女魔王ミヒリア、婚約破棄される
わたしの名前はミヒリア。
職業は東の魔王。東西南北の大陸で四人いる魔王のうち唯一の女魔王である。
派手な肩書きの職業ではあるが、実際のわたしは実に平凡な外見をしている。人間で例えると二〇代後半くらいの、どこにでもいる女性であろう。肩まで伸ばした赤毛と赤目が特徴的なくらいかな……。
とはいえ魔王という重責の職業。
それなりに忙しい。
その多忙な日々をやりくりし、今日のわたしは久しぶりに北の魔王と会食していた。
北の魔王グレゴリオは人間で例えるなら四〇代くらいの、ややおっさんな感じの男性である。ワイルドでエネルギッシュ、ちょっと脂ぎっている感のある、ひげを生やした人物だ。
で、この北の魔王――
わたしのフィアンセだったりする。
まー……。
外見的には別に好みではないし、話していて楽しいわけでもないのだが……。
ちょっとその……年齢的に婚期を考えることが多くなりまして。あれ、わたしこのまま仕事に生きていていいの? 恋愛イベントがない生涯でいいの? と自分問答したりしてまして……。
その心の隙間にですね。
このひげ面が割り込んできたのです。
「東の魔王ミヒリアよ。俺と結婚しないか?」
と。
同じ魔王で知らない仲でもない。そろそろ潮時かなーと思ってわたしはふらふらと「いいんじゃない?」と受けたのだ。
それ以来わたしたちは晴れて婚約者となり――
こうやって二人だけで会食する仲となったわけだ。
今日は記念すべき一〇回目の会食。
そして、わたしの誕生日だったりする。
グレゴリオとはまだ特にそれほど熱い仲ではないのだが、なんとなく期待してしまう。
わざわざわたしの誕生日を指定してきたのだ。
え、これっていよいよ話が前に進んじゃう感じですか?
みたいな。
そんなわたしの期待を煽るように、食事が終わるなりグレゴリオがこう言った。
「実は話がある」
わたしは思った。
きたきたきた、きましたわー!
「なに?」
すました顔で応じたが、わたし大興奮である。
食事中に一切わたしの誕生日には触れてこなかったけど、きっとここを盛り上げるための演出なのだ。
いやー、焦らしますなー、北の魔王!
別にグレゴリオが好きで好きでたまらない感じではないのだけど、やはりこういう展開になると胸が燃えるのも仕方がない。
グレゴリオは意を決した様子で続けた。
「ミヒリアよ」
「うん?」
「婚約を破棄させてくれ」
……。
………………。
………………………………………………。
……え?
今ひょっとして婚約破棄って言われた?
婚約破棄?
呆然とするわたしに向かってグレゴリオが頭を下げた。
「こういうことになって本当に申し訳ない。やはりお互いに仕事が忙しい身、重責ある立場だ。そんな二人が夫婦になるのは無理があると思った。君のことは愛しているが、別れるのが賢明ではないかと思っている」
「そう」
わたしはあっさりと答えた。
実はあまりショックはなかった。選ばれなかった、という意味ではもちろん落ち込んではいたが、愛する人を失った、という度合いにしては実にしょぼい。
それはおそらく――
わたしはグレゴリオを愛していなかった、ということだろう。
誰でもいいから結婚したい。
そこにたまたま現れたのがグレゴリオなだけ。
きっとグレゴリオはそんなわたしの浅ましい気持ちに気づいているのだろう。
わたしは息を吐いた。
つまり、わたしも悪いのだ。
そんな軽い気持ちで相手を選ぼうとしたのだから。
グレゴリオに悪いことをしたかな……。
だから、わたしは決めた。グレゴリオを責めるのはよそうと。にっこり笑って水に流そうと。
そもそも同じ魔王だから揉めると面倒だしね……。
職場恋愛って怖いわー。
「……わかった。気にしないで」
グレゴリオが気に病まないよう、声のトーンに注意してわたしはそう言った。
グレゴリオはほっとした顔になった。
「ほ、本当か……! すまない。認めてくれて……!」
「いいのよ、気にしなくて」
それから冗談めかしてわたしは言った。
「でも、今日はわたしの誕生日だったから、もっと素敵な話があるのかなと思っていたけどね」
「え!? 今日は君の誕生――」
言ってから、はっとなり、グレゴリオは表情を消した。
「そうだったね。君の誕生日にこういう話をして申し訳ない」
……。
なんか「今の無しよ!」みたいにしれーっと喋っているけど……。
絶対お前わたしの誕生日だって覚えてなかったよな!?
さすがにちょっとムカッときた。
婚約者の誕生日くらいは覚えておけよ! 一応、わたしはあんたの誕生日どうしようかなーって頭の片隅くらいでは考えていたぞ!?
と、多少いらっとしたが――
落ち着きなさい、ミヒリア。ここはおとなの女性としての余裕を見せるのですよ、とわたしは自分に言い聞かせた。
仕方がない。
お互いに忙しい身だ。頭からすっぽ抜けるのも仕方がないだろう。
わたしにとっては今日終わった話だが、彼にとってはだいぶ前から考えてゆっくり終わらせた話なのだ。
わたしの誕生日に気が回らなくてもおかしくはない。
わたしはにっこり笑った。
「いいのよ、グレゴリオ。これからもいい同僚でいましょう」
「ミヒリア! 君は優しいな! ああ! これからも俺たちは同僚だ! 君が困ったら遠慮なく俺に声を掛けてくれ!」
実に平和的に解決した。
えらいぞわたし。おとなの対応だ。
というわけでこの話はこれで終わるのかと思ったのだが――
終わらなかった。
がちゃり。
個室のドアが開き、やたらと肌色成分を見せびらかす服を着た派手な女が部屋に入ってきた。
「ねー、グレゴリオー。ちょっと遅すぎじゃない? 待ちくたびれたんだけどぉ?」
血相を変えたグレゴリオが慌てて振り返る。
「ま、待てエリー! ここに入ってくるなと言っただろ!?」