっとわたしを見る。そしてぽつりと言った。


「そうですか」


 そしてわたしの心を見透かすような目つきでこう続けた。


「はい、嘘ですね」

「今度のは本当だって!」

「嘘をついていますよ――自分自身に対してね」


 ぐっ!?

 その言葉は最短距離でわたしの胸を刺し貫いた。


「ミヒリアさま。わたしが聞きたいのは本音です。本当はどう思っているのですか?」

「……わたしは、魔王だから……」

「それは建前の話です。本音を聞きたいと私は言っています」


 メフィストの言葉は容赦がなかった。

 まるで迫ってくる壁のような強さがあった。私がそれに応えない限り決して妥協しない、そんな意志が。

 こいつ……!

 わたしはぎりっと奥歯を噛んだ。

 そっちがその気なら……いいんだね? 言っちゃうよ?


「……ホントは何かないかなって考えてる」


 わたしの心を正しく伝えたい。この気持ちを、想いを。わたしは頭のなかにある言葉を探し、ひとつひとつ口から紡ぎ出した。


「わたしもレインさんもまだ一緒にいたいんだ。一緒の時間を過ごしたいんだ。ずっと一緒に笑いあいたいんだ。この先どうなるかわからないけど……今はそうしたい……そうしたいんだ!」


 そして、メフィストの目をきっと見て言った。


「二人にいい未来があるのか、必死に考えているんだよ!」


 言い切っちゃった。

 あー言っちゃった。

 おかげですっきりしたが。わたしはこんなことを考えて悩んでいたんだねえ……。

 だけど、そこでわたしは大きく息を吐く。

 夢物語だ。しょせん。


「……メフィストはそんなわたしを甘いと言うんだろね」

「ミヒリアさまは勘違いしておられますね」


 メフィストは首を傾げた。


「別に私はミヒリアさまの交際に反対していませんよ?」

「え、そうだったっけ?」


 むっちゃ反対とばかり思ってたけど。


「はい。私は『どうするのか』と聞いていただけです。ミヒリアさまが交際するというのなら別に反対しません」

「そうなの?」

「私はね、意外と恋愛至上主義者なのです」


 は?

 いきなりこいつは何を真顔で言っているんだ?


「好きになったら仕方ないじゃないですか? 我慢などする必要はないのです。好きになったら心に従う。素敵だと思いませんか?」

「……だから、あなたはたくさんの女の子とつきあっているわけ?」

「その通りです」


 悪びれもせず、いつものにこやかな顔でメフィストが応じる。


「みんなみんな愛したい。愛していても他の人を愛したい。だから私はたくさんの女性と同時につきあいます。そして、全員を正しく真剣に愛します」

「へー、あんたなりの哲学があったんだねー」


 なんかプレイボーイの自己正当化のような気がしないでもないが。

 だが――

 そのいいざまは自分勝手な恋をしようとするわたしに勇気を与えてくれた。

 あとのことなんて知ったことか。

 勇者に恋をする。

 そんな女魔王がいてもいいんじゃないのか?

 惚れちゃったんだから仕方ないだろ!


「うん、いろいろと考えがまとまってきた」

「そうですか。それはよかった」

「メフィスト」

「はい?」

「やっぱりあんたは最高の執事だよ」


 メフィストは、彼にしては珍しく嬉しそうに口元を緩めた。そして、静かに頭を下げる。


「それでは私はここで。魔王城にお先に失礼いたします。後はご自分の心と対話してお決めください」

「わかった」


 そして、執事メフィストは姿を消した。

 わたしはひとりになって

 さて、どうするか――

 いや、そんな言葉はいらない。

 心など、とっくに決まっているのだから。


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