勇者迎撃戦! 仮面の魔王ミヒリア、砦にたつ!
「バラリア砦で勇者たちを迎撃していただけないでしょうか?」
メフィストがそんな提案をしてきた。
「うーん……」
わたしは机にひじをついてしばし熟考――やがてこう答えた。
「……別にいいけどさ。いつ?」
「今週末の土曜日となっております」
「今週末の土曜日……」
その日付は最近見たような気が……。
あ。そうだ。
レインさんとお見合いの日だった。
「その日ダメ」
「え? 何か予定でも?」
「お見合いが入っているのよ。ラハルドに夕方ごろいないと」
実はお見合いの日にちを変えることもできるのだが、あんまりしたくない。わたしが前にされたとき、あ、わたしって優先度低いんだなーって残念な気持ちになったからね。相手のあることだ。一度決めたことはなるべく動かさないほうがいい。
「ラハルドに夕方ですか……それでしたら大丈夫かと」
「そうなの?」
「得た情報によると、敵方の侵攻は朝方に始まる予定です。夕方までには終わっているでしょう。転移魔法で飛べば間に合います」
「まー、そうねー」
「というわけでお願いできますか?」
わたしは手で頭をかいた。
面倒ではある。
別に戦略的な価値もない場所だ。
でもさ、わたし魔王なんだよね。
これも仕事だ。勇者にお灸を据えてやりますか。
勇者どもを軽くちぎったら会いにいくんで待っててね、傭兵のレインさん!
「わかった。行くって伝えておいて」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
というわけで――
週末わたしはバラリア砦にやってきた。
砦奥の一室でイスに座りながらぼんやりと出待ちしている。石造りの壁の向こう側からは軍勢同士の戦う音がする。
王国軍の兵士たちが砦を急襲、それを砦の魔族たちが防衛しているのだ。さらにその混乱に乗じてやたらと強い一団が砦に侵入、魔族たちを蹴散らしながら進撃しているらしい。
おそらく、その一団が勇者パーティーだろう。
わたしは待機しながらこう思った。
遅すぎるぅぅぅぅぅぅ! 早くこいいいいいいいいい!
時計を見るとすでに午後四時を回っていた。予定では午後二時くらいには終わっているはずなのだが。
理由はわたしのせいらしい。
魔王のわたしがいるせいで魔王軍の士気があがって勇戦しているとのことだ。
ごめんね。わたしは王として嬉しいんだけどさ。
言わせてもらうね?
そこ頑張るなあああああ! 頑張らなくていいからあああああ!
このままだとレインさんとのお見合いに遅れてしまう!
焦り気味のわたしはさっさと出撃して勇者どもを蹴散らそうとしたのだが――
「ダメです、魔王さま! 王の背後に立つのは配下の名折れ! 王として見守りくださいますようお願いいたします!」
部下に止められてしまった。
ううううう……わたしはお見合いに間に合いたいだけなのに……。
というわけでわたしはイライラしながら出番を待っている。
はあ、とため息をついた。
ちなみにお見合いをドタキャンした場合、罰金が課せられる。まー、魔王のわたしは罰金なんてどうでもいいのだが、相手に迷惑を掛けるというのはよくない。
……レインさん傭兵らしいから、この砦の戦いに参加していたらいいのになあ……。そしたら、ちょちょいと会って話をするんだけどな。
勇者め……メンドくさいタイミングで攻めてくるなよ……。もしもレインさんがわたしの運命の人だったらどうするんだ!
いらだつわたしの手が机の上を滑り、こつんと音を立てた。
置いていた物体に指が当たったのだ。
それは真っ白な仮面だった。道化がかぶりそうな目と口が月の形にくりぬかれた、作られた笑顔の仮面。
この仮面はわたしの所有物だ。
わたしは戦場に立つとき、必ずこの道化の仮面をかぶる。
なぜこんなものをかぶりだしたかというと――
わたしの前任の魔王の助言である。
当時わたしは魔王軍の兵として戦っていた。まー、現魔王であるくらいなのでわたしはむっちゃ強かった。将来を嘱望されている系の優秀な兵だった。
そのわたしを前魔王が見て、わたしにこう言った。
「もう少し殺せただろう? 人間どもなど無限に沸くゴミ虫だ。排除し殲滅せよ」
わたしは昔から人殺しを良しとしなかった。
力を示して撃退する――それがわたしの流儀なのだ。
「別に。殺す必要があれば殺しますけど。殺す必要がないので殺さなかった。それだけです」
「甘いな」
「よく言われます。でも曲げませんから」
「逃がした敵がお前の仲間を討つかもしれないぞ?」
「そんなことまで責任とれませんよ。殺されないように自己研鑽してくれとしか言いようがありません」
わたしの愛想のない答えに前魔王はくっくっくと笑った。
「なかなか口が減らないな」
「数少ない美点なんです、それが」
「ならばやめろとは言わぬ。だが、もう少し楽しそうな顔をしろ」
「楽しそうな、顔?」
わたしは自分の頬を撫でた。戦っているときの顔など気にしたことがなかった。
「悲しそうな顔をしている。息をするのもつらそうな。そんな顔はするな。部下たちの士気が下がる」
言われると、そうかもなと思った。
わたしは争いごとが嫌いだ。だけど食べるために兵隊になるしかなかった。そうやって生きてきた。
だから苦しそうな顔で戦っていても不思議ではない。
本当はこんな流血の世界で生きていたくなんてないのだ。
前魔王は言った。
「笑え。人を蹂躙した強さを顔で示せ。それこそが正しい魔族のありかただ」
「そりゃ無理ですね」
私は首を振った。
「そういうタイプの性格じゃないんで」
「ならば、仮面をかぶるのはどうだ?」
「仮面?」
「そうだ。変えられぬならせめて隠せ。仮面で笑ってみせろ」
正直なところ仮面をかぶるなんて気が乗らなかった。だけど、前線指揮官としての責任があるのも確か。リーダーが機嫌悪そうな顔をしていたら周りに悪い影響があるだろう。
一理あるとわたしは思った。
でも本当は――
人を傷つける自分を隠したかっただけかもしれない。
よく覚えていないけど。
はっきりとした理由はわたしも忘れてしまった。なにしろ三〇〇〇歳なのだ。若い頃の記憶なんて実に遠い話だ。
結果として、わたしは仮面をかぶるようになった。
仮面をかぶった魔族は人間たちの間で有名になり――
やがて魔王にまでのぼりつけた。
だから人間たちはわたしのことをこう呼んでいる。
仮面の魔王と。
そのままやんけ!
ま、いいけどさ。
わたしが仮面をもてあそんでいると、ぎっときしんだ音ともに木製のドアが開いた。
ちょくちょく報告に来てくれる魔族がやってきた。
「ミヒリアさま。間もなく勇者一行が現れます!」
「おお!」
わたしは歓喜の声を上げて時計を見た。
時刻は午後四時半。急いで倒せば間に合うかな?
「撃退をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんもちろん!」
わたしは立ち上がり、仮面を装着した。
「こっちも時間がないから! さ、巻きでいきましょう!」
すぐ行くから待っててね、傭兵のレインさん!




