女魔王、婚活疲れの愚痴を吐く
ひとしきり笑った後、メフィストが言った。
「笑えとご命令になったので笑いましたが?」
「誰が言ったのよ! 笑うなって言ったの!」
「え、笑えって意味の振りですよね、それ?」
こ、こいつは……!
性格がねじ曲がりすぎている!
メフィストが咳払いした。
「ま、冗談はこれくらいにして。婚活をされているのですか、ミヒリアさまは?」
「……うん」
「薦めたのは確かに私ですが――あれって人間たちのサービスですよね? 魔王さまって魔族ですよね? 人間とお見合いしているんですか?」
「ま、まあ……そういう形になるかな……」
「人間と結婚されるおつもりで?」
「ないないないないないないないなああああああああああい!」
わたしは両手をばたばたと振った。
「ない! あの、その……恋愛の勉強がしたくて! 三〇〇〇歳で恋愛経験値ゼロを何とかしたいというか!」
「ああ、なるほど……」
うんうんとメフィストがうなずく。
「深刻ですねえ……蜘蛛の糸にもすがりたいお気持ちお察しします」
なんだかすごくバカにされたような気が……。
そこまで言って、メフィストがはっとした表情を作った。
「あ……すいません! わたしモテまくるのでお察しできないです」
「あのさ、絶対にバカにしているよね?」
「……おや、調子が戻ってきましたか、ミヒリアさま?」
「むぅ……」
まるで『そのためにあえて憎まれ口を叩いていました』みたいな感じでまとめやがった。
こういう機転がモテるんだろうなあ……。
メフィストが口を開く。
「で、思い悩んでいるようでしたが、婚活についてですか?」
「ええ、そうなのよ」
よーし、盛大に愚痴っちゃうぞ!
「かくかくしかじかというわけよ」
「なるほど、かくかくしかじかなんですね」
うんうん、とメフィストがうなずく。
「それはそれは大変ですね。心中お察しいたします」
「いきなり初対面の異性と会って盛り上がれるわけないよね!?」
「……え? あ、はい」
「……何よその気のない返事は?」
「言っていいんですか?」
「言いなさいよ」
「別にわたしは初対面でも異性と盛り上がれますからね。その点で苦労したことが……」
ぐはっ!
そうだった……こいつは名うてのプレイボーイ。初手殺しの達人なのだ。
「……じゃあさ、そのコツを伝授してくれない?」
「無理です」
「なによ? 教えるのが惜しいわけ?」
「いえいえ。私のものは主のもの。ミヒリアさまが望むのなら差し出すのはやぶさかではありません。ただ、恋愛経験値ゼロではね……教えても扱えませんからね」
ぐぬぬぬぬぬ……!
たくみにわたしの精神にボディーブローしてくるな、こいつは!
「ですが、ひとつだけ心構えを教えましょう」
「なによ?」
「誠実に、ですね」
「誠実?」
「経験ゼロなのです。小細工などできようはずがありません。ですから、ありのままのミヒリアさまを見せるとよろしいかと。いつの日か通じ合える方が現れますから」
「現れるのかなあ……」
ここ三ヶ月の活動を振り返る限り、絶望的な気分なんだけど……。
「必ず現れます」
メフィストが言い切った。
「わたしは多くの女性と浮き名を流してきましたが、いずれの女性もそれぞれの個性をお持ちでした。逆もまたしかり。男もまた多くの個性がある。必ずミヒリアさまと通じ合える方がおりますよ」
またこいつは……うまくいい話で締めるなあ……。
でも少しばかり元気が出たのは確かだ。
「ま、頑張ってみるよ」
「はい」
そこでメフィストが首を傾げた。
「で、どうしてさっきまでうなだれていたのですか? 婚活疲れがピークに達していたのですか?」
「ああ、それね……」
回復した元気がげんなりと消えた。
「いや、昨日の休みにさ、仮交際に入った人と食事にいったのよ」
「……仮交際?」
「ああー、そこからかー」
わたしは説明することにした。
「あのね。まず最初にお見合いするわけだけど、そこでお互いにいいなーと思ったら『仮交際』ってステータスになるの。最初のお見合いは婚活会社が調整してくれるんだけど、仮交際になったら各自で調整するわけ」
「仮とついていますが……普通につきあっているのと何が違うんですか?」
「並行オーケーってところかな」
「並行オーケー?」
「仮交際中は他の人とお見合いしてもいいのよ。それでいいな、と思ったら複数人と同時に仮交際になってもいいの。仮ってのはお試しって意味かな」
「なるほど。便利な言葉ですね。わたしも女性とのおつきあいを仮交際と呼ぶことにしましょう」
常に複数人の女性とつきあっている悪魔が皮肉げに笑う。
「あんたのとは違うから! 肉食禁止どころかお触り禁止の清い清い清おおおおい関係なんだからね!」
「なるほど。付け加えるなら私のお付き合いはすべて本気なのでお試しという点も違いますね」
うんうんと勝手にメフィストが納得する。
おいこらプレイボーイ、自分の恋愛はきれいな恋愛みたいに言わないでくれるかな!
「で、その清い関係の方と食事に行ったと。何か問題でも?」
「……あのさ……その人と夜の食事に行ったんだけどね……」
「はい」
「二時間くらい一緒に過ごしたんだけど、こう……面白くもなければ大きく盛り上がることもなく終わったんだよね」
何だか砂を噛んでいるかのような時間だった。
もちろん、彼だけが悪いのではなく盛り上げられなかったわたしも悪いんだけど。
「それはそれは。残念でしたね」
「でね、今朝サイトをチェックしたらさ。交際お断りの連絡が来ていたの……」
ちなみに仮交際もサイトでポチっとやると終わりである。さすが仮。はかない。
「……何だかそれを見ていたら、今までの疲れがどっと出てきたといいうかね……」
「仮交際まで進んだんですよね? その人とは初回のお見合いはうまく盛り上がれたんですか?」
「うーん……他の人よりはいいかな? くらい。迷ったんだけど、とりあえず交際OKで返したのよ」
「それくらいの相手だったら別にいいじゃないですか。落ち込むほどでもないですよ」
「それはそうなんだけどね……」
別に振られたことに落ち込んだわけではない。こちらも本気ではなかったから。
ただのきっかけなのだ。
どちらかというと未来について疲れたのだろう。
今わたしが歩いている婚活ロード。終わりがあるのか、と。
「ミヒリアさま。そんなのは忘れて次に進みましょう」
「まー、それしかないんだけどねー」
はあ、とわたしは大きくため息をつく。
そう、どちらかしかないのだ。
歩みを止めるか。辛くても歩み続けるか。
そして、わたしは決めたのだ。自分が納得するまでは歩き続けるんだと。
「ありがと、メフィスト」
「はい?」
「話せて少し楽になった」
わたしの言葉を聞いて、メフィストがにっこりとほほ笑んだ。
「主の愚痴を聞くのも執事の役目。誰にも知られたくない心の疲れ、気にせずメフィストにお聞かせください」
メフィストが一礼する。
「新しい紅茶を淹れて参ります」
メフィストが退室した直後だった。
わたしのスマホが震えてメールの着信を知らせた。
暇だったわたしはスマホに手を伸ばす。
送信者はタイラさんだった。
『ミヒリアさまが『お見合いお断り』にした先週紹介のレインさまについて再検討していただきたくメールいたしました』
再検討……?
そんなシステムがあるの?




