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女魔王、勇者のカミングアウトにバタンキュー

 それから数日間、わたしは生きる屍となっていた。

 朝、魔王城の執務机に座ってぼーっとし、時間になったら自室に戻ってぼーっとする。食事風呂睡眠だけは自動モードで処理してあとはひたすら死んでいた。


 メフィスト直伝のお礼メールもまだ送っていない。もちろん、レインさんからのメールもまだない。


「ミヒリアさま」


 そんなわたしにメフィストが声を掛けてくる。


「そろそろ仕事をしてください。ていうか魂を取り戻してください」

「うーん、無理。魂どっか行っちゃった……」


 わたしは抑揚のない声でそう答える。


「いやいや、さすがにそろそろ仕事していただかないと。ほら、けっこう広い魔王さまの執務室が半分以上書類の山で埋め尽くされていますよ?」

「あー」


 わたしはがらっと引き出しを開けるとメフィストにぽーいと魔王印を投げた。


「適当に決裁しといて~……」

「これはこれは。本当に重傷ですね」


 メフィストが首を傾げる。

 いやー、もうマジでね。重傷だった。過去にいろんな勇者と戦ってきたけど、ここまでのダメージを受けたのは初めてだ。

 さすがだ、ゆうしゃレイン! このまおうがほめてやろう!

 そんな気分だ。


 ――はい。自分は勇者なんです。


 あのあと、むっちゃレインさんに謝られた。


「申し訳ない! 傭兵と嘘をついてしまって!」


 それからなんやかんやと事情をいろいろと話してくれた。

 だが『レインさん=勇者』の衝撃がすごすぎてほとんど記憶に残っていない。驚きすぎたわたしは思考停止状態で「はい」「はい」「はい」と返事するだけのうなずきマシーンとなっていた。

 覚えているのは――


「俺が宿敵と呼んでいたのは魔王のことです」


 という話と、


「お見合いの日、遅れてきたのは仮面の魔王と戦っていたからなんです。まさかあんなところにいるとは思わなくて……」


 だけだ。

 ていうことは、あれか。バラリア砦でわたしと戦ったフルプレートの勇者がレインさんか。お見合いのとき脇腹むっちゃ痛がってたけど、それわたしがぶん殴ったからじゃなーい(白目)

 話を聞きながら内心で謝った。謝りまくった。

 ホントごめん! レインさん!

 そんなわけで、どうやら本当にレインさんは勇者のようだ。

 がーん……そうなのか……。

 生まれ出でて三〇〇〇年の時を超えて、ようやく出会えた彼氏っぽい生き物が勇者とは……。

 というわけで、わたしの心は千々に乱れ中だった。

 メフィストが口を開いた。


「婚活ですか?」

「そうね……」

「例の相性がいい彼に振られたのですか?」

「いや、そういうのじゃなくて……」

「だとすれば――告白されたとか?」

「う、うう、ううううう?」


 わたしの首がこきこきと曲がる。

 あれは愛の告白ではない。

 しかし、告白の予告ではあるのだ。

 レインさんのなかでは決まっている。わたしとの真剣交際を視野に入れている。だが、職業について嘘をついている。そのみそぎのために一拍の間を置いたのだ。

 次に会うまでに考えておいてください。

 そういう意味なのだ。

 わたしの微妙な反応にメフィストが目を細める。


「告白とは少し違うみたいですね」


 くうううう!

 こいつ鋭いな! だが、これ以上の心への介入は許されない!

 ばんばんばんばん! とわたしは机を叩いた。


「詮索しないの! もう!」


 そのときだった。

 ぴろりん♪、という音とスマホにメールが届いた。表に向けたメールに差出人の名前が出る。

 差出人はレインさん。

 タイトルは『ご機嫌いかがでしょうか?』

 もちろん、それはメフィストにも見えている。メフィストはくすりと笑うと顔を横に向けた。


「どうぞ」

「いらん、気を遣いおってからに……」


 わたしはスマホに手を伸ばす。

 そこには、わたしを驚かせたことに対する丁寧な謝罪と、どうしても許容できないのなら仮交際を終わらせてもらってもかまわない旨が書かれていた。

 そして、最後にこう書かれていた。


『また会っていただけるのでしたら、今度は王都なんてどうでしょう?』


 王都……。

 王都!

 わたしたちが戦っている王国の首都である。


「え、次のデートは王都!?」


 思わずわたしは口に出してしまった。

 メフィストが吹き出し肩をすくめた。


「顔を背けている意味がないじゃないですか?」

「まー、別に聞かれて困るものでもないし……」


 わたしはスマホを置いて盛大にため息をついた。


「よりによって王都かー……」


 メフィストがあっさりと即答する。


「無理じゃないですか」

「そう、無理なのよね……」


 わたしは頬杖をつき、執務机をこつこつと指で叩いた。

 わたしは王都に入れない。厳密にはわたしだけではなく一定以上の力を持つ魔族はみんな入れない。

 ラハルドのような前線寄りの場所ならともかく後方に位置する領土には人間も魔族も互いが入れないような結界が張られている。転移魔法が存在する以上、結界を張らないとお互いに首都へのダイレクトアタックが可能になるからだ。

 メフィストが口を開いた。


「……腕輪を使うしかありませんが、どうするのですか?」

「腕輪なあ……」


 またしてもわたしは大きなため息をついた。

 そう、何事にも抜け穴はある。メフィストが言った腕輪もそのひとつだ。『脱力の腕輪』をつけると魔族としての力を最低レベルまで落とすことができる。

 そこまで落とせば結界をすり抜けることが可能なのだ。

 だが、それは『装着者がザコ魔族に成り下がる』という意味も持つ。つまり魔王であり圧倒的な力を持つわたしミヒリアがそこら辺の駆け出し冒険者に倒されるレベルになるのだ。

 あまりにもリスクが高すぎる――


「現実的じゃないよね」

「はい。現実的ではありません」


 メフィストがじっとわたしの顔を見た。


「いい機会です。気乗りしないのなら交際そのものをお断りすればいいのでは?」

「……だよねー……」


 人間と魔王。無理がある。

 勇者と魔王。もっと無理がある。

 恋人づくりのまねごとができただけでも上等じゃないか、ミヒリア。ちょっとくらいは恋愛経験値が積めたじゃない? 今度は北の魔王グレゴリオよりもマシな魔族の男を捕まえればいいのよ。


「そうねー……」


 わたしはスマホで婚活サイトのマイページを開く。

 ぽちぽちぽち。

 そうやって開いたのはレインさんのページ。すーっと画面をスクロールすると『仮交際中止』のボタンがあった。

 わたしは、はあ、とため息をついた。


 わたしの指がボタンへと伸び――


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