オウル試験を見学します③
程なくして、ヒルダが木剣を数本持って戻ってきた。大きさや形状はどれもバラバラで、多分好きな得物を選べという事なんだろう。
ナインハルトは先程の銀の剣と似たような、刀身が細く長めの物をヒルダから渡されている。突きに特化している形だが、精密性が要求される物だ。
シヴは普段使い慣れている大型の剣に近い物……、ではなく、ナインハルトと同じ物を選んだ。
「なんだあのおっさん、ギルドマスターと同じもん選んだぞ。どこまで負けず嫌いなんだ、あの剣と全然違うじゃねえか。」
「頭いかれてんだろ、あの馬鹿でけえ剣もどうせかっこつけなんだぜきっと。見栄だけ一丁前に張っててだせえったらねーな。」
「いいじゃねえか、さっきのは一瞬で終わっちまったからよ。ボコボコにされるところが見られるぜ。」
クロウの連中め、好き勝手言いやがって。
「それでいいのですか? 後悔しますよ。まあ例え何を選んだところで結果は見えていますし、こちらも少しきつめにやらせてもらうつもりですが。」
「おまえさんまだわかってねーのか? きつめにとかじゃねー、全力で来い、殺す気でも構わねえよ。」
そう言われてナインハルトは溜息を一つ。
「……わかりました。そこまで言うのなら、あなたには病院で目を覚ます事にしてもらいましょう。」
シヴに何を言っても響かないから諦めたのか、ナインハルトの眼に力がこもる。
「それでいいぜ、眼が随分マシになったじゃねーか。さっきのナヨナヨオカマ剣はもう見せるんじゃねーぞ。」
いくら何でもちょっと挑発し過ぎな気もするが……。これ試験に合格しても後々の関係に悪影響与えるんじゃないのか、そっちの方が心配だ。
「では……。馬鹿なおっさんの教育試合! はじめーっ!」
ヒルダの悪意しか無い号令が響き渡った。クロウ達は爆笑している。
最初の流れは先程と同じ、俺には見えない突きがナインハルトから繰り出される。違うところと言えば、シヴが上体を反らして躱している事くらいか。
「同じことしてんじゃねーよ、誰でも避けれるぜそりゃ。」
「なっ!?」
躱されて焦ったナインハルトが後方へ飛び退いた。
「腕が伸び始める瞬間に俺の左目辺りに、分かりやすく牽制を入れたな? それに反応して俺が右へ避けりゃ頭をドカンだ。つってもまあ、木剣でも当たりゃ死にかねねーからな、眼から突き抜けるかもしれねえ、耳を削ぐかもしれねえ。だから優しい優しいお前さんは少し剣を下げた。当たるのが肩ならまあ死ぬことはねー。しかし戦意は喪失させられる。そういうこったろ?」
ニヤニヤしているただの勘違い野郎だと思っていた目の前のおっさんに、完全に考えを見抜かれたのがあまりにも想定外だったのか、ナインハルトは構えを取り直し、シヴに謝罪する。
「あなたを……、見くびっていました……。今までの非礼は詫びます。」
ナインハルトの謝罪を受け、シヴも同じ構えを取って顔から笑みを消す。
「おういいぜ、許してやるよ。おまえさんの剣は俺には届かねえ、遠慮無くぶち込んできな。」
「……もしかしたらそれは、ハッタリ等ではなく、事実なのかも知れませんね。」
これまでと違い、ナインハルトはシヴの言葉を真摯に受け止めているのが分かった。
「すぐにわかるよ。」
ナインハルトが腰を屈め、踏み込むと同時に数発の鋭い突きを出す。シヴは同じ構えから同じ突きを繰り出し、ナインハルトの突きの軌道を刀身でずらしながら懐に入り込むと、木剣の柄をナインハルトの顎先にピタリと当てて止める。
焦ったナインハルトは苦し紛れに蹴りを出すが、シヴは自分に向かって来るその蹴り脚へ、膝を当てて止めてみせた。衝撃で体制を崩したナインハルトが後ろに倒れそうになるが、シヴは腕を伸ばしてナインハルトの胸のプレートを掴んで支えると、木剣の切っ先を喉に突き付ける。ナインハルトは動く事が出来ず、試合は決着した。……らしい。
俺には見えないので後からキイに聞いただけだ。
「参りました……。」
「たまたまかもしれねえぞ? もういいのか?」
「ご冗談を、何万回やったところで私では貴方には勝てませんよ。」
「じゃあ俺は合格だな試験官様?」
ナインハルトはフッと笑った。聞くまでもないって事だろうか。
予想を超えた結末に、あれだけ威勢の良かったクロウ達を含む見物人は、言葉を失って立ち尽くしていた。