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ニセ聖女の嘘告発「あいつが魔王です!」>正解でーす(白目)

 その日、侯爵令嬢リノは大聖堂にやってきていて、信じられないものを見た。


 大聖堂内を勇者レインが歩いている。

 かたわらにいる女と楽しげに談笑しながら。


 リノは激怒した。

 なぜなら、リノはレインに好意を持っていたから。

 それも軽いものではない。

 本気も本気、誰にもレインを奪われてなるかという強い気持ちだ。だから何度もお茶会に招待して大量の贈り物で好意も示した。


 だが、レインはリノに振り向かなかった。

 そんなレインが女と一緒に歩いている?


 おまけに今日は――

 レインの王都への帰還を知ったリノが邸宅に招待した日なのだ。

 レインは丁重に断った。

 申し訳ありません。その日は先約がありまして。

 リノはそれだけで不愉快だった。侯爵令嬢であるリノの誘いを断るだなんて!

 リノはその怒りを寛大にも呑み込んだ。

 レインは勇者なのだ。責任ある仕事や、リノよりも高位の人物――王族などとのつきあいがあるかもしれない。

 その責務を理解してリノは無理強いはしなかった。


 それが、他の女と会っているだなんて!


 リノは自分の身体が怒りでぷるぷると震えるのを感じた。二五年の人生でこれほどの怒りを覚えたのは初めてだった。

 しかも、どう見てもしょーもない地味な女だった。顔も普通、着ている服のセンスも普通。街を歩けばいくらでもすれ違う取るに足らない女のひとりだ。

 大貴族の親族なのだろうか? とリノは考えたがすぐ首を振った。あんな女はリノの人名録にいない。

 正真正銘の取るに足らない女だ。


「そんな取るに足らない女との約束を優先させた?」


 怒りで震える声でリノがつぶやいた。


「わたしとの誘いを断って?」


 それはリノのプライドからすれば許されないことだった。

 立ち去っていく二人の背中を見送りながらリノは暗い気持ちに火がついた。


「ああ、そうか……」


 ふふっとリノが笑う。


「いいこと思いついたあ……」


 リノは侯爵令嬢であり、聖女だった。

 もちろん本物ではない。箔をつけるために金をつぎ込んで取得した肩書きだ。

 だが、そういう裏の事情は伏せられている。

 周りからは聖女リノとみなされていた。

 そのせいで今日は『神託』への協力を要請されて大聖堂までくるはめになった。いらない肩書きだとうんざりしたが、ちょうど今それが役に立つ方法に気がついた。

 リノの愛するレインを横取りしようとする女狐。

 少しばかり痛い目にあうのも仕方がない。

 最悪死んだとしても――


「地味な女のあなたが死んでも別に誰も困らないわよね……」


 くすくすと笑いながら、リノは近場で警護している聖騎士のひとりに近づいた。


「少しいいかしら?」

「は! これは聖女リノさま! 何用でしょうか!?」

「大司祭長に取りついで欲しいの。今わたしは新たな神託を受けた」

「本当ですか!?」

「ええ」


 嘘だが。

 リノは笑い出しそうな声を抑えてこう言った。


「魔王の居場所がわかったのよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 レインさんが自信満々でデートに指定しただけあって確かに大聖堂は見所満載だった。

 どうやら人気の観光スポットらしく、人でごった返している。わたしにとっては好都合だ。言うではないか。木を隠すなら森だと。

 だが、ざわざわとした不安は胸から消えない。


 少し前もやたらと鋭い視線が送ってくる変な女がいた。

 目つきの悪そうな金髪の女だ。上等な服を着ていたので貴族か何かなのだろう。


 レインさんは気づいていないようだったが、人混みのなかから敵意のかたまりのような視線をわたしたち――いや、わたしに向けて投げかけていた。

 ……うーむ。あいつは何なんだろう……。

 気にしても仕方がないから考えないでおこう……。


 そんな感じでレインさんと大聖堂見学ツアーをしていたら。


「勇者レインさまですね?」


 白い鎧に身を包んだ聖騎士たちがレインさんに声を掛けた。


「……そうだが?」


 わたしたちのやりとりに気づき、周りの人たちが足を止める。集まる視線。


「え、勇者レインだって!」

「聖騎士と何を話すんだろ」


 という声がぼそぼそと聞こえた。

 聖騎士のひとりが話を続ける。


「確認したいことがありまして。少しお時間をいただけないでしょうか?」

「今日はオフなんだ。連れもいる。後日にしてもらえないか?」

「……神託に関わることです」


 声を低めて聖騎士が言った。

 レインさんがぴくりと眉を動かした。


「ならば仕方がないか……ミヒリアさん、少しだけ時間をください。後で連絡します」

「……はい」


 と答えたが、わたしは胸のざわつきを今まで以上に感じていた。

 聖騎士たちの視線がじっとわたしを見ている。彼らの左手は警戒心を示すように腰に差した剣のさやに置かれている。

 今までわたしはレインさんのおまけだった。

 あの変な女を除けば、みんなが視線を向けるのはレインさん。興味があるのはレインさん。わたしはあくまでもついでだった。


 だが――聖騎士たちは違う。

 彼らの敵意はきっちりとわたしだけを向いていた。


 あまたの激戦をくぐり抜けたわたしの勘が騒いでいる。

 どうやら状況が変わったぞと。


 聖騎士が首を振った。


「いえ、実は用事があるのは連れの方です」

「ミヒリアさんに……?」


 ぼやけた声を出すレインさん。

 一方、わたしは胸の不安が急速に形を成していくのを自覚した。

 どうやら、平和な時間は終わったらしい。

 さて、どうするか。

 ふところに護身用の短剣が一本だけあるが――今はわたし自身がポンコツそのもの。不意をうっても一人倒すのがやっとだろう。

 待て、ミヒリア。

 引き金を引くタイミングは誤るな。それが己の命を縮めることもあるのだから……。


「話を聞かせてください」


 ずいっとわたしに近づこうとする聖騎士――の胸をレインさんの太い腕が押し留めた。

「待て。この人は俺の連れだ。俺を通してもらおうか」


 ぎろりとレインさんが聖騎士をにらむ。

 レインさんも異常事態に気づいたのだろう。


「神託の話だと言ったな……彼女と何の関係がある?」

「新たなる神託がくだったのですよ」


 聖騎士はもう周囲をはばかる様子もない口調で言い、指をすいっとわたしに向けた。


「勇者レインとともにいる女こそ魔王であると!」


 聖騎士の声に周囲の人たちがどよめく。

 レインさんが大声を上げた。


「そんなわけがないだろ!」

「どうでしょう? それは取り調べればわかること!」


 代表の男が言うと同時、背後の聖騎士たちがいっせいに抜剣する。

 その敵意がはっきりとした指向性を持って――

 わたしひとりへと殺到した!


「そんな理由なら彼女を渡すわけにはいかないな」


 騎士たちの視線を遮るようにレインさんがわたしの前に立つ。


「この勇者レインが納得する道理をもってこい!」


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