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十話 さぁ、お前たちの罪を数えろ

「お、俺らの敵……だとぉ!?」


「その通り。貴様らの所業、目に余る。よって介入させてもらう。……異論は聞かんぞ」



 低く、威厳のある声で放たれた言葉に、追跡者たちは思わずたじろいでしまう。異形の戦士から放たれる威圧感は、まるで重力が数倍に膨れ上がったような錯覚をするほどに強力なもの。


 弱った少女をいたぶって遊ぶ卑劣漢では、耐えることなど到底不可能だった。異形の戦士を見る追跡者たちの目に、恐怖の色が浮かぶ。

 

 見るからに動きの鈍った追跡者たちから視線を外し、異形の戦士は倒れ伏す少女に近づいた。



「ぁ……?」


「……酷い、な。傷だらけじゃないか。……待ってろ、今治してやる」



 静かに呟いた異形の戦士は、治癒魔法を少女に使用する。暖かな光が少女の身体を包み、全身の傷がみるみるうちに無くなる。さらには汚れまでもが綺麗さっぱり消えてしまい、生傷だらけで汚れていた少女の肌は、本来の白さと瑞々しさを取り戻した。



「ついでだ」



 そう言うと、異形の戦士はどこかから毛布を取り出し、そっと少女の身体に掛けた。



「あまり女の子が肌を出すものじゃあない。……ここで大人しくしていてくれ。すぐに終わる」



 できるか? と問いかける異形の戦士に、少女は呆けた顔でコクリと頷いた。話しを理解しているというより、訳が分からなくてとりあえず頷いてみたといった様子だったが、そんな少女の反応へ彼は満足げに頷いて見せると、立ち上がり追跡者たちの方へ振り返った。



「さて……待たせたな、下衆ども。冥府へ行く準備は終わったか?」


「「「「「ひ、ひぃい!?」」」」」


「おや? さっきまでの威勢はどうした? あんなにも楽しそうだったじゃないか。あの調子で来てもいいんだぞ? 最も……貴様らにそんな度胸があればの話だがな」



 そう言うと、異形の戦士は一歩前に踏み出した。


 メシリッ


 すると、グリーブが踏みつけた部分に罅が入り、放射状に広がる。一体どれほどの力を籠めればそんなことが可能なのか、追跡者たちにはこれっぽっちも理解できなかった。


 いや、ただあまりの恐怖に思考を放棄しただけなのかもしれない。


 追跡者たちは、所詮ただのチンピラに過ぎない。金で雇われただけの存在だ。


 彼らは、冒険者や騎士といった戦闘を生業にしている者には遠く及ばない。しかし、力なき者を虐げる程度の低俗な力を有している。


 だからこそ、少女のように弱き者には大きく出ることが出来る。


 しかし、異形の戦士のような強き者にはただ恐怖することしか出来ない。


 追跡者たちはみな体を小刻みに震わせ、顔を真っ青に染めていた。中には手にした武器を取り落とし、そのまま泡を吹いて崩れ落ちる者まで現れる始末だ。



「……何を震えている? これは貴様らもやっていたことだろう? 相手よりも大きな力で、力なき者を恐怖させ、虐げ、相手の怯える様を見て笑う。……なぁ? 貴様ら自身がそれをやられているわけだが、一体どんな気分だ? 少しは、貴様らがやってきた事の愚かさが理解できたか?」



 そんな追跡者たちの様子を見て、異形の戦士は情けないとでも嘆くように首を横に振った。



「理解できたならば、己の罪を悔やみながら死んでいけ」



 そして、今までよりも遥かに大きな殺気を発し、身体の前に伸ばした手を強く強く握り締めた。まるで、お前たちの命をこうしてやるぞ、とでも言うように。


 フルフェイスヘルムの深淵のようなスリットから、黄金と深紅が輝いた気がした。


 追跡者たちはもう限界だった。目の前の存在が怖くて仕方がない。これは自分たちを一瞬で殺せるモノだ。俺らなんぞ虫けらよりも容易く踏み潰される。そして、この薄暗い森の中で誰にも知られずにひっそりと魔物の餌になる。そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ怖い怖い怖いもう止めてくれ誰か助けて―――


 逃げ出そうにも、身体は恐怖に縛られて動かない。気が付かぬ間に地面にへたり込んでいて、顔は涙と鼻水と涎でびしゃびしゃに、股からは生暖かい液体が漏れ出ていた。


 所詮、小悪党の域を出ない彼らに、異形の戦士――ルイン(世界最強)の前に立つ資格など、あるはずがなかったのだ。


 魔眼により少女の危機を知ったルインは、その外道極まりない行いと、自らの領域に踏み込んできた異物にかなりの怒りを覚えていた。


 理性を失うとまではいっていない。いつもはゼロにしている殺気が『二厘』ほど漏れてしまっているのがその証拠である。


 ちなみに、一分でも漏れてしまえば追跡者たちは物言わぬ骸と化していた。彼の一割の殺気を喰らって生きていられるのは、この世界でも上位一握りの実力者だけ。戦意を保っていられるのはさらに少ないだろう。


 さらに、自らが子供であることを考慮して、【身体能力強化術】で身長を伸ばし、【錬金術】で造り上げた鎧で姿を隠している。声は【狂嵐魔法・極】の応用を使い低くし、正体がバレないようにしていた。


 ルインは一歩ずつゆっくりと、じらすような足取りで追跡者たちに近づいていく。そして、一番先頭にいた、少女を捉えようとしていた男の側までくると、鋭い爪の付いたガントレットでその頭を掴むと、そのまま持ち上げた。


 大の男一人を軽々と持ち上げて見せたルインに、追跡者たちの怯えが強まる。ルインに捕まった男に関しては、半分ほど白目を向いている有り様だ。



「ひ、ヒィ!?」


「……さて、貴様らをこのまま赤いシミに変えてしまうことは容易いが……一応、なぜあの少女を追っていたのかを聞こうか? ……ああ、『奴隷だから』といった下らない理由を聞かせてくれるなよ? この国では犯罪奴隷以外の奴隷を全面的に禁止している。つまり、あの少女は違法奴隷というわけだ。……ここまで来れば、いかに愚かな貴様らでも俺の言いたいことが分かるだろう? 貴様らの背後にいる存在。それが一体何処の誰なのか、吐いてもらおうか」



 ルインがそう告げると、追跡者たちはごくりと唾を飲み込んで黙りこくった。彼らの内心では、二つの恐怖心が鬩ぎ合っている。


 それは、目の前の理不尽に対する恐怖と、自分たちの背後にいる存在への恐怖だ。


 ルインの言う通り、この国、『フェランド王国』は犯罪奴隷以外の奴隷を一切禁止している。あくまで刑罰の一つとして奴隷となり強制労働されるという処分があるだけなのだ。


 そして、全ての犯罪奴隷は国が管理しており、仮に逃げ出したとしても捕まえに来るのは国の兵士か騎士。間違ってもチンケな小悪党風情が出張るようなことは無い。


 つまり、少女は違法奴隷だということ。そして、それを扱う者もまた、違法行為に手を染める犯罪者というわけだ。


 

「あの少女の脚で逃げてこられたということは、捕らえられていたのはメンリルだろうな。あの街は俺もよく訪れる。そんなところに蛆虫がいるなんて考えるだけでも悍ましい。早々に駆除したくなるだろう?」



 そう言って、クツクツと笑って見せるルイン。なんでもないような気軽さで放たれた言葉だが、声音はどこまでも真剣で、殺意にまみれていた。



「くっ……て、てめぇ! こ、こんなことしていいと思ってんのか!? 俺らのバックには、トンデモなくヤバい奴らがいるんだからな!!」



 そして、追跡者の一人が、恐怖に耐え切れずそんなことを叫んだ。まるで、もうそこにしか自身の希望は無いとでも言わんばかりに、そのバックにいる『トンデモなくヤバい奴ら』とやらの恐ろしさをつらつらと語り始めた。


 だんだんとそれは周りにも伝播していき、やがて追跡者たちの大合唱が始まる。ルインに頭を掴まれている男以外の全員が、狂ったように叫び続けるのを、ルインは何も言わずに聞いていた。


 いや、よくよく見ると甲冑に覆われた肩が小刻みに震えている。



「……くくっ、くはははははっ! き、貴様ら、俺を笑い殺す気か? なんだその物語通りにもほどがある言動は! もしかして貴様らは芝居の練習でもしていたというのか? だったら邪魔して悪かったな……くっ、はははははははっ!」



 全力で追跡者たちを虚仮にしながら、笑い転げるルイン。息も絶え絶えになるまで笑い続けた彼は、掴んだままだった男を肩に担ぐように振りかぶった。



「はぁ、笑った笑った。まぁ、この場で全員殺してもいいんだが、あの娘に残虐な光景を見せるのも少し躊躇われる。というわけで……」


「う、ぅわぁあああああああああああ!!?」



 振りかぶった男を追跡者たちのもとへ投げ捨てたルインは、しっしっと虫を払うような仕草をしてみせた。



「ここは見逃してやろう。それじゃあ、『デズモルド商会』によろしく」



 ルインの言葉にきょとんとしていた追跡者たちは、その意味を理解すると我先にとその場から逃げ出そうとする。しかし、腰が抜けているせいで地を這うような……男たちが少女を馬鹿にした言葉通り、『芋虫みてぇな』動きになっていた。


 そして、逃げることに必死になっているせいで、ルインの意味深な言葉にも気づかない。


 這う這うの体で逃げ出した追跡者たちの姿が見えなくなると、ルインは変装を解きながら少女へと振り返った。


 目を見開く少女へと穏やかに微笑みながら、ルインは口を開く。



「さて、これで一時的な安全は手に入ったな。というわけで、自己紹介といこうか。俺はルイン。少し魔法の得意な人族だ。よろしく、精霊人の少女よ」

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