Re:ゼロから始まる婚活生活(Re=恋愛スキル)
三ヶ月後。
執務机に突っ伏しているわたしの姿がそこにあった。
「ミヒリアさま」
メフィストの声が上から振ってくる。続いて、ことりと何かを置く音。メフィストが紅茶を置いたのだろう。
「なーにー」
「仕事をしてください」
「する気になれないー」
わたしはごろごろと頭を左右に振った。
「何があったのですか? 最近、休みになるといそいそどこかにお出かけになっているようですが」
「お前はわたしのストーカーか!?」
「別にミヒリアさまの私生活には興味ありませんが――執事の職務として仕方なくです」
「あんたも大変ねー」
わたしはゆっくりと身を起こした。
おそらく鏡を見ればわたしの顔はどんよりと曇っているだろう。覇気がないというか。死んだ魚の目――までは行ってないで欲しいが。
理由は婚活である。
ものの見事にわたしは婚活疲れに陥っていた。
紹介は途切れることなく続いており、だいたい週に一回くらいはお見合いが組まれている。
おそらくは順調に活動できているほうなのだろう。
とはいえ――
婚活活動を初めて知ったことはこれはそれほど生やさしい世界ではないということだ。
だってさー、見ず知らずの男性と会うんだよ?
事前情報、職業と趣味だけだよ?
そんな人と「はじめましてー」で待ち合わせて一時間一本勝負で喫茶店でお話しするんだよ?
普通に考えて盛り上がるの難しいだろー(白目)
同性でも難しいわ!
それが異性とだなんて!
特にわたしはインドア派のご多分に漏れず人見知りするタイプである。
きつい……きつすぎる……ハードモードすぎる……。
「ミヒリアさんのご趣味は読書なんですね」
「え、ええ……ミステリとか少々……」
「へえー、そうなんですね……」
しーん。
終わった。
みたいな! なかなか話が続かない。もちろん、男性側だけが悪いわけではない。面白い切り返しができないわたしの絶望的なトークスキルにも問題があるのだが。
でもね!
聞いて欲しい!
そんな小粋なトークができるなら婚活してないから!(涙)
自力で小粋なトークを駆使して出会っているから!(血涙)
そんな感じで微妙な会話を毎週毎週続けていると心が痛んでくるのは無理もない。
他にも悩みはある。
先日タイラさんと電話相談したのだが。
『ミヒリアさんは同年代の女性会員さまと比較すると書類のお断り率が少し高いですね』
などと言われた。
「え、どうしてですか!?」
わたしが訊くとタイラさんはこう教えてくれた。
『お断り理由を確認するとですね、やはり経営者というのを気にされている会員さまが多いようです』
「経営者ってダメなんですか?」
『そうですね……男性会員さまは年収やキャリアがご自分より上の女性を敬遠される傾向がありまして……。経営者という肩書きを重く受け止めている男性が多いようです』
ええ、そうなの……?
稼ぎのいい奥さんとか楽でいいと思うんだけどな……。大黒柱でありたい男性の意地みたいなのだろうか……。
ああ、メンドくさい!
というわけで、わたしに会ってくれるやつは『経営者フィルター』をくぐり抜けてきた猛者だけである。
たとえば同じ経営者とか。
初回の紹介で届けられたグレファンという男が経営者で、わたしにお見合い承諾のオファーを投げてきた。
というわけで最初にお見合いしたのがこのグレファンである。
想い出に残るほどに――
最悪なお見合いだった。
このグレファン、どうやら経営者という肩書きにプライドがあるらしく実に鼻高々だった。
お互いに経営者だからわかる苦労ってあるよね? みたいな。
人の上に立つのは特別な才能で俺たちは選ばれた側だよね? みたいな。
プライドが高すぎて無理だった。
魔王パワーで瞬殺しようかと思ったくらい無理だった。
三〇分と経たずに面談を打ち切り、魔王城に戻ってから秒でお断りを通知した。
ああいう上から目線男は嫌である。
もっと謙虚で他者に優しい相手がいい。
タイラさんにメールで愚痴ったら、
『申し訳ございません! まだミヒリアさまは入会されたばかりのため、どういうお相手を好まれるか試行錯誤の段階でして……今後はそのような紹介がないよう気をつけて参ります。お相手のご希望について思うことがありましたら最大限考慮させていただきますのでお気軽にお申し付けください!』
という丁寧な返事をもらった。
後で聞いた話だが、仲人は仲人で担当会員の『表には出さない非公開の情報』を持っているらしい。こんな感じでお見合い相手から聞かされた情報とか本人と応対して仲人が感じた印象とか。紹介時はそれを参照して相手を選ぶ。
変なこと書かれないように気をつけよう……。
などといろいろとあり、わたしの精神はこの三ヶ月でげっそりと削れてしまった。
そのボロボロの状態で昨日の夜に追撃の大ダメージを受けて、今日わたしは仕事をする気も受けずに寝込んでいたのだ。
わたしはメフィストが淹れてくれた紅茶に口をつけた。
紅茶の風味が口いっぱいに広がって疲れたわたしの心を癒やしてくれる。
わたしの目の前にメフィストが立っていた。
うーむ……。
今まで婚活のことは秘密にしていたのだが、メフィストには話してもいいのかな……?
というか……秘密にしているのが辛い!
誰かに話を聞いて欲しい!
ほら。他人に話したら心が整理して落ち着くって言うじゃない?
今のわたしに必要なのはまさにそのそれだと思うのだ。
ていうか、ストレスが溜まりまくっていて他の誰かに話さないとやってられない!
「……ねえ、メフィスト。あなた口が堅いわよね?」
「執事の基本スキルですからね。信頼していただいてよいかと」
わたしはぺろりと唇を舐めてから言った。
「あのさ、笑わないできいてくれる?」
「もちろんです。それもまた執事のつとめ。あなたのメフィストを信じてください」
真摯な目でメフィストが言う。
そうだね……執事の仕事は主のサポート。疑ったわたしを許しておくれ、メフィスト……。
「実はわたしね……婚活してるんだ」
瞬間――
「ぷ」
メフィストが爆笑した。
お前ぇ……。




