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二話 今世の日常

 俺の一日は、森の研究所の自室で目を覚ますところから始まる。


 研究所は、『深緑の賢者』の二つ名を持つハリスが自身の研究のために、町から離れた森の中に造ったものだ。何故町から離れたところに造ったかと言えば、それにはきちんとした理由がある。


 ハリスは魔法の研究、特に農業や工事、生産業といった生活に関与する魔法を研究している。


 より効率的にそれらの作業を出来るような……例えば、栄養の豊富な水を生み出す魔法、土を耕す魔法、木材を切り分ける魔法。そして、それを誰にでも使えるよう魔道具にして、さらには高価になり過ぎないように簡易的なものにして……ということをやっているのだ。


 前世の俺は魔法なぞ戦闘の一手段としか考えていなかったので、ハリスの研究の内容を詳しく知った時はかなり驚いた。そして、闘争心が消え平穏な日常を愛することを覚えた今は、ハリスの研究はとても素晴らしいモノだと思っている。俺が魔法で料理や掃除を行うのも、ハリスの研究の影響を受けているといえる。


 ……まぁ、実験が順調かと言われれば、目を逸らさざるを得ないのだが。


 ハリスも日々努力しているとはいえ、新しい魔法の開発、それを魔道具にし、安価で手に入るようにすると言うのはかなり困難なことなのだ。


 特に、新魔法の開発はそうほいほいと出来るモノではないし、魔法を動かすための術式に誤りや矛盾があれば失敗となり、魔力が暴走して爆発する。研究所が森にある理由は、この爆発の影響を最小限にするためだ。

 

 ちなみに、俺は魔法を割と感覚で作れてしまう。異常なステータスによる高すぎる能力、前世での膨大な経験値、そしてこの身体に宿る潜在能力がそれを可能にしてしまうのだ。


 自覚は無かったとはいえ世界を救った竜の魂を受け止められる器が普通であるはずが無かった、というわけだな。


 平穏を望みながらも、俺の持つ力はそれとは正反対の道を示しているように思えてならない。運命でそう決められているのかもしれないな。


 まぁ、それならその運命をぶち壊してやればいい話。遺憾ながら、こと壊すことに関しては世界中の誰よりも得意だと自負しているからな。

 

 ボアステーキを二人に振舞った次の日の朝。日の出とほぼ同時に目を覚ました俺は、体の半身に妙な重みがあることに気が付いた。


 それが何なのかは見ずとも分かる。ため息を漏らしつつこてんと頭を倒し、視線を横に向ける。



「むにゃぁ……」


「やっぱりお前か……サナ」



 まず目に入ったのは、豊かな自然を思わせる深緑の髪。いつもは短めの二つ結びにしている髪は、今は解かれた状態で寝台に広がっていた。癖一つないサラサラの髪は、思わず手に取って梳きたくなってしまいそうだった。


 サナはよくこうして俺の寝台に潜り込んでくる。夜寝るときはいなかったのに、朝起きると隣にいるという不意打ちによく驚かされる。


 寝ているときでも、何かが近づいて来れば瞬時に覚醒し迎撃態勢に入ることのできる俺だが、サナが寝台に侵入してくるのに気付けたことは一度もない。それはきっと、俺がサナに対して一かけらの敵意も抱いていないからであろう。


 身近にいることが当たり前、そうじゃない方が異常。そんな風に思える相手がいることを、とても嬉しく思う。

 

 両親によく似た幼い美貌に、安心しきった寝顔を浮かべたサナは現在、俺の右腕に己の両腕を絡め、ひしと抱き着いてきている。毛布に隠れて見えないが、感触的に足も絡みついているようだ。


 寄生型触手魔物も真っ青な密着具合である。まぁ、気持ち悪さの象徴のようなあいつらと違って、くっつくサナはとても可愛らしい。可愛らしいが……。



「う、動けん……」



 ここまで密着されると、身動きが全くとれない。いやまぁ、少し力を籠めれば幼子の腕力程度造作もないのだが、それをしてしまってサナが怪我でもしたら大変だ。無理矢理ではなく、穏便な手段……すなわち、サナに起きてもらうとしよう。



「サナ、起きろ。もう朝だぞ」


「うみゅ……」


「このままだと朝食の準備が出来ん。ほら、サナ。起きてくれ」


「にゅぅ……ふにゃ……」



 ……駄目だ。起きない。声をかけてダメならと、自由な左手で肩をゆすったり柔らかい頬をつまんだりして見るが、起きる様子は無かった。


 よほど深い眠りについているのか、「みゅぅ」とか「ふにぃ」とか可愛らしい寝息を漏らすばかりで、瞳を開ける様子は感じられない。


 そう言えば、昨日はいつもより長く外で遊んでいたな。そのせいで普段よりも体力を使い、こうして眠りも深くなっているのだろう。

 

 そう言うことなら、無理に起こすのも忍びない。ここは力に頼らせてもらおう。



「前に今に先に我は在り、彼方も此方も我が手中。【時空支配】」



 詠唱によって権能を目覚めさせ、力を振るう。


 昨日は時間を早めたり止めたりするのに使ったこの力のもう一つの使い方。それは、空間を支配する力だ。頭の中で起こしたい事象をイメージし、能力を発動。フッと目の前の景色が切り替わり、俺の体はサナの拘束から解放され、寝台の横に立った状態で出現した。脱出成功である。


 抱き着いていた俺がいなくなり、手足を絡めるものが無くなったのが不満なのか、サナは両手足を彷徨わせながら不満げに眉をひそめている。その顔が面白くて少し噴き出してしまった。



「んぅ……るいんにぃ……?」


「おっと、いけないいけない」



 せっかく気持ちよさそうに寝ているお姫様を起こすわけにはいかない。俺は物音を立てないように気を付けながら寝巻を着替え、部屋を出る。扉を開けるときに少し音が出てしまったが、幸いなことにサナは気づいていないようだった。


 さて、それじゃあ朝食の用意をするとしようか。




◇◆◇◆◇◆




 朝食は、昨日のスープの残りに、焼き立てのパン。そして保存しておいた肉を野菜と一緒に炒めたモノだ。デザートは昨日とは違う種類の果実を用意。研究所がある森には多種多様な果実が実っており、季節によって採れる種類も変わるので、デザートのレパートリーには困らない。果実を使った菓子を作れば、さらに選択肢は増える。

 

 朝食が出来上がるころには、ハリスもサナも起きてきた。ハリスはだいぶ足取りが怪しいが、大丈夫だろうか? 酔っぱらっているとかではなく、寝起きが悪いだけなのだが。

 

 サナは俺の顔を見るなり、「どうして先にいっちゃったのー!」とお怒りだったが、そもそもサナが起きようとしなかったのが原因なのだ。俺に言われても困る。まぁ、そんなことをサナに理路整然と語ってみても、不機嫌さが加速するだけ。普通に謝っておいた。

 

 ハリスは昨日も夜遅くまで研究を続けていたようで、食事中もこっくりこっくりしていた。うん、研究熱心なのはいいことだが、寝不足は体に良くないと何度言ったら分かるのだろうか……。


 そんなことを思いながら、とりあえず目を覚まさせるために【狂嵐魔法・極】で風弾(極弱)を作り出し、今にもスープに顔を突っ込みそうになっているハリスの額に飛ばす。


 まっすぐに飛んだ小さな風の塊は、吸い込まれるようにハリスの額に接近し……寸分たがわず、狙った場所に命中した。



「あでっ!? はっ! い、一体何が……って、あれ?」



 風弾の痛みで目が覚めたのか、ハリスは幾分かぱっちりした目でキョロキョロとあたりを見渡した。

 どうやら、先程までは半分以上寝ぼけていて意識も怪しかったらしい。自分が置かれている状況をよく理解できていないようだ。


 そんなハリスは、とりあえず自分が朝食の席に座っていて、俺とサナから呆れたような視線を受けていることに気が付くと、ピシっと固まり、引き攣ったような笑みを浮かべて見せた。



「え、えっと……おはよう?」


「ああ、おはよう。それで? 常日頃から夜更かしはやめろとあれほど言っているのに、懲りずに夜遅くまで研究を続けていることについて聞こうか?」


「え、えっとぉ……今作ってる術式がだいぶうまく言ってたから、なんかこー気分が上がっちゃって。そのまま研究を続けてて、気が付いたら明け方になりかけてました?」



 てへっ、というように小首を傾げて見せたハリス。うん、サナがやるなら兎も角、大の大人がやっても気持ち悪いだけだ。俺の視線がこれ以上冷たくならないうちに、即刻やめろ。


 俺の視線からどんどん温度が無くなって言っているのに気付いたハリスは、すぐにふざけた仕草をやめて「ごめんなさい」と頭を下げた。うん、素直でよろしい。



「ハリス、研究に力を注ぐのはいいが、それで体を壊してみろ。サナとリーナさんは間違いなく悲しむぞ」


「うっ……はい、反省します」



 真剣な表情で追い打ちのようにそう言うと、ハリスは肩を落としてがっくりと項垂れた。ハリスがきちんと反省していることを確認した俺は、【治癒魔法・極】を発動。疲労回復効果を持つ光がハリスの全身を包み込む。


 光を纏う自分の体を驚いたように見つめたあと、こちらに視線を向けたハリスに、俺は真剣な口調を崩さずに告げる。



「寝不足で疲れ切っていたら、町にも行けないだろう? 言っておくが、これは特別だからな? 今日はしっかりと睡眠をとるように」


「……うん、分かったよ。ありがとう、ルイン」



 まっすぐに俺を見つめながら、柔らかな笑みでお礼を言ってくるハリス。その視線がどうにもこそばゆくて、思わず視線を逸らしてしまう。



「ま、まぁ、あれだ。ハリスがそんな状態じゃ、町の人たちにも迷惑が掛かるからな、うん。べ、別にハリスが心配だとか、そういうあれじゃないからな?」


「あー! ルイン兄、照れてるー!」


「照れてない」



 無邪気な笑顔のサナにそう言ってみるが、彼女は嬉しそうに笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。ハリスとサナ、二人からの優しい笑みと視線を一身に受けた俺は、全身で感じるこそばゆさを何とか押しとどめ、素知らぬ顔で食事をせっせと口に運ぶのだった。


 ……だからほら、二人とも。その「うんうん、分かってるよ」みたいな顔はやめてくれ。すごい落ち着かなくなるから、な?

 

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