勇者「ミヒリアさんが魔王なわけがない! 俺が守る!」……むっちゃ、ごめん!
「勇者レイン! たとえあなたが相手でも神の言葉を執行するのが我らがつとめ! お相手させていただこう!」
聖騎士たちがわたしたちに襲いかかってくる。
わ、わ、わ! どうしよう!?
そんなわたしの肩をレインさんが抱き寄せた。ぐいっと強い力で引っ張られる。
「心配しないで、ミヒリアさん! 自分が守ります!」
直後、レインさんの抜き放った剣が閃光のように走り、聖騎士たちの剣を弾く。
おお! 速い!
「くっ、さすがは勇者! だが恐れるな! 正義は我らにある!」
今まで喋っていた聖騎士が剣を抜き、レインさんに襲いかかる。
レインさんは数合の斬り合いであっという間に男を叩き伏せた。
「こちらへ、ミヒリアさん!」
レインは寄ってくる聖騎士たちを聖剣の峰打ちで切り払いながら囲みを突破、わたしの腕を引っ張って走る。
「は、はい!」
わたしはレインさんについていくだけだった。
今のわたしはあまりにもか弱い。聖騎士団に絡まれたら一瞬で殺されるだろう。
「逃げたぞ、追え!」
聖騎士たちが声の限り叫ぶ。わたしたちの背後からぴー! ぴー! という笛の音が聞こえる。
観光客たちが混乱して人の流れが大きく乱れる。
わたしたちはその中をかきかわるように走った。
次から次へと沸いてくる聖騎士たちをレインさんは次々と峰打ちで撃破していく。砦でのわたし相手ではいいところのなかったレインさんだが、やはり勇者。同じ人間ならば容赦なく無双モードである。
「くっ! 下への道は固められているか……ミヒリアさん! 上に行きましょう!」
レインさんはわたしを連れて階段を上っていく。
そして、こう言った。
「すいません、大変なことに巻き込んで……!」
「い、いえ、大丈夫です! その、レインさんがいてくれるから安心しています!」
「ならよかった。大船に乗った気でいてください。必ず俺が守りますから!」
それから空気を和らげるためだろう、少し冗談めかして言った。
「本当にふざけた神託ですよね。ミヒリアさんが魔王だなんてね」
ぐさ。
その言葉は短剣となってわたしの胸に刺さった。
マジでごめんなさいいいいいいいいいい!
わたしが魔王ミヒリアですうううううう!
神の当てずっぽう当たっていますううう!
罪悪感が身体中に広がっていく。わたしは嘘をついてレインさんの親切心を利用している……。
うううう……。
悪いなーと思うけどさ。
死ぬからね!?
カミングアウトしたら死ぬからね!?
今わたしをむっちゃ守っているレインさんがいきなり斬りかかってくる可能性すらあるからね!?
魔王が現れたら休日返上で戦うなんて言っていたからなあ……。
好きな人に殺されるなんてロマンティック……。
ないない! ないないない!
死にたくないからね、わたし! クリアしないといけない積みゲーたくさんあるから!
ひいいいいいいいいいい!
早くなんとか脱出したい……。マジで頼むよ、レインさん!
わたしは乾いた声でレインさんに応じる。
「そ、そうですね、あ、あはははは。わた、わたしが、わたわたわたしが、魔王だなんてね、あるわけ、ないじゃないですか、あは、ははははは……」
「大丈夫、疑っていませんから! 俺はミヒリアさんを信じていますから!」
ぐさぐさぐさ!
胸にいっぱい何かが刺さった。
ううう……本当にごめんよー。
なんてことを喋っていたら――
「きたぞ! 勇者レインだ!」
階段の上から敵意に満ちた声が降り注ぐ。
「こっちです、ミヒリアさん!」
そう言うと、レインさんは階段を上るのをやめてフロアのほうへと出た。もちろん、わたしも後を追う。
出てくる聖騎士たちを各個撃破し続けて――
わたしたちがたどり着いたのは半円状の大きなバルコニーだった。
たどり着いた?
いや、違うな。
追い詰められた、か……。
バルコニーからは青空の下に広がる壮大な王都の町並みがよく見えた。かなり高い場所でひゅうひゅうと強い風が吹いている。
そんなわたしたちの背後から声がした。
「まさか、お前とこんなところで、こんな形で会うとはな……」
振り返ると、出入り口からがやがやと新しい聖騎士たちが現れる。
先頭に立つのは見覚えのある男だった。
レインさんがあえぐような声をだした。
「ガウェイン……!」
「お前がやる気だってんなら、俺じゃないと相手にならないだろ?」
ガウェインが背中に担いだ剣を引き抜く。
それは両手持ちの重そうな大剣だった。
「やめろ、ガウェイン! 俺の話を聞いてくれ!」
「……何を言いたい?」
「神託は間違っている! ミヒリアさんが魔王のはずがない!」
「第一声の時点で話にならないぜ」
ガウェインは当たり前のことを言うような口調で続けた。
「言っただろ? 神は間違えない。神の言葉は絶対だ」
そこには一切の妥協はないと伝える眼光があった。
……神を信じるものに神を疑う言葉を投げかけるのは無意味か。
おまけになー……当たってるしなー……それ……。
「なあ、聖女リノ、そうだろう?」
ガウェインが背後に声を掛けると、その背後からひとりの小さな女が姿を現した。
おや、あの目つきの悪い金髪女は……。
聖女リノはわたしとレインさんに、ねっとりとした好きになれそうにもない不快な視線を投げかけた。
そして、余裕の笑みを口元に浮かべる。
「ええ、もちろんです、ガウェインさま。わたしが神より伝え聞いた聖なる神託に間違いなどありませんわ」




