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勇者レイン

「……確かにモテるけどね……」


 レインはボソリとつぶやいた。

 実際、王都に戻るとあちこちの貴族から茶会に呼ばれる。無碍むげに断るわけにもいかないので参加するが愛想を振りまくのもなかなか疲れる。おかげでレインはこっそり戻ることを覚えた。


「彼女たちが興味あるのは俺じゃなく勇者という肩書きだよ」

「……本当の俺を見て欲しいか。レインくんはもう二九歳なのにロマンティックだね」

「悪いかい?」

「いや、別に。むしろ肩書きで女を釣ろうとしないのは誠実さ」


 ファウストの顔にレインとは対照的な皮肉げな笑みが浮かぶ。


「だけど職業を偽るのは悪いな。わたしの運命の人は傭兵だ! と決めている傭兵マニアの女がいたとしてだ。お前に惚れた後、実は勇者だと聞かされたらどんな気分になると思う?」

「なかなかレアなケースを持ち出すね」

「ないとは断言できないぞ。その観点からすれば不誠実だ」

「だけど傭兵も勇者もそう変わりないと思うけどね」


 それはレインの嘘偽りのない気持ちだった。

 傭兵も勇者もあっちに呼ばれて戦い、こっちに呼ばれて戦いだ。旅から旅の仕事。戦い勝つことで己の価値を証明する。

 どちらもレインには同じ仕事としか思えなかった。

 だからレインは傭兵を自分のダミー職業として登録した。多少の罪悪感を覚えながらも。

 登録自体はそれほど難しくなかった。ステバリ社はこの件について関知していない。レインは変装して店に赴いた。勇者とは気づかれていない。傭兵として提出した職業や年収の証明書類も正式なものだ――特殊任務用に国から支給されていたものだが。


 ファウストが口を開いた。


「ま、いいんじゃないか。救世の英雄。王国の希望。お前の肩書きモテの苦労は俺も知っている。普通に気の合う相手を探したいってならそれしか手はないよな」

「ありがとう」

「でもな、相手が見つかったら早く正体を明かしてやれよ。隠しているのはよくないから」

「……わかっている」


 レインはうなずく。

 それからまじめな顔をにやりと崩してファウストが話題を変えた。


「しかし、お前が結婚したいとはな。まだ三〇前だろ?」

「年は関係ないさ」


 レインは口元を緩めた。


「……たぶん家族というものに憧れていたんだろうな……」


 レインはずっと孤児院で育った。レインは親を知らない。孤児院での生活は楽しかったし育ててくれた職員たちには感謝している。

 それでもたまに寂しさを感じるのだ。

 ああ、俺はひとりなんだなあ……と。

 すべての王国民たちがレインを応援してくれている。期待してくれている。だが、それは『魔王を倒してくれるから』という考えが根底にあるからだ。


 わかっている。

 そんなことに苦みを覚える自分が浅ましいのだ。


 だが、レインは思う。

 勇者ではない自分を、ありのままの自分を受け入れてくれる存在が欲しいと。自分が無事だということを何の打算もなく喜んでくれる人が近くに欲しかった。

 旅から旅、激務の合間に王都へと戻ったとき――誰も待つもののいない薄暗い自宅に戻ってレインの心は寂しさを覚えた。

 帰宅したレインを見てにっこりとほほ笑んでくれる誰かがいる、温かく明るい部屋が欲しくて仕方がなかった。


 ――おかえり、レイン。


 そう言ってくれる、誰かが。

 そう思った数日後、レインはステバリ社に来店の予約を入れたのだった。


 レインはファウストの目を見て言った。


「勇者だって結婚くらいしたいさ」

「そりゃそうだな。自分を大事にするってのは大切なことだ。じゃないと他人を大事にできないからな。特にお前の仕事は無私の奉仕が求められる。人生に不満があっちゃやってらんねーよ」

「そうだな、ファウスト。俺もそう思うよ」

「結婚したいなら婚活ってのは悪くない。職場結婚は絶望的だしな」


 ファウストが横で眠っている二人の仲間を見る。

 二人とも女性だった。

 ひとりは二〇代半ばの女騎士。貴族の出自で素晴らしい美貌の持ち主だ。顔立ちの整ったレインとはお似合いの美男美女コンビなのだが、すでに許嫁がいるらしい。

 もうひとりは聖女で年齢は一二歳。年齢の時点でアウトだ。


「いい相手が見つかるよう頑張るよ」


 レインはうなずいてほほ笑んだ。

 そして、手に持ったスマホに目を落とす。


「おや?」


 画面を再読み込みするとステータスが切り替わった。ミヒリアからお見合いの日時が指定されていたのだ。


「今週末の土曜日……夕方か……」


 ちらっとレインは視線を動かした。その先には大きな建物があった。それは魔王軍の拠点『バラリア砦』だ。

 レインたち勇者パーティーの次なる制圧目標である。

 王国軍として連動してこの砦を攻めるためレインはここに待機しているのだ。

 その作戦決行日が今週末の土曜だった。


「……作戦決行日とかちあうな」


 レインのつぶやきにファウストが反応する。


「夕方だったら大丈夫じゃないか? バラリア砦はザコしかいないんだろ? 朝スタートで昼過ぎには終わってるよ。終わったら俺の転送魔法で飛ばしてやるから」

「そうだな。ならいいか」


 レインはうなずくと『OK』で返した。

 これでお見合いが成立した。


「早く土曜にならないかな」


 レインはミヒリアと会ったらどんなことを話そう――気の合う人だったらいいなと考えて楽しい気持ちになった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「あ、お見合い確定した」


 わたしはパソコンを見てそうつぶやいた。傭兵のレインさんがわたしの提示した日時を承諾したのだ。

 こう返事が来るのが早いと気分がいい。

 おやおや、このミヒリアさんと早く会いたいのね。うふふふふ。タイラさんおすすめの人らしいので少しばかり楽しみである。

 この人が運命の人だったらどうしよう!?


 そのとき――

 ドアをノックする音がした。


『失礼します、ミヒリアさま。少しよろしいですか?』


 メフィストの声だった。


「いいけど、なに?」


 がちゃりとドアが開き、メフィストが入ってきた。


「業後に失礼します。急ぎお耳に入れたい報告がありまして」

「なに?」

「勇者についてです」

「へえ」


 わたしは口元をほころばせた。わたしたち魔族の天敵。反魔族の急先鋒。勇者の動向は常にわたしたちのトッププライオリティだ。


「勇者たちはバラリア砦を攻めようとしているそうです」

「バラリア砦か……」


 確か戦略的にはたいした価値のない場所だ。

 メフィストが話を続けた。


「バラリア砦より要請がありました。勇者たちの攻勢に対抗するため急ぎ援軍を請うと」

「送ってあげれば?」


 メフィストは首を振った。


「残念ながら近場で動かせる戦力がないのです」

「じゃ、無理でいいんじゃない? それほど価値のない場所だから引き払って逃げればいいじゃん」

「それもどうでしょう。ここしばらく魔王軍は人間たちに苦杯をなめるケースが続いております。士気を上げるため、魔王軍の威を示すときかと」

「うーむ……」

「というわけでミヒリアさま」

「なに?」

「バラリア砦で勇者たちを迎撃していただけないでしょうか?」


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