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狂った世界と勇者の呪い

作者: 空月



「いつも、最初にここに辿り着くのは君だね――魔法使い」


 女が笑った。自身に杖が――武器が突き付けられている状態なのに、平然としている。むしろ楽しそうですらあった。

 対する男は、焦燥と疑念と苦悶をないまぜにしたような表情で、杖を持つ手にもどこか迷いがあった。


「本当に――お前が、」


 女が笑みを深める。それがまるで肯定のようで、絞り出すように男は言った。


「お前が、魔王なのか……シェリカ!」


 シェリカと呼ばれた女が、そっと杖に手を添えた。男はびくりと体を震わせ、それでも杖を引かなかった。


「それは正確ではないな、魔法使い。私は私だ。魔王ではない。君だって対峙しただろう? 魔王は別にいる。――だが、この身は魔王と連動している。そういう意味では、私も魔王と言えるだろうよ」


 シェリカは自嘲気味に言った。そうして、一歩男に近づいて、囁くように言った。


「昔話をしようか、魔法使い。未来であり、遠い遠い過去であり、因果の源の」


 魔法使いはただ、黙っているしかできなかった。



◆ ◆ ◆



 私と勇者は幼馴染だった、それは君も知っているだろう。何せ君も同じく幼馴染だった。だが、私と君はそれほど親しくはなかったね。

 まあ、そんなことはどうでもいい。私と勇者は幼馴染だった。家同士の付き合いが深い、まるできょうだいのように育った幼馴染。

 何をするにも一緒だった。どこにでも一緒に行った。新しいことをするときはいつも一緒だった――それはいつしか、性別に分かたれたけれど。それまでは、いつも一緒だった。それくらい仲の良い幼馴染だった――対外的には。

 違ったのかって? そうだね、違ったんだ。私はよくわからないから手を引かれるまま勇者についていっていただけ。自我が薄かった。いや自我がありすぎて何もかもを受け止められていなかった。私にとって、ここは皮一枚隔てた向こう側の世界のようで――そういう違和感が抜けなかった。

 私にはね、別の世界の記憶があるんだ。別の世界で別の人間として人生を生きた記憶。少なくとも成人はしていたよ。それくらいの記憶が、まだ物心がつかないような幼児の頭に入ってるんだ。発狂しなかっただけマシだと思わないかい?

 そんなわけで少し普通と違う私を、それでも両親は大切に育ててくれていた。何かおかしいことをしても、気味が悪いものを見るような目はせずにいてくれた。どうしてだろうね。どうしてだったんだろう。彼らは何をどう思っていたんだろう。

 それを聞く術は永遠に失われた。私が6つを数えた頃だったね。優しい両親は私を置いて出かけた先で死んでしまった。

 ――それが転機だった。


 この村の人たちは優しかったね。両親を亡くし孤児となった私を、村ぐるみで育ててくれた。有難いことだ。私もそれに少しでも報いるようにと努力したつもりだ。少しは恩を返せていたらいいのだけど。

 そして君と勇者が、神託によって魔王を倒す者として城へ招聘されたね。村は大騒ぎだった。危険な旅だ。引き留めたい人もいただろうに、それでも世界のためにと君たちは送り出された。

 長い旅だったね。5年だったか、10年だったか……すまないね、時間の感覚が今の私は薄い。それでも、長い旅だったのは知っている。

 その末に君たちは魔王の元に辿り着く術を得て、勝算を得て、そこへと向かった――それが未来の話。過去の話。



 一番最初の話をしよう。

 君たちが旅に出た後、私はただ日々を過ごしていた。村の人の頼まれごとをし、時折君たちの旅の噂を漏れ聞き、ただただ生きていた。そしてある日突然――攫われた。

 そう、魔王にだよ。

 魔王はね、勇者の『一番大切な人』とやらを私だと断定したらしい。そして攫った。攫って――魔王の魂とも言える『核』を私に埋め込んだ。

 要するに、本体を移したようなものだ。魔王の体を倒しても、『核』がある限り完全に死したとは言えない。

 保険だったんだろう。それほどに、魔王は君たちを脅威に感じていた。そしてその保険は――有効だった。


 倒されても倒されても復活する魔王に、君たちは何か絡繰りがあると考えた。そして探りあてた。私のことを――魔王の『核』を内包させられた人間を。

 私を殺せば、魔王は死ぬ。完全に倒せる。それを知っても、君たちは苦悩した。たかが人間一人だ。世界の平和と天秤にかければ容易に傾くだろうに、それでも苦悩した。……善い、人たちなんだと思ったよ。


 だからだ。だから、私は、私自身の手で命を絶とうと思った。それが一番いいと思った。

 誰の手にかかっても、その誰かが苦しむだろうと思えたから、私は私を殺そうと思った。


 そして――そして。


 私が私の胸を貫いた瞬間に、勇者が――あの子が叫んだ。『こんな世界認めない』と、『こんなのは許さない』と。


 魔王が世界を壊すものなら、勇者は世界を変えてしまえるものだ。

 そのあの子が世界を否定した。行き着く先を否定した。


 そして世界は塗り替わった。


 だから私は、死んでしまう一歩手前で生き長らえた。あと一秒、もしかしたら刹那で死ぬ――その状態のままに。

 魔王の『核』を内包したままに。


 そうしてあの子は、魔王を殺せない勇者になった。殺さない勇者になった。

 人々はもちろん非難した。だって魔王は世界の脅威だ。それを倒すのが勇者だ。あの子を役立たずと断じる人々はたくさんいた。だけど魔王を殺さないだけで、その実力は本物だ。私は守られた。あの子は私を守って守って守って――世界の敵になった。


 世界は破綻した。魔王を守る勇者なんて、そんなのおかしいなんて言葉じゃ足りない。

 だから神々はリセットした。リセット――しようとした。すべてを。


 そう、できなかった。

 何ができなかったかというと、私の魂を正常化させることだった。

 魔王の『核』は私の魂に寄生するように内包されていた。それを分離できなかった。

 私の魂がひび割れ、『核』がそのひびを埋めるような状態になっていたから。

 分離しようとすれば、私の魂はひび割れ、元には戻らないとわかったから。


 ――私は、元々、悲劇の舞台装置だったらしい。

 そう、魔王が勇者の『一番大切な人』に目を付け、その中に『核』を埋め込み、死を免れ、絡繰りに気付いた勇者一行が苦悩し、最後に私が自死を選ぶ――そこまではすべて定まったことだった。

 それを勇者が拒否した。それはイレギュラーだったんだろう。

 でも最大のイレギュラーは、私の魂が不安定だったこと。

 恐らくは、だけれど。私が真っ当に育っていれば、こんな事態は起こらなかったんだろう。

 私は私という悲劇の舞台装置として、自ら命を絶つという、同じ選択をしただろう。だけれど救済措置はあったんだ。魔王の核と私の魂とを分離させれば、恐らくは大逆転のハッピーエンドが待っていた。

 けれど私は『私』だった。歪にひび割れた魂を内包し生きてしまった『私』だった。


 この世界は詰んでしまった。

 神々は世界を見放した。狂ってしまった世界を正常化できないと悟った。


 それから、この世界は勇者の思うがままに停滞している。

 勇者と魔王と私だけが、それを知っていた。


 ……矛盾がある?

 そう、気付いてしまうんだね、魔法使い。


 本当は、魔王の『核』と私の魂とを分離するタイミングは、私が死する直前――まさに勇者が、あの子が世界を否定した瞬間だった。あの瞬間、勇者がそれに気づいて実行すれば、虫の息の私が私として復活する、そういうハッピーエンドだったんだよ。


 どうして勇者がその答えに辿り着けなかったか――辿り着かなかったか。

 たぶんだけれど、推測はしている。


 あの子は知っていたんだ。私が普通ではないこと。前世の記憶を持っているとまで思っていたわけじゃないかもしれない。でも、何かがおかしいことを知っていた。それ故に、魔王の『核』がそうなるべきでない形で私の魂と融合したことを察した。


 だから否定した。すべて否定した。そうしないと、私はただ死ぬだけだったから。


 本人に訊いてみるといい。私も答えを聞いたわけじゃない。もしかしたら違うかもしれない。


 ……時々、どうしてこうなってしまったんだろうと思う。


 私だって、あの子のことを憎からず思っていた。あのままでいれば、いつか添い遂げるようなことになるかもしれないと思うくらいには。

 けれどあの子は勇者だった。そうして私は悲劇の舞台装置だった。だからあの結末は、予定調和だった。そのはずだったのに、ね。


 すべての原因は私にある。私が、前世の記憶なんてものを持って生まれたことがすべてを狂わせた。

 魔王を倒したいというなら私を死なせればいい。ただし、勇者を納得させてからでないと意味がない。あの子が世界を否定すれば、また私が生きている世界になってしまうから。それは魔王の復活と同義だから。


 ……帰るのか。それがいい。まずは勇者と話をした方がいい。

 もう、私の生殺与奪権は、私の手にはないんだ。




◆ ◆ ◆




 いつもどこか、一人ぼっちでいるような目をした子だった。

 それがなんだか寂しくて、いろんなところに連れて行った。何をするにも一緒だった。新しいことをするときはいつも一緒だった――それはいつしか、性別に分かたれたけれど。それまでは、いつも一緒だった。それくらい仲の良い幼馴染だった――対外的には。

 実際は違ったことを知っている。あの子はただ、俺についてきていただけだった。よくわからないから俺の言うままにしていただけだった。

 一人だけ違う世界にいるようだと思っていた。薄皮一枚向こう側、見えはしても決定的な断絶がある、そんな世界。

 でも、そんなあの子も、両親の前では少しだけ、この世界にいるような顔をしていた。

 だからいつか、両親の前以外でも、この世界にいるような顔をするようになると思っていた。


 なのに。

 あの子の両親は死んだ。あの子を置いて出かけた先で。

 あの子はますます、違う世界に生きているような顔をするようになった。


 どうしてか自分でもわからないくらい、あの子のことが気になった。

 ひとりで、ひとりきりで生きているような顔をしてほしくなかった。

 誰よりもあの子を――彼女を気にかけた。彼女はやっぱりこの世界にひとりきりみたいな目をしていたけれど、少しだけ俺を見てくれるようになった。


 そうするうちに神託で俺は勇者になり、村を離れることになった。

 彼女が心配だったけど、魔王の脅威が世界を覆えば、彼女が生きていられるかもわからない。仕方なかった。

 必ず帰ってくると約束した。彼女と絡めた指の温度は確かだった。


 魔王を倒すための旅は長かった。彼女は小さな頃みたいに、よくわからないから俺の言うままに待ってくれているだろうとは思っていたけれど、それでも不安だった。

 手紙を出した。俺たちは常に移動していたから、返事はくれなくていいと書いた。ただ忘れないでほしかった。傍にはいないけれど、心を寄せていることを忘れないでほしかった。


 そうして旅の終わり。魔王を倒すというときになって、魔王は妙なことを言った。


『我を倒すというのなら、勇者よ。己の一番大切な者を失う覚悟をすることだな』


 意味が分からなかった。けれど、彼女の顔が浮かんだ。旅に出る前の、まだ少女の面差しの彼女の顔。

 今はきっと大人になって、少女じゃなくて『女性』になっているはずだった。


 魔王を倒した。倒したけれど、魔物たちは消えない。それは魔王が生きているということだ。

 戸惑ううちに、倒したはずの魔王が復活した。また倒した。また復活した。倒した。復活した。


 それを繰り返して、何か絡繰りがあるはずだという結論が出た。

 ――そして、魔王の城を探し回った先に、彼女がいた。


 魔王に攫われたのだという。『核』なるものを埋め込まれたのだという。そして、魔王の台詞。

 それは彼女を殺さないと、魔王は死なないということだった。

 そんなことはできない。――そんなこと、できるはずがない。


 魔王を倒す、他の手段を探そう。そう結論が出た。

 だけど方策は思いつかない。そのうちに、また魔王が現れた。


 倒せはする。けれど復活するのなら意味がない。

 倒すたびに魔王の力は増しているようだった。苦戦する俺たちを彼女は陰で見ていた――そして。


 どこから調達したのか、ナイフをその手に握っていた。



 彼女が微笑む。そうして――銀のきらめきを、その胸に突き刺した。



 ああ、ああ、ああ。


 こんな、世界。彼女がひとりきりで、生きて、死ぬような世界。

 ゆるさない。ゆるさないゆるさないゆるさない。


 ――認めない。


 気付けば叫んでいた。世界が止まった。――文字通りに。


 そこからのことなんてどうでもいい。

 彼女が自ら死を選んだ――その瞬間、満足そうに・・・・・微笑んでいたことだけが問題だった。


 今までのどの時よりも、ここで生きている顔をして、死のうとしたことが問題だった。


 神々は、この世界が狂ったと言った。

 狂っていてもいい。彼女が生きてさえいるのなら――俺を置いていかないでいるというのなら。


 だから俺は狂った世界で、役割をなぞって生きている。俺が勇者である限り、この世界は俺の思うとおりになるとわかったから。

 彼女が死ぬ、その直前で、生き続けるとわかったから。


 死なせない。死なせるものか。

 それだけが俺の、願いだったのだから。

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