六話 今世の日常・冒険者ギルド
商人ギルドを出た俺は、冒険者ギルドまでの道を歩いていた。
少し遅れ気味だが、冒険者ギルドと商人ギルドはほど近い場所にある。走って、万が一力の制御を誤りでもすれば、それはもう大変なことになってしまう。
以前、誰もいないだだっ広い荒野に一人で赴き、全力を出してみたことがあるのだが……うん、あまり思い出したくないことになった。
一通りの確認が終わるころには、周りは大変なことになっていた。ドラゴンが百匹集まって、好き放題暴れてもあそこまで酷くはならないだろうというくらいには酷かった。
生まれて間もないころに自分のステータスに気付き、肉体制御の訓練を早々に初めて本当に良かったと思う。でないと今頃、少し歩くだけで物を破壊する危険な十歳児が誕生していたはずだ。
そんなの、化物以外の何物でもない。……実際、俺のステータスが明るみに出たら、間違いなく化物扱いだろうがな。精神が成熟していることは誤魔化すのが難しかったのでそのままにしているが、一応戦闘能力の方は隠しているのだ。
なので、俺は周りからは『やたらと早熟で魔法の扱いが上手く『印』を貰える程度の調薬技術を持つが、戦闘能力は無い子供』と認識されているはずである。や、それでも十分異常なのは変わりないのだが……まぁ、それは言いっこなしである。
森での魔物狩りも、罠を利用し直接戦闘はしていないことにしている。今のところ、バレてはいない……はずだ。
けれど、リーナさんのように戦闘を生業としている者の目を、いつまで誤魔化せるやら……まぁ、バレたらバレたで、その時考えればいいか。最悪、本当のことを話して彼らの元を立ち去ってもいい。
何も知らないから俺が側にいても大丈夫なだけ。化物である証明が明るみに出れば、俺は人のいるところで暮らすことは出来ないだろう。
あくまでも自分の力だ。それを持っていることで何が起こり、周りにどのような影響を与えるかなんて、他でもない俺が一番理解している。
だから、俺は隠しきれない異常は隠さない。その部分に目を向けさせることで、本当に隠したい異常に注目を集めない。そうやって、俺は周りを欺き続けるのだ。前世では考えられなかった、考えもしなかった今世の暖かさを手放さないために。大切だと思える人たちとのつながりを壊さないように。
俺は、自らの欲を満たすため、秘密を抱え続ける。騙し欺き嘘をつく。その行為は、俺によくしてくれている人たちへの裏切りのように思えてしまい……やめよう。すでに何年も悩み続けていることなのだ。今更そう簡単に変わるなんて、そんな都合のいいことはない。
これからも俺は、こうやって悩みながら日々を過ごしていくのだろう。
そんなことを考えている間に、どうやら冒険者ギルドに到着したようだ。
青色の屋根が目印な、三階建ての大きな建物。裏手には冒険者なら自由に使用出来る訓練場もあるので、敷地面積は商人ギルドの倍以上ある。
この場所も、商人ギルドに負けず劣らずの騒がしさだった。違うのは、建物に出入りする者たちのほとんどが武器を持っていたり独特の雰囲気を漂わせていたり……そう、大なり小なり闘争の世界に身を置く者が発する気配が感じられる所。
その気配に懐かしさを覚え、俺の顔は自然と笑みを形作っていた。前世では飽きるほど肌で感じ、そして自分も濃厚なヤツを放っていた。ほぼ一生をこの気配と一緒に過ごしていたと言っても過言ではないだろう。
だが、そんな気配を前にしても、俺が感じるのは懐かしさだけだった。あの、湧きあがるような、燃え盛るような戦いへの欲求は、今の俺の中には存在していない。
転生した影響……いや、これは理不尽化物、『大いなる災い』と戦ったせいか。あの俺という全存在を掛けたヤツとの戦いは、俺の闘争欲をこれ以上ないくらいに満たしてくれた。それこそ、戦いのためだけに生きていた俺が、戦いに満足してしまうほどに。
まぁ、そのおかげで俺は戦い以外のモノに目を向けることが出来るようになったんだがな。
冒険者ギルドに入ると、商人ギルドとはまた違った喧噪が俺の身体を包む。向こうと違ってこちらはどこか物騒な感じだ。怒鳴り声や粗野な笑い、そんなものがあちらこちらから聞こえてくる。
ギルドを入ってすぐのところはホールになっており、奥の方に依頼を受けたり報告したりするカウンター、左の壁には依頼の紙が貼られた大きなボード、そして右側は酒場となっている。
酒場には、この真昼間から酒を飲んでいる冒険者がそれなりの人数騒いでいる。皆、酒精に顔を赤くし、上機嫌なご様子。依頼が上手くいって、その報酬で宴会をしているというところか?
そんな風に酒場の方に視線を向けていると、そこに見知った顔があることに気が付く。
酒場の隅っこの方で、酒と料理に舌鼓を打っている三人組。背中に剣を帯びた人族の男、魔術師風のローブに身を包んだエルフの女性、動きやすそうな軽装に身を包み短剣を腰に差している狐獣人の少女。
その三人の周りは、そこだけぽっかりと穴が開いているように人がいない。それは、彼らから発せられる、明らかに周りとは違う独特の雰囲気のせいだろう。
威圧感、と言い換えてもいいかもしれない。ある一定の領域にたどり着いた者だけが持つことが出来る、強者の証。戦闘を生業にしている者なら、彼らの姿を見るだけで自然と背筋が伸びるだろうし、一般人でもその凄味を感じることが出来るだろう。
まぁ、彼らの周りに人がいないからと言って、俺がそれを気にする必要はない。見知った顔があり、それが友好的な関係を築けている相手なら、避ける理由がどこにあろうか。
……ふむ、それにしても。ただ声を掛けるだけというのもなんだか面白みに欠けるな。ここは一つ、気配を消して近づいてみるとしよう。身体制御の次に得意なのが、気配制御だったりするのだ。森で狩りをするときの必須技能だからな。
技術【狩猟】持ちの本気を見せてやろう……! と、悪戯心を燃料に無駄にやる気を出す。今の俺は、とっても悪い顔で笑っているのだろう。
森で狩りをするときのように、自分の存在感を不自然じゃない程度まで薄め、さらにそこから周りの空気と同化させていく。ただ気配を消すのではなく、こうして世界に紛れることが隠密のコツである。前にどれだけ気配を消してもバレてしまう鳥の魔物を狩ろうとして、どうにかこうにか試行錯誤した結果、身に着けた技術だ。
隠密をしながら、酒盛り中の三人組の死角からそっと近づく。ふむ、酒が入っているのと、料理に意識を向けているおかげでこちらに気付いた様子はなし。なので俺は音を立てないようにそっと、それでいて素早く移動し、一つだけ余っている椅子に座る。
そして、隠形を解くと同時にほんの少しだけ戦意を覗かせてみる。
瞬間、料理と酒に夢中だった三人は、瞳に剣呑な色を浮かべ、己の武器を抜き放った。そしてそれを気配の元凶……つまり俺に向かって突き付けた。
「誰だ! ……って、あん?」
「【火炎だ……あら?」
「むむっ、だれや……って、ルイン!?」
一瞬で臨戦態勢に入った三人にむかって、「久しぶりだな」と笑いかけると、三人とも疲れたような表情で武器を納めた。くく、どうやら悪戯は成功したようだ。
「マジで驚いたんだが……たく、悪戯が過ぎるぜ、坊主」
「はははっ、悪いなグレン。久しぶりだったもんで、ちょっと驚かせたくなってな」
「驚かせるにしても、やり方ってもんがあるでしょ! もう少しで【火炎弾】することろだったわよ?」
「そこはあれだ。エルナたちなら大丈夫っていう俺からの信頼の証みたいなものだな」
「というかウチ、斥候職なのにルインが近づいてきてるんに、これっぽっちも気づけへんかったんやけど……」
「ふふっ、ほぼ毎日森の魔物相手に狩りをしている俺の隠密能力を嘗めるなよ? サーチバードすら狩ることのできる俺を、そう簡単に発見できると思ってもらっちゃ困るな、シズク」
俺のふてぶてしい態度に、何を言っても無駄だと思ったのか、三人はため息を吐いた。そんな彼らを見て、意地の悪い笑みを浮かべる俺に、剣士の男――グレンが呆れたように口を開く。
「はぁ、まったく。オレら【ペネトレイター】に悪戯なんぞを仕掛けてくんのは、お前くらいだぜ?」
「お褒めに預かり光栄です。とでも言えばいいのか?」
「……んなことを言うガキもお前くらいだよ」
そう言って盛大に肩を落とすグレン。彼と、エルナ、シズクの三人は、【ペネトレイター】というパーティーを組む冒険者だ。
それも、そこらの木っ端冒険者ではない。彼らは冒険者の最高峰たるSランクの称号を持つ者たち。【紅刃】のグレン、【星降り】のエルナ、【千影】のシズクと言えば、冒険者であれば誰でも知っているような大物である。
そんな彼らと俺がどうしてこんなに気安い関係なのかと言えば、彼らが俺の作るポーションをいつも買ってくれているお得意様であり、尚且つ俺が彼らの命の恩人であるからだ。
あれは、丁度一年ほど前。俺が『印』を入れることを許されてすぐのことだった。俺が冒険者ギルドにポーションを納入しに来ていた時、傷だらけの【ペネトレイター】がギルドに駆け込んできた。
なんでも、ポーションなどの治療薬が切れていた依頼の帰りに、はぐれドラゴンに遭遇したらしい。治療は全てポーションで行っている【ペネトレイター】は、回復手段無しで何とかドラゴンを討伐したが、全員が軽くない怪我を負ってしまった。
特に斥候としてのスピードを活かし、前線で注意を引く役目をしていたシズクの怪我が酷く、すぐに処置をしなければ死んでしまうかもしれないという状態だった。
しかし、運悪くその時のギルドには治癒魔法を使える者がおらず、さらにはシズクの怪我を治せるような高位のポーションを所持している者もいなかった。
その時はまだ治癒魔法を使えることを隠していたが、人命が掛かっている状況でそんなことを気にしている余裕はない。俺はすぐに行動を開始し、【治癒魔法・極】と売る予定だったポーションで彼らの傷を治したのだ。
勢い余ってほぼ完治と呼べるレベルまで治してしまって、滅茶苦茶驚かれたけど、ポーションと治癒魔法の併用とSランク冒険者の強靭なステータスのおかげということにしておいた。
最も、グレンたちにはその誤魔化しは通用しなかったんだがな。そこは命の恩人の特権ということで、何も言わないでもらうことにしてある。その後、交流を重ねるうちに、『印』が付く前から俺のポーションを買ってくれていることが判明し、それからは友人兼お客様として懇意にさせてもらっているというわけだ。
「それで、今回は一体どんな依頼を受けてたんだ? 討伐か? 護衛か?」
「今回は商会の護衛だったな。なんでも特別な商品を運ぶから、万が一があっちゃ困ると金に糸目をつけずに俺らを頼ったらしい」
「ほーん、特別な商品って? 古代遺物とか?」
「それは教えてくれなかったな。けど、なんかスゲー物々しい箱に入れてたぜ。なんと縦横が二メルはある全ミスリル銀製の箱だ。ありゃ、オレでもそう簡単にゃ壊せんだろうな」
「総ミスリル銀って、一体いくらになるか想像も付かないな。それに、そんなものに何を入れているのやら。……けど、ミスリル銀ってことは高い魔法耐性が必要なものってことだろ? 呪具とかだと最悪だな」
「確かに、周りに被害を与えるタイプの呪具とかだと最悪ね」
「けど、もしそうやったらその時はウチらがぶっ壊せばええねん。ほら、そんなことはエエからもっともっと食べて飲もうやー」
「ははっ、そうだな。何かあれば、その時に対処すりゃいい。呪具だろうが何だろうが、オレがぶった斬ってやるぜ」
「そうね。私の魔法で消し飛ばしてやるわ」
そう言って、楽観的に笑う【ペネトレイター】の面々。……こいつら、実力はSランクとして相応しいモノを持っているのだが、如何せん考えなしというか、脳筋というか……後先考えるということをあまりしない連中なのだ。
それが原因で危ない目に何度も会っているらしいのだが、それらを全部力づくで突破してきているような奴らなのだ。今更何を言っても無駄だろう。
「そういやぁ、ルイン。今回もお前のポーションにゃお世話になったぜ?」
「そうか。それは良かった。ちなみにだが、まだパーティーに回復役を入れる気はないのか? いい加減ポーションだけに頼るっていう危ない真似から卒業したらどうだ? また一年前みたいなことになっても知らんぞ?」
「あら、ルインは私たちのことを心配してくれるの? 嬉しいわ」
「ありがとなー。けど、中々ウチらについてこれる回復役がおらんねん。……あ、せやけど後二年もすればルインも冒険者登録ができるやん? そしたら、ルインが回復役としてウチんとこに入ってくれればいいんやない?」
「おっ! それいいな! シズク、いいこと言ったぞ!」
「そうね、ルインなら私も何の文句もないわ」
「いや待てお前ら。俺は調薬師であって戦闘能力は無い……とは言わないが、お前らについてくなんて絶対に無理だぞ?」
いきなり何を言い出すかと思えば……俺が【ペネトレイター】にだと? いろんな意味で無理に決まっているだろう。冗談が過ぎるぞ。
……まぁ、誘ってくれたこと自体は嬉しいが。
そう思っていると、グレンたちが俺を見て何やらニヤニヤしていた。
「ほほう、ルインはオレらに誘われたのが嬉しかったのかぁ」
「ふふっ、子供らしくない子だと思ってたけど……可愛いところもあるじゃない」
「むふふ~。ルイン、今めっさ可愛いで~」
……声に出ていたのかッ!?
どうやら、思考が口から漏れていたらしい。くっ、ポーカーフェイスは完璧だったのに……! と悔しさに拳を震わせるが、【ペネトレイター】の面々のニヤニヤ笑いは止まらない。
その後、俺はたっぷり三十分ほど、グレンたちに揶揄われ、やっと解放された時には、疲労困憊になっていた。……つ、疲れた。