背水の逆転劇!
司祭の服を着た――というか、司祭に化けたメフィストがいつもながらの爽やかな弁舌をつらつらと述べだした。
「外で話を聞いていましたが、そちらの方々は魔王ではないと主張しているご様子。殺してしまった後に間違いでしたでは取り返しがつきません。もう少し話に耳を傾けては?」
「不要だ、司祭どの!」
一言で切り捨てたのは聖騎士ガウェインだ。
「貴殿も知っていよう! 神託とは絶対だ! 間違いなどない!」
「そうですね。神の意志に間違いなどないでしょう。おお、すばらしきは我らが主!」
感無量の様子でメフィストが言う。
嘘つけ。魔族のお前が神のこと好きなはずないだろ……。
「ですが、神は無謬であっても伝えるのは人間。そこに間違いが発生する可能性はあります。ね、聖女リノさま?」
にっこりとほほ笑むメフィスト。
リノは気圧されたように、う、とうめいた。
「というわけで、そこの彼女が本当に魔王か調べましょう」
「どうやって調べるんだ? そんな方法が――」
「おやおや。ガウェインさまともあろうお方が。ご存じないのですか? 聖人フィメトスの逸話を」
「聖人フィメトスの……?」
「聖人フィメトスは友人の勇者とともに魔王に挑みました。ですが、奮戦むなしく勇者は魔王に破れてしまいます。血にまみれた親友の遺体をフィメトスは抱きしめました。そこへ襲いかかる魔王。フィメトスの思わず突き出した手が魔王の手にあたり――勇者の血が魔王の身体を灼いたのです。その痛みに耐えかねて魔王は撤退した、という逸話です」
「ああ、それなら聞いたことがあるぞ」
うんうんとガウェインがうなずく。
わたしも聞いたことがある。その魔王はわたしじゃないけど。勇者の聖なる血を浴びると魔王の身体は灼けるらしい。わたしは浴びたことないけど。
メフィストが気安い口調で言った。
「ちょうどそこに勇者と魔王疑惑の女性がいる。聖人フィメトスの逸話をなぞるのはそんなに難しいことではないですよね?」
「なるほど……」
がいん! と大きな音を立ててガウェインの大剣の切っ先がバルコニーの床に落ちる。
「つまりレインの血で試すと」
「そういうことになりますね」
「それならどうだ、レイン?」
「別に俺はかまわないが……」
そう言って、レインさんが困ったような顔でわたしを見る。そんなことをしていいのか? と視線が語っている。
「……わたしは構いませんよ」
わたしはあっさりと言った。
い、いや……かなり構うのだが……。わたし魔王だしなー……本当に勇者の血をつけられたら、その瞬間バレちゃうだろと。
とはいえ、やだー! ってだだをこねた瞬間、じゃあ殺すわーで終わるのも確かだ。
それなら時間を稼ぐしかない。
ていうか、メフィストの提案なのだ。きっと裏があるはず。頼む……頼むよ……わが執事!
「わかりました。じゃあ、ミヒリアさん。申し訳ないのですが、右手をだしてください」
わたしはレインさんに近づき、言われたとおり右手を差し出す。
レインさんは聖剣を横に引いて自分の左腕を軽く傷つけた。傷口から血がだらりとこぼれる。
レインさんは聖剣を腰におさめると、あいた右手で傷口を押さえた。血がべっとりと手のひらにつく。
「……行きますよ」
レインさんは赤く染まった手をわたしの右手に近づける。
うううう……。
わたしは顔をしかめた。手が触れたら、ふしゅーって灼けちゃうのだろうか。痛いのやだなあ……ていうか、殺されちゃうか……。
レインさんの右手が近づく。
レインさんの右手が近づく。
レインさんの右手が近づいて――わたしの手の甲に触れた。
わたしはごくりと唾を飲む。
痛い!
と覚悟していたのだが……何も痛くなかった。ただ、レインさんの血の、ぬるりとした生温かい感触だけが皮膚に伝わってくる。
だが、それだけだった。
レインさんが手を離すと、血で赤く染まってはいたが、やけどひとつないきれいな肌がそこにあった。
……おや? わたし大丈夫なの? 魔王なのに?
レインさんはほっとした様子でガウェインを見た。
「ミヒリアさんに異常はないぞ」
「……どうやらそのようだな。その女は魔王ではないってことだ」
おお……。
わたしは心底からほっとした。その言葉をガウェイン自身が言ったのだ。つまり、もう追わないという意味だ。
ガウェインは自分のあごを指で撫でた。
「しかしだ。そうなると神託と矛盾するな。神託はそこの女が魔王だと言っているのに、実験の結果そこの女は魔王ではない。だが、神託に間違いはない。どういうことだ?」
リノが叫んだ。
「ガウェイン、そんな古くさい実験の結果を信じてどうするの!? 血の量が少なすぎるとか理由なんていくらでもありうるでしょ!?」
「そうですね、理由なんていくらでもありますね」
メフィストが言葉を引き継いで言った。
「たとえば、あなたが嘘の神託を口走ったとかね」
「バ、バカを言いなさい! わたしは聖女なのよ!? 聖女のわたしが嘘なんてつくはずが――」
「そうですか。でもわたしはあなたに神託がくだるとは思えないんですよね」
にっこりとほほ笑んでからメフィストがこう続けた。
「ニセ聖女の侯爵令嬢リノさん」
メフィストの言葉にリノの顔がひび割れる。
そこでメフィストは一枚の紙を取り出して読み上げた。
「五年前、あなたが二〇歳のとき。当時の大司教クレアスターに多額の寄付金を渡し、それと引き替えに聖女の力がないにもかかわらず聖女の認定を受けた――これは事実ですか?」
「……な、え……?」
目を見開いてリノがメフィストを見る。
メフィストはいつものにこにこ顔を崩さない。その紙を、こちらは怒りで顔を真っ赤にしているガウェインに渡した。
「どうぞ。差し上げます」
「……受け取っておこう」
ガウェインはその紙を見て、より顔を赤くさせた。
「聖女――いや、侯爵令嬢リノよ。お前は本当に聖女で、本当に神託を受け取ったのか……?」
その声には怒りの成分が多分に含まれていた。
言動から察するにガウェインの信仰心はとんでもなく篤い。お前が死んだら世界が平和になるという神託がくだれば喜んで自決しそうな感じの男である。
その男の前で神の言葉を騙ったとあれば――
無事ではすまないだろう。
ていうか、さっき言ってたからね。王族貴族平民等しくぶち殺すって。こわー。
「受け取ったに決まっているじゃない! わたしは本当の本当に聖女なのよ!」
「そうか、聖女なんだな。わかった。お前を信じよう」
うん、とガウェインがうなずく。
「じゃあさ、そこにいるレインの左腕を治してやってくれ。聖女のお前なら回復魔法くらい簡単だろう」
切ったばかりのレインさんの腕からはまだたらたらと血が流れている。
その腕を見たままリノの視線が凍り付いた。
口からは震えるような息がこぼれる。
「わたしが、回復魔法を……?」
「そうか。俺にだってできるんだぜ、これくらいはさ」
そう言ってガウェインは光り輝く手でレインの左腕を撫でた。その瞬間、ぱっくりと開いていた傷はきれいさっぱり消えた。
「少し話を聞かせてもらおうか、リノ。お前たち連れていけ!」
「いや、やめて、離してよ! わたしは侯爵令嬢なのよ!」
なんて叫んだが、聖騎士団の連中は容赦がなかった。それがどうしたと言わんばかりに両腕を押さえ込みリノを建物の中へと引きずっていった。




