七話 冒険者ギルド、トラブル
「はい、ポーションの納入ですね。では、こちらにお願いします」
「ああ、分かった」
【ペネトレイター】共の揶揄いから何とか脱出した俺は、冒険者ギルドの受付カウンターでポーションを納入していた。
試験官のような瓶に入ったポーションが五十、ハイポーションが三十、エクスポーションが十、マナポーションが三十、解毒ポーション、麻痺ポーションが各二十。
一人で作っているということで、数はそこまで多くない。が、そこは質でカバー。『印』入ということで売値も上がっているので、今売った分で普通の家族が一月は暮らせるだけの金になる。
「売り上げの方はどんな感じだ?」
「大人気ですよ。売り場に出て、すぐに売り切れちゃうくらいです。他の人が作るポーションよりも効果が高いのもそうですが、やっぱり飲みやすさが天と地の差ですからね。中には、振りかけるのが勿体なくて、飲むときは『ルイン印のポーション』、振りかけるときは他の人のポーションって使い分けてる冒険者さんもいるみたいですよ」
「そうか。それは何よりだな。俺も頑張って作った甲斐があったってもんだ」
「ただ……本当に人気が高くて、速攻で売り切れるので、買えなかった冒険者さんから苦情がひっきりなしに……あの、ルインさん。ポーションの生産量、もう少し増やせませんか?」
「うーん、一日中ポーション作りに集中するならできるが、そうもいかんかないからなぁ……。悪いが、効率的な手段を見つけない限り、生産量を増やすのは無理そうだ」
「そうですが……。残念ですが、ルインさんに無理をしろとも言えませんからね」
そう言った後、「それでは、料金を持ってきますので少々お待ちください」とカウンターの裏に消えていく受付嬢さん。その後ろ姿を見送りながら、思考を働かせる。
うーん、生産量を増やす……かぁ。いやまぁ、【時空支配】とその他諸々の魔法や技能を使えば、できないこともない。
というか、できる。【時空支配】で作り出した時間の進みが外の世界と異なる亜空間に入る。【錬金術】を作って魔力から複製品を生成する。【陰陽術】で作り出した式神に手伝わさせる。パッと思いつくだけでそれくらいあるし、これを全部組み合わせれば、材料の許す限りいくらでも作れてしまうだろう。それこそ、一日に千本単位での生産が可能になるはずだ。
しかし、そんなことをしたら、自分から異常な能力を持ってますよーと周りに喧伝するようなものだ。それに、俺のポーションだけが売れるなんてことになってしまえば、この町に住む他の調薬師たちの仕事が無くなってしまう。そんなことをして恨みを買うのも嫌である。
というわけで、生産量を増やすにしても、『腕が上がると共に作るペースも上がりました』というのが分かるくらいの増やし方にしよう。一気にグンッと増やすとかは無しということで。苦情を受ける冒険者ギルドの職員には悪いが、ここは苦情対応を頑張ってもらうことにしよう。
さて、ポーションの納入も終わったし、報酬を受け取ったら後はギルドの一角を借りて簡易出張治療院を夕飯の時間になるまで開いて、今日のやることは終わりだな。そうなると、明日は……。
「おい、そこの子供」
ええと、肉の貯蔵は十分だし、野菜類も昨日まとめ買いしたから問題無し。薬草類も次回の納品分はとってあるので、これも採集に出る必要はない。となると、研究所の掃除と調薬を少ししたら、そのあとは暇になるのか。
「おい、聞いているのか。おいッ!」
時間が空いたことだし、天気が良ければ草原で日向ぼっこしながら読書とでも洒落込もうか。それともサナと一緒に遊ぼうかな? ここ数日はあまり構って上げれてないし、今日も家を出る前にどこか寂しそうな瞳でジッと見つめられたからな。あれを振り切って出掛けるのは中々に罪悪感で心が痛かった。
サナはいい子なのだが、いい子過ぎてあまり我儘をいうことをしない。しっかり者なのはいいが、もう少し甘えてくれても全然かまわないのだがな。
「くそっ、何故こちらを向かない! 絶対に聞こえているだろう!」
そうだな……うん、明日は一日、サナのしたいことをして遊ぼう。帰ったらそう言ってみるとするか。サナは喜んでくれるだろうか?
……いや、もしこれでサナに「ルイン兄とは遊びたくない」とか言われたら、俺の心が折れる。それはもう、盛大にボッキリ行くだろう。いや、折れるとかいう次元じゃないな。砕け散る、が正解か。
……サナ、俺と遊ぶの嫌がらないよな? 大丈夫だよな? 寂しい思いをさせる兄なんて嫌だとか言われないよな? サナに限ってそんなことは無いと思うが……いやでも、万が一ということも……。
「ルインさん、料金の用意が出来ましたよ」
「……ん? あ、ああ。分かった」
「どうかなさいましたか?」
「いや、少し考え事をしてただけだから、何でもないぞ」
「そうですか。では、こちらが料金です。お確かめください」
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。今後ともよろしくお願いいたします」
料金の入った袋を受け取り、受付嬢さんにお礼を言って、出張治療院のためのスペースに移動しようと……。
「おいッ! 貴様ァ!」
ガシッ、と肩を掴まれた。
なんだ? と振り返ると、見るからに怒った様子の男がいた。恰好からして商人のようだ。歳は結構若い。顔立ちはそこそこ整っているように思えるが、人を見下すような目が嫌悪感を抱かせる。
しかし、どうしてコイツは怒っているんだ? 男の顔に見覚えはなく、確実に初対面。何か恨みを向けられるようなことをしただろうか? ……うん、記憶にない。
「……なんだ? 俺に何か用か?」
「……ッ! さ、さっきから声をかけていただろうが! この私を、無視しやがってッ!」
「……そ、そうか」
いや、まったく気付かなかった。サナのことを考えていたからしょうがない。愛すべき妹分のことを最優先にするのは当たり前であり、世界の心理である。
ゆえに、この見たこともないような商人の男より優先するのは当然の帰結なのだ。
というわけで、
「それは済まなかった。考え事をしていたのでな、気が付かなかった」
「くっ……! お前ぇ……!」
「まぁ、そう怒るな。それで、何か用があったんじゃないか? この後やることがあるんでな、手短に頼むぞ」
ひらひらと手を振り、面倒だ、という表情を浮かべて見せる。そんな俺の態度に、男は怒りを強めるが、残念ながら凄まれたところでこれっぽっちも怖くない。
「……くっ! 貴様、私はレーソン商会の会長、マファミ・レーソンだぞ!」
「レーソン商会のマファミ……だと?」
その名前は、まさか……。
「ふんっ、ようやく自分のしたことの愚かさに気付いた「誰だ?」か……って、おい!」
男……マファミが唾を飛ばす勢いで怒鳴り散らす。いや、名前を言われたところで知らないものは知らない。俺があまり外の情報に詳しくないこともあるだろうが……それでも、この国で活動している大きな商会の名前くらいは把握している。
聞いてすぐに思い当たるような有名な商会の中に、レーソン商会なんてなかったはずだが……はて?
「レーソン商会レーソン商会……駄目だな。まるで聞いたことが無い。有名な商会なのか?」
「……今はそれほどではない。が、すぐにこの国で知らないものはいない商会になる」
有名になる『予定』の商会ね。そんなことを言っている商会が一体どれだけあることやら。つまりは無名の商会というわけだろう。もしかすると、このマファミとやらが興した商会なのかもしれない。
まぁ、それはさておき。
「それで、俺に何か用があったんじゃないのか? さっきも言ったが、これからやらなきゃいけないことがあるからな。手短に、頼むぞ?」
「ふんっ、一介の職人……それも貴様のような餓鬼風情が、舐めたことを言ってくれる。私の話より優先されることがあるはずないだろう」
「御託は結構」
「くっ……」
挑発的な言葉に対して素っ気なく返してやると、マファミとやらは面白いくらいに顔をしかめて見せた。あっはっは、眉間に皺が寄り過ぎて、大変愉快な感じになっているなぁ。笑いを堪えるのがちと大変だ。
今にも掴みかかってきそうな様子のマファミだが、これ以上は話が進まないと思ったのか、深呼吸で冷静さを取り戻し、元の人を見下すような表情に戻った。
「……まぁいい。とりあえず、貴様の名前はルインで間違いないな?」
「ああ」
「冒険者ギルドにポーションを卸している印持ちの職人の?」
「そうだな」
「では、単刀直入に言おう。ルインよ、貴様が作っているポーションと薬を、今後私の商会のみに売り給え」
ほう……それはつまり、専属職人になれということか?
専属職人。要は特定の商会のみと取引をする職人のことだ。契約を結んだ商会以外との取引が出来ない代わりに、職人は安定した供給先を手に入れることができ、また商会側はその職人の作るモノを独占することが出来る。双方に得のある関係である。職人の中には、この専属職人になることを夢見ている者たちもいるくらいだ。
俺が何も言わないのをいいことに、マファミは俺と契約したい理由と、自身の商会と契約する利点をつらつらと並べ始めた。
なんでも、最近商人の間で『ルイン印のポーション』が話題になっているらしい。飲むには苦すぎるというポーションの欠点を完全に廃した俺のポーションは、『ポーションの革命』と言われているとかなんとか。……流石に大袈裟じゃなかろうか?
そして、マファミは『ルイン印のポーション』を商会の目玉商品にしたいらしく、俺の情報を集めていたとか。しかし、商人ギルドでは何の情報も手に入れることが出来ず、街の住人からも噂話程度のことしか分からなかった。
そして、今度はポーションの直接の卸先である冒険者ギルドにやってきたところ、俺を発見したらしい。
聞く限りでは、契約内容もそこそこいいものを出してくれているらしい。普通の職人なら断ることもないだろう。だが……。
「――――とまぁ、そんなわけだ」
「なるほど。断らせてもらう」
「ははは、そうだろうそうだろう。私の商会と契約できるチャンスを棒にふるはずが……って、おいぃ!! 断るだとぉ!?」
「ああ」
「なぁぜだぁ!!」
……コイツ、いちいちうるさいな。耳が痛い。叫ばないといけない病にでもかかっているのか?
ああ、なんかもう無視してしまいたい。相手をするのが面倒になってきた。……本当に、逃げてしまおうか? 町の喧噪に紛れてしまえば追いつくことはまず不可能なはず……。
いや、それだと同じようなことが二度三度起こりかねないな。やはり、しっかりと納得してもらうしかない。ふぅむ、一言で俺の「断る!」という意志を伝えるにはどうすればいいか……おお、そうだ。この手があったな。
先ほど取り戻した冷静さが台無しになっているマファミに、俺は努めて淡々とした口調で語りかける。
「まぁ、少し落ち着け。断ると言ったのにも理由がある。それを聞け」
「……さっきから気になっていたが貴様、本当に子供か? 言葉遣いや態度に違和感があり過ぎだぞ? あと、無駄に偉そう」
「はっはっは、気にするな。生まれつきの性分だ」
「それはそれで問題あると思うぞ!?」
打てば響くようなツッコミ。商人より芸人の方が向いているのでは? と、口に出したらキレられそうなことを脳裏に浮かべつつ、「落ち着け」の意味を込めてひらひらと手を振った。
「話を戻すぞ? お前の申し出を断ったのは、お前のところの商会に問題があるとかではない。ただ、俺がどこの商会とも契約する気がないだけだ」
「……印持ちの職人にも拘わらず、か?」
「別に、印持ちの職人全員が専属にならなくちゃいけないなんて決まりはないだろう? 別に俺は大金や名誉を求めているわけじゃない。薬師としての活動も、初めは必要にかられてのことだったが、今は半ば趣味のようなモノになっているからな。趣味に無駄なしがらみを付けたいとは思わないだろう?」
お前も趣味は純粋に楽しみたいと思うよな? と問いかければ、苦虫をかみつぶしたような表情で肯定が返って来た。
「というわけで、契約はしない。俺の薬が欲しければ、商人ギルドから買ってくれ」
「くっ」
「すまんな、希望に添えなかったようで」
「……いや、無理強いすることはできないからな。それに……随分と恐ろしい保護者が付いているようだな?」
「保護者?」
どこか怯えを含んだ視線を、俺の後方に向けるマファミ。その視線の先をたどってみれば……何やら、こちらをガン見している【ペネトレイター】がいた。
……俺が視線を向ける寸前に視線を逸らし、マファミに向けていた威圧(弱)を慌てて引っ込めたようだが、遅い! ばっちりと気付いたからな!
「……すまない、あいつらには俺の方から言っておこう」
「……Sランク冒険者に物申すことが出来るのか。ふっ、どっちにしろ私には貴様は不相応だったのかもしれんな」
何やら悟り切ったような表情を浮かべたマファミは、「気が変わったら商人ギルド経由で話をくれ」と言って去って行った。ふむ、感情的になりやすく自尊心が高いのは間違いないが……悪い人間ではないようだな。
……今度ギルドに、レーソン商会へ優先してポーションを回すようにお願いしてみようかね。
「それはそれとして……おい! グレン! エルナ! シズク! ちょっと話がある!」
「「「げっ、バレてる!?」」」
「なーにがバレてる!? だ! 気付かないとでも思ったか!」
Sランク冒険者が、ただの商人相手に威圧とかするんじゃない。まったく……俺を心配してくれたことは素直にありがたいが、それはそれ、これはこれ、だ。
つかつかとグレンたちの前まで行き、腕を組んで視線の温度を極限まで下げる。
「で? 何か言いたいことは?」
「「「……えっと、何のことかな?」」」
「……ほう」
なるほどなるほど、誤魔化すという選択肢を選んだか。ふぅん、そうかそうか……。
い い 度 胸 だ なぁ ?
この後、滅茶苦茶説教した。