あれ? レインさんとわたし、すごく相性よくない?
次にレインさんと会ったのはイタリアンレストランだった。レインさんが予約をとってくれたのだ。
レインさんは定刻通りに現れた。
「お久しぶりです、ミヒリアさん。また会えて嬉しいです」
「わたしもです、レインさん!」
お互いに顔を見合わせて笑顔を浮かべる。
そして、レストランへと向かった。
おいしい料理。
おいしいお酒。
だけど、それはさして重要ではない。
大事なことはレインさんがいること。
レインさんとの会話はとても楽しい。お互いに奇をてらった発言をしているわけではない。お互いに熱く語れる共通の何かがあるわけでもない。
ただ普通に話しているだけ。
だけどそれが心地よいのだ。
喫茶店のときと同じくつらつらと会話が続いていく。こんなに自然に話せる相手がいるんだと驚いてしまう。
おそらく人にはそれぞれ会話のリズムがあるのだろう。言葉の周波数とでも呼ぶべきか。周波数と周波数を組み合わせると、より心地よくもなれば不協和音にもなる。会話もそれと同じなのだ。きっと、わたしとレインさんのそれはとても相性がいいのだろう。
不意に訪れる会話の間――沈黙。
今までのお見合い相手ならばそれはとても怖いものだ。たどたどしくつながっていた会話が海中にずっと沈み、二度と浮上してこないような焦燥感を覚える。
ああ、早く何か喋らなきゃ。そんな気持ちになるのだ。
だけどレインさんが相手だと違う。
それは楽譜上に刻まれた休止符でしかない。それはまた次から始まる新しい会話への区切りでしかない。
あっという間に三時間近くが過ぎてしまった。
「おっと、つい話しすぎましたね」
レインさんが腕時計を見ながら言った。
「ミヒリアさんと話していると楽しくてつい長話してしまいます」
「わたしもです! レインさんはお話が上手ですね!」
「いやー……そうでもないですよ。貴族のお嬢さまがた相手だとこんなにうまく話せないです」
「貴族の? お偉い方々とお知り合いなんですね?」
傭兵ってその辺とつきあいなさそうな感じなんだけど……。
レインさんが慌てて手を振る。
「あ、いや! 雇い主に頼まれて貴族さまの暇つぶしにお付き合いすることもあるんですよ。傭兵とか……こう、別世界の住人みたいで珍しいんでしょうね」
「なるほど……。大変ですね」
うんうんとわたしはうなずいた。
レインさんが伝票を手にとった。
「じゃ、行きましょうか」
というのが、昨晩の顛末である。
翌日――つまり、今日のわたしは昨晩の余韻をずっと引きずっていた。おいしい料理にレインさんとの楽しい会話。
一夜で忘れ去るには完璧な夜すぎた。
「どぅへへへへへへ……」
わたしは執務机に顔を横に向けて突っ伏し、朝からずっと昨晩のことを思い出していた。
「ミヒリアさま」
頭上からメフィストの声が降り注いできた。
「仕事をしてください。仕事を」
「えー」
「えーじゃありません。ほら」
メフィストがデスクの一角に山と積まれた決裁書類を指さす。
「この山のような書類を見てください。朝から一枚も減らず増え続けるだけです」
わたしは片手をあげてひらひらと振った。
「メフィストのほうで適当に処理しといていよ。どうせはんこを押すだけだからさ~」
「もともと仕事にやる気のないお方でしたが、今日は特にひどいですね。ひょっとして婚活のせいですか?」
「どぅへへへへへへ~~」
わたしはむくりと身体を起こした。
「バレちゃった?」
「……おや、顔つきが以前と違いますね。以前は死んだゴブリンみたいな目をしていたのに。目が輝いていますね」
「くっくっくっく、聞きたい? 聞きたい?」
「ミヒリアさまが話したいなら」
「仕方ないなー。話してあげようじゃないか」
いやー、はっはっは、言いたくて言いたくて仕方ないんだよね。この胸の中に広がる温かい感情を!
というわけでわたしは話した。
「かくかくしかじかというわけよ」
「なるほど、かくかくしかじかなんですね」
うんうん、とメフィストがうなずく。
「相性がいいのでしょうね」
「それな!」
わたしは指をぴっとメフィストに向けた。
「それなんだよ、わたしが言いたいのは!」




