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四話 今世の日常・苦悩

 ごりごり、ごりごり。乾燥させたカフク草を薬研で細かくすりつぶす。


 砂粒よりも小さい大きさになったら、今度は乳鉢に映し、先にすりつぶしておいた他の材料と混ぜ合わせる。


 ここで果汁や砂糖といった薬の効果に関係ないモノもいれる。これはポーションを飲みやすくする工夫だ。


 普通に作ったポーションは、使うモノに恨みがあるんじゃないかってくらいに苦く、進んで飲みたいとは思うことが出来ない味をしている。


 故に、掛けても飲んでも使えるとはいえ、飲んだ方が効果が高いポーションなのだが、もっぱら掛ける方法でしか使われていない。


 良薬は口に苦しとは東方に伝わる言葉ではあるが、苦すぎてもダメだろう。良薬が甘くても問題はないはず。


 ということで、サナでも飲めるポーションを目標にレシピの段階から作ったのが、ルイン印のポーションである。


 ……いや、真面目に『ルイン印のポーション』という商品名で売られてるから。卸先に商品名適当に決めて置いて構わないと言った結果がこれである。


 それが浸透しすぎたせいで、他の薬も全部『ルイン印の~』という商品名になってしまった。解せぬ。


 まぁ、名前がそんなんでも売れているので文句は言わないし、今では「ルイン印の薬はよく効く」と巷で噂になるくらいには有名になっている。


 おかげで、ポーションの瓶に俺の『印』を刻めることになったしな。『印』というのは、ある一定の基準に達した職人だけが認められる特権で、容器にそれを刻むことで一目でその職人が作ったモノであると分かるというモノだ。


 これが商品に刻まれている=認められた職人であるということ。買う方も、印のついた商品なら効果が高く高品質なモノであると分かり、粗悪品を掴まされることなく良いモノが買えるというわけだ。


 まぁ、その分お値段は印無しよりも高くなるんだが、そこは安心安全分の金額ということで。


 ちなみにその印だが、六枚のドラゴンの翼で、右が赤、左が金色……要するに、前世の俺の翼と瞳の色を合わせたモノになっている。

 

 すりつぶし混ぜ合わせた材料を、水を高温にした鍋に入れ、ぐるぐると混ぜる、混ぜる、混ぜる。


 ひたすら混ぜて水が緑色になったら、一度火を止めて、【氷極魔法・極】で一気に冷やす。凍らないギリギリの温度まで冷やす。


 この冷やすという工程は、俺が試行錯誤して見つけたモノ。急速に冷やすことによって薬草の苦みの元が死滅し、苦みが薄くなる。後は、砂糖や果汁が残った苦みを何とかしてくれるというわけだ。


 あとはここに治癒属性の魔力を注ぎこんで、品質が劣化しないように【錬金術】の固定化を掛ければ、これにて苦い辛いが大嫌いなサナでも飲める、ルイン印のポーションの完成! 


 瓶詰作業は【禍瑞魔法・極】の液体操作で行います。さっと指を振るって指し示すだけで、ひとりでに動くポーション。瓶に納まったら、【狂嵐魔法・極】で瓶に栓をする。

 

 森から帰ってから、ずっと薬作りに励んでいたおかげで、午後になるころには今日町に持っていく分の薬は無事完成した。その他諸々の準備も終わり、後は町に行くだけである。

 

 ちなみに、俺がずっと町と呼んでいるのは、研究所のある森を出て、草原の道を行くことでたどり着ける都市『メンリル』のことである。割と大きな町であり、街道が集結する商業都市でもある。


 たくさんの商人が集まっており、そのためか職人も多く集まっている。そして、その職人目当てに貴族や冒険者もやってきて……とまぁ、いろいろな人の住む町というわけだ。俺は数日おきにこの町へ行き、薬を売ったりしているのだ。



「ハリスー、サナー。そろそろ行くぞー」


「はーい! 分かったよルイン兄!」


「うん、準備は出来てるから、すぐに行けるよ」



 そして、今回はハリスとサナも一緒に町に行く。


 なぜなら、今日は、ハリスの妻でありサナの母親……そして、俺のもう一人の育て親である、リーナさんが帰ってくる日だからだ。




◇◆◇◆◇◆◇◆




 『輝剣』リーナ。


 速度を重視した熟練の剣技と、光属性の魔法を使いこなす魔法剣士。そして、輝くような金髪をなびかせ、同性すらもうらやむ美貌からその二つ名が付けられた。


 たった一人で数多の魔物を屠り続け、冒険者として駆けあがるように大成していった。今では冒険者の中でも一握りの者しか至れぬ領域、Aランク冒険者になっている。


 また、自分にも他人にも厳しい性格をしており、特に悪人には容赦をしないという。故に、一部からは『闇狩り』とも呼ばれているらしい。



「ふにゃああああああああ♡ サナちゃぁあああああああああん♡ 会いたかったぞぉおおおおおおおおおお!!」


「あははー、わたしも会いたかったよー。お母さん」



 強い、美しい、カッコいいの三拍子そろったリーナさんは、同じ冒険者……特に、女性冒険者からは憧憬の対象として見られている。リーナさんが町を歩くだけで黄色い悲鳴が上がることも珍しくない。


 現に今日も、少し離れたところにある村を襲った魔物の群れを壊滅させるという依頼を受け、一週間かけてそれを終わらしたリーナさんは、町の住民や同じ冒険者からの歓声を受けていた。



「うわぁーーーーーん! この一週間、すっごく寂しかったんだぞーーーーー! サナちゃんがいなくて、サナちゃんに会いたくて……」


「うんうん、わたしも寂しかったよ。帰ってきてくれてありがと、お母さん♪」


「サナちゃん……! 大好き!」



 ひしっ! と「もう絶対離さない!」という強い意志を感じさせる動きで、サナを抱きしめるリーナさん。その姿はどこからどう見てもただの親バカであり、今のリーナさんを見て、自他ともに厳しい凄腕の冒険者だと分かる人はいないだろう。


 Aランク冒険者の威厳? サナに会った瞬間お空の彼方で星になったよ。



「サナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃんサナちゃん……」


「あははー、お母さん。ちょっと怖い」



 サナを力いっぱい抱きしめながら、その名前を呼び続けるリーナさんは、確かにだいぶ怖かった。



「え、えっとぉ……リ、リーナ? あの、僕も君に会えるのを楽しみに……」


「サナちゃん、お母さんね、今回もお仕事すっごく頑張ったんだぞ? お話、聞いてくれるか?」


「うん! わたし、お母さんのお話聞くの、すっごくすっごく大好きだよ!」


「はぅ……私の娘が天使すぎるぅ……!」


「してた……ああ、うん。サナとの話が終わったらにしよう……」



 そして、最愛の妻との一週間ぶりの再会だというのに、ハリスのこのスルーされ具合は、流石に哀れの一言に尽きた。まぁ、俺もサナとハリスだったら基本的にサナを優先するので、人のことは言えないのだが。


 いい年した成人男性と愛くるしい少女。比べるまでもないよなって話だ。

 

 でっれでれの顔で娘との再会を喜ぶリーナさんに、そんな彼女の抱擁をニコニコしながら受け入れるサナ。そんな二人を、遊びに入れてもらえない子供のような瞳で見つめるハリス。


 そんな彼らの様子を、俺は少し離れたところから眺めていた。ここはメンリルにあるハリスの家。俺はよほどのことが無い限り研究所で寝泊まりをしているが、ハリスたちは研究所と家を行ったり来たりしている。


 この一週間はリーナさんがいなかったので、サナも森の研究所にいたが、サナは基本こちらの家にいる。俺がここに訪れるのは、こうして帰ってきたリーナさんを出迎えるときか、サナを迎えにいくときくらいだろうか?


 だからだろうか。この場所でハリスたち三人のとても仲の良い様子を見ていると、『家族』と『そうじゃない自分』の差を強く実感してしまう。ハリスたちは俺のことを家族扱いしてくれているし、それが決してまやかしなんかじゃないことも知っている。だからこの疎外感は、俺に問題があるのだ。


 俺は、『家族』というモノが分からない。


 前世でも今世でも生みの親に捨てられたことで、どうしても『家族』という関係性を信じることが出来ず、また、自分が家族の一員になっているという自覚を持つことが出来ない。


 ハリスたちがどれほど俺のことを家族だと言ってくれたところで、俺自身が思えなければ意味が無い。


 どうにかしようと思ってはいるのだが、孤高に生きた前世と、まるでそれがお前の運命だとでも言うようにまた親に捨てられた今世。その二つが心の奥底に潜み、常に囁くのだ。『お前を理解してくれるモノなどいない』、『また捨てられるかもしれないぞ』、と。ハリスたちとの日々が幸せで、何よりも尊い宝物だと思っていても、この気持ちは消えてくれない。

 

 嗚呼、まだ俺はこの人たちのことを家族と思えていないのだな。


 何度目か分からない胸の痛みに、感じないフリをする。家族の感動の再会に、悲しい顔をして水を差すわけにはいかない。


 それに、この辛さや痛みにはもう慣れてしまった。笑顔の裏に感情を隠すことも、誰にも違和感を抱かせることなく出来るようになった。だから、大丈夫。

 

 にこりと笑みを浮かべ、サナから離れないリーナさんを落ち着かせるために彼らに近づいていく。



「ほら、リーナさん。サナとお話したいのは分かるけど、これ以上ほっとくとハリスが本気で凹んでしまう。そろそろ相手をしてやってくれ」


「む? おお! ルインも久しぶりだな! よし、お前もこっちにこい!」


「あっ、ちょっ、だからハリスが……って、話聞いてない……」


「あっ、ルイン兄も捕まったー。サナと一緒だね!」


「むっふふー! 私は今すごく満たされているぞ! 可愛い娘と息子をぎゅー! ってしてると、依頼の疲れも吹っ飛んでしまいそうだ!」



 迂闊に近づいたせいで、俺もリーナさんの腕の中に納まることになってしまった。ぎゅーっと抱きしめられ、リーナさんの温もりと吐息の暖かさを嫌でも感じることに。


 俺とサナを両腕に納めたリーナさんは、本当に満ち足りています! という顔で笑っている。彼女の『息子』という言葉に、また少しだけ胸の痛みが追加された。

 

 こちらの話にはまるで耳を貸さないリーナさんにため息を吐き、お揃いだねと笑うサナに笑みを返す。


 痛みを表に出すような愚かな真似はしない……しないが、辛さは変わらず俺の心を苛み続けていた。


 ステータスの称号欄に『世界最強』とあるにも拘わらず、俺はこんなにも弱かったのか。家族として接してくれる人たちに、同じように接することが出来ない。それは俺にとって、あの『大いなる災い』よりも手ごわい難敵であった。



「サナちゃんー、ルインー、もっともっと私を癒してくれー」


「…………」


「あれ、ルイン兄? どうかしたの?」


「ん? どうした、サナ」


「んーとね? んー……なんかね、ルイン兄がへんな感じだった気がするの」


「変な感じ? まさか、ハリスじゃあるまいし」


「そっかー、たしかにルイン兄はお父さんよりもしっかりしてるからねー。えへへ、わたしの気のせいだったみたい」


「……だとよ、ハリス」


「うぅ……僕なんて……僕なんてどうせ……うぅ……」


「えへへー……って、ハリスは部屋の隅っこで何をしているんだ? 研究のし過ぎでおかしくなったか?」


「うわーーん! 三人とも僕に厳しすぎるーー!!」



 情けない声を上げるハリス。それを見て、俺とサナとリーナさんは顔を見合わせ、そして同時に噴き出した。三人分の笑い声が響くなか、ハリスがさらに情けない顔になる。


 それを見て、さらに笑い声が大きくなった。そんな俺たちに釣られるように、ハリスもいつしか笑みを浮かべていた。

 


 笑顔の溢れる光景。……俺は、上手く笑えていただろうか?

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