本戦⑪♦
準決勝第二試合。
ニイルを退け意識を取り戻したナインハルトと、ホドリを降して勝ち上がった前大回の覇者カローニ。
大多数の男達はカローニの勝ちを信じ、大多数の女達はナインハルトの勝ちを夢見た。
「ピーニャ様ですが、意識が戻ったと先程報告がありました。」
「獣人は頑丈だからな。」
「ええ、みたいですね。すぐに大量の肉を注文してきたがどうするか、と言われましたよ。」
「血が足りねーから身体が求めてんだろ、好きにしてやれ。」
「私もそう思ったのですでに許可は出してあります。」
ナインハルトとカローニが闘技場に上がり、シヴとオサモンに近付く。
「すでにナインハルト様の……、まあシヴ様が所属するギルドでもありますが、その問い合わせが相当数あるようですよ。」
オサモンは向かって来る二人を見ながら、そう言って肩を竦ませる。
「俺は忙しいのは勘弁だが、依頼もねーのに何故かあの町に居付いちまってるクロウ共がいるからよ。仕事が増えるのは有りがてーこったぜ。」
「まああのハバキ領の一角ですからね。」
オサモンが意味ありげにそんな事を言ったので、シヴは眉を顰める。
「なんだ? ハバキの奴は嫌われでもしてんのか?」
「まさか。勿論妬み嫉みで悪評を流布する貴族も居るには居ますが、あれだけの名領主はそうそう居ないともっぱらの噂ですよ。」
「じゃあ何でギルドがあんなに暇なんだよ。」
「悪人が寄り付かないからですよ。前領主からハバキ様に変わられて、それはもう恐ろしい程の早さで一掃されましたからね。平和な町に居るオウルなんてどうせ大した実力も無い、報酬の高い依頼が無ければクロウもすぐに旅立つだろうからあてにはならないだろう。民の考えなんてそんなところです。」
「ふーん、そんなもんかねえ。」
そう答えながらも、シヴ自身クロウ時代、大した依頼の無い町の滞在期間は余程その町が気に入りでもしない限りは短かった事を思い出していた。
やがて闘技場の上に立つ四人が向かい合い、ナインハルトだけがシヴに軽く礼をする。
「あー、省略。お互い悔いなく闘ってくれ。」
シヴがそう言うと、オサモンは鼻で笑いながら闘技場の外へ歩き始め、ナインハルトとカローニは開始位置へついた。
「始めぇっ!」
オサモンの号令と共に、二人が同時に距離を詰める。これは見守る誰もが想像していなかった。
ナインハルトの突きを躱し懐に飛び込んだカローニ。
下から跳ね上げる棍を手甲で受け、ナインハルトは突き出した剣を横に振る。
剣は即座に態勢を下げたカローニの頭髪の端を擦り、ナインハルトの空いた胴へとカローニの蹴りが刺さる。
しかし至近距離、且つ低い位置からの蹴りには威力が乗らず、ナインハルトは痛みを受け入れながら踏み込み、剣の柄をカローニの腹に叩き込む。
「ぐっ!」
低く呻き、たまらずカローニは距離を取ろうとする。
「はぁっ!」
離れるカローニをナインハルトの突きが追うが、後方へと飛びながら放たれた棍はナインハルトの手首を捉え、突きは大きく目標から外れた。
すぐに剣を戻すナインハルトの顔目掛け棍が迫るが、上体を捻りながら臆する事も無く前に進んだナインハルト。躱した棍は頬に傷を付けるに止まる。
「見えているのか?」
「見えてはいません。」
額をすり合わせる二人。
「ですが……」
ナインハルトの声を遮るように、前試合でホドリを貫いたカローニの貫手が飛ぶ。
ナインハルトはそれを寸分違わず正面から拳で迎え撃ち、カローニの指がひしゃげる。
「予測は出来ます。」
勿論ナインハルトの拳も無傷ではなく、指の皮膚は骨まで届く裂傷で血に濡れた。
折れた指の痛みに耐えながら、カローニは尚も棍を突き込んで来る。片腕とはいえ鍛錬に鍛錬を重ねた棍の動きは速く、風を切る音が無数に響く。
ナインハルトも起点の動きからそれを予測し躱し続けるが、シヴ程の精度はまだなく、その肌には小さな傷が増えていった。