前世の自分と、今世の自分
この世界、『ファティリア』には、とある伝説が存在する。
それは千年前。
遥か空の果て、暗黒に支配されし世界より、ファティリアに『大いなる災い』が現れた。
『大いなる災い』は、この世のものとは思えないほどに不気味で不吉、そしてファティリアに住むどの生物よりも強大な力を有していた。
『大いなる災い』がなぜ現れたかは分かっていない。千年前のファティリアの者たちに、原因を調べる余裕などなかったのだから。
『大いなる災い』は唐突に現れ、そして唐突にファティリアを滅ぼし出した。途方もない力を振るい、ファティリアの者たちの必死の抵抗などなんの痛痒にも感じていないとでも言いたげに、どこまでも残酷に世界を滅ぼそうとした。
あらゆる勇士が『大いなる災い』に立ち向かった。結果、『大いなる災い』にさしたる損害を加えることもなく、全員が死んだ。
あらゆる賢者が知恵を振り絞った。結果、有効な対策など何も思いつかず、嘆きの中で死んでいった。
あらゆる種族が手を取り合った。結果、烏合の衆が出来上がっただけであり、あっけなく散って行った。
どんな武器も、どんな技も、どんな魔法も、『大いなる災い』の前では無力だった。
もうだめだ、と、誰もが思った。このままファティリアは滅びるのだと、誰もが悟った。
……その時だった。
破壊と滅びをまき散らす『大いなる災い』の前に、一匹のドラゴンが立ちふさがったのは。
そのドラゴンは、ドラゴン族の中でも異端とされていた存在だった。六角六翼六尾、黒鉄の竜鱗を持ち、その瞳は深紅と黄金の左右非対称。どの種族のドラゴンにも属さぬ、化生の竜。
誰もが絶望の闇に囚われる中、そのドラゴンだけは『大いなる災い』に立ち向かった。その強大なる力の前に自らが傷つこうとも、決して止まることは無かった。
角を折られれば爪を突き立て、爪をもがれれば牙を向き、牙を砕かれれば今度は全身でぶつかっていく。
勝てるはずの無い戦いだった。ドラゴンも確かに強かったが、『大いなる災い』はさらにその上を行く。誰がどう見てもドラゴンに勝ち目は無い……はずだった。
戦いは長引いた。三日三晩どころの話ではない。季節が優にひと回りするだけの時間が経ったころ、ついにドラゴンと『大いなる災い』の戦いに終止符が打たれた。
勝ったのは、ドラゴンだった。爪も牙も角も鱗も翼も尾も、ドラゴンの力の象徴の全てが破壊され、満身創痍ではあったが、最後まで立っていたのはドラゴンだった。
ドラゴンは、地に臥し滅び、崩壊しだした『大いなる災い』を、片方は潰れ、もう片方も半分も開かない瞳で一瞥すると、フッと小さく微笑んだ。
そこが、ドラゴンの限界だった。いや、限界などとうの昔に訪れていたはずなのだ。限界を幾度となく超え、ドラゴンは戦い続けた。
その身には欠片ほどの力も残っていなかった。『大いなる災い』の体が崩れ去ったのを待っていたように、ドラゴンも体も崩れ、塵となって風に消えていった。
こうして、ファティリアは『大いなる災い』の恐怖から解放され、平和を取り戻した。
『大いなる災い』から何とか逃れていた者たちは、被害の復興を進めると共に、『大いなる災い』を滅ぼし世界を救った一匹のドラゴンのことを世界中に伝えていった。
今の私たちがこうして生きていられるのは、そのドラゴンのおかげだと。我々は、その身を犠牲に世界を守ったドラゴンに感謝せねばならないのだと。
そうして、ファティリア中に世界を救ったドラゴンのことが伝わり、ドラゴンは『界守の神竜』と呼ばれるようになった。
◇◆◇◆
「……ん? これはもしかすると……俺のことか?」
俺――ルインは、ぽつりとそう呟いた。
今、俺が口にした『これ』とは、今読んでいる『界守の神竜伝説』のことだ。ここに書かれているドラゴン……これって、俺のことかもしれない。
御伽噺の出来事を自分のことだと思い込むなんて、普通、ただの頭おかしいヤツなんだが……俺の場合、ちょっとばかし事情が違う。
俺には、前世の記憶がある。それも、人族の今の身とは違う種族だった記憶。
俺の前世は、ドラゴンだった。それも、ただのドラゴンではない。六本の角と、三対の翼と、六本の尾をもち、全身が黒鉄色の鱗に覆われ、左の目が赤、右の目が金色という、変異種のドラゴンだった。
……そう、この御伽噺に出てくる『界守の神竜』とやらと全く同じ姿形のドラゴンである。
変異種とは、文字通り元の種族から変異した存在であるため、同個体が生まれてくることはまずない。
さらに、俺の前世での死に様が、大体ここに書かれている通りなのだ。
『大いなる災い』という呼称は知らないが、確かに俺は強大という言葉では言い表せないほどに強く恐ろしい魔物と死闘を一年ほど繰り広げ、最後には辛くも勝利をおさめ、けれど俺自身も限界を迎えてしまい、そこで生涯の幕を降ろした。
そして、それは今から約千年ほど前のことである。
……ここまで一致していれば、もうそう言うことなのだろう。
この『界守の神竜』とかいうこっ恥ずかしい名前のドラゴンは、前世の俺のことであると。
……えー、なんといえばいいのだろうか?
人族として千年後の世に転生し、早十年が経つ。前世の記憶もしっかり残っており、子供らしく振舞うのに随分と苦労した覚えがある。
今の俺は前世でいろいろとやらかしたドラゴンではなく、ルインという一人の少年なのだ。
だから、別に前世の自分が伝説の存在として千年後に伝わっていようが、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが……なんか、ムズかゆいのだ。
前世の自分は、こう言っては何だが、とても褒められた存在ではなかった。
変異種として他のドラゴン族から迫害され、実の親からも捨てられた俺は、たまりにたまった不満や鬱憤を晴らすかのように、手あたり次第暴れていた。
同じドラゴン族に、天敵たる巨人族に、悪魔や天使に、強大な魔物に、人間の国に。時には自然災害に挑むなんてこともしていた。
自分の中にある黒くてモヤモヤするものを何とかしたくて、戦って戦って戦って戦って……ただひたすらに、闘争に明け暮れた。
そんなことを続けているうちに、なんだか戦うことそのものが楽しくなっていって……結局、さらに戦いへの熱意を高めることに。
まぁ、要するに一生死ぬまで戦い尽くめな人生……や、ドラゴン生だったわけだ。つがいを作ったり、次世代に子を残すこともなく、戦いに生きて、戦いの果てに死んだ。
前世での俺の二つ名、『暴君』とか『災厄』だったんだがなぁ……それが『界守の神竜』? ハッ、なんの冗談だ。似合わな過ぎて寒気がする。
闘争まみれのドラゴン生。それが悪かったとは思わない。俺は俺なりに、前世に満足していた。最初は八つ当たりのような感じに始めた戦いも、気が付けばただ好きでやってるだけのモノになり、最終的には生き甲斐と呼べるものになった。
特に、俺の最後の戦い……この本では『大いなる災い』と呼ばれる存在との戦いは、本当に楽しかった。それまで戦ってきたどんな強敵よりもなお強く、俺はその時初めて敵に対して『恐怖』した。
絶対に勝てない。負けるかもしれない。『大いなる災い』と対峙した瞬間、そう思ったことを鮮明に覚えている。戦う前から敵に臆するなどあってはならないが、『大いなる災い』はそれほどまでに恐ろしい存在だったのだ。
いやー、それにしても、前世の俺はよく勝てたものだ。
あの理不尽化物、過去未来現在すべてに並列して存在し、ありとあらゆる次元にその身を置いているとか言うトンデモ存在だったんだぞ? 確か最終的に、文字通り全身全霊、俺という全存在を費やしたブレスでトドメを刺したんだったか。
名付けるなら、『終焉の息』か? ありとあらゆる時間次元に破壊と崩壊を感染させるという、割りと真面目に世界を滅ぼせるブレスである。防御回避耐性無効化透過そのどれもが意味をなさない、文字通りの必殺技だ。
そんな戦いに生きて戦いに死んだ俺は、何の因果かこうして千年後の世界に人族として転生した。
最初は驚いたものだ。なんせ、自意識が失われ永遠の闇に閉ざされたと思ったら、いきなり人の女の腕の中で、前世の百分の一もない小さな身体でオギャーと泣き声を上げているという状況。驚くなという方が無理な話だ。
それでも、十年も経てば落ち着き、気持ちの整理はついていた。ドラゴンだったころに未練もないし、人族として生きていこうと前向きに思えている。
……何故か、今世でも赤ん坊のころに親から捨てられてるけど、うん。前向きに思えているよ。その後拾ってくれた人は非常に良い人だしな。
「って、まずい。そろそろ夕飯の支度をしなければ」
開いていた本を閉じ、机の上に積まれた今日読んだ本と一緒に本棚に片付け、パタパタと書斎を出る。
ああ、そうそう。一度転生した影響なのか、はたまた『大いなる災い』との戦いですべてを出し尽くしたせいなのか、今の俺に前世のような戦いへの執着心は無い。
趣味は読書だし、料理だって嗜んでる。身体を動かすのはきらいじゃないが、それ以上にそよ風吹く草原での日向ぼっこが好きだ。
戦闘戦闘なドラゴン生だったのが、一周回って平和でのんびりが好きになっていると言うのは、なんとなく笑える話だ。
ただ、一つ困っていることがある。
バトル脳だったのは前世の話。今世はのんびり平和に過ごせればそれでいいと思っている俺なのだが……。
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ルイン
性別:男
年齢:10
種族:人族・変異種
天職:終焉の覇竜
称号:転生者 超越存在 暴竜 神滅者 界守の神竜 終告者 世界最強
レベル1
体力:99999999(測定不能)
魔力:99999999(測定不能)
筋力:99999999(測定不能)
耐久:99999999(測定不能)
知力:99999999(測定不能)
精神:99999999(測定不能)
敏捷:99999999(測定不能)
魔法
【覇竜魔法・極】【獄焔魔法・極】【狂嵐魔法・極】【地核魔法・極】【禍瑞魔法・極】【雷霆魔法・極】【氷獄魔法・極】【光輝魔法・極】【深淵魔法・極】【治癒魔法・極】【錬金術】【付与術】【呪術】【陰陽術】【召喚術】【結界術】【身体能力強化術】【禁術】
固有魔法
【輪廻再臨】
特殊能力
【黄金と深紅の魔眼】【時空支配】
技術
【覇竜武術・開祖】【家事】【狩猟】【調薬】
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何故か、前世のステータスをそのまま丸っと、さらにはなんか余計なものまでついて、引き継いでしまっているのである。
……いや、どうしてこうなったし。