本戦⑩♦
諦めていたと思っていたピーニャが突然、身体中に力を込めて暴れ始める。
「何だよいきなり? 無駄だって、逃がさねえよ。」
カピロの言葉を無視し、とにかく全力でもがくピーニャ。
「腕なんかくれてやるにゃ!」
ピーニャは自分の左肩に咬み付く。
血飛沫が上がり、二の腕を掴んでいるカピロの手が赤く染まった。
「おい待て待て! 粗末にすんじゃねえよ、大事に使えば命なんざ一生もつんだからよ。」
「それは当たり前にゃ!」
「もしかして腕を引き千切ろうってんじゃないだろうな?」
尚も激しく身体を動かしながら、自分の肩を傷付けていくピーニャ。
「こりゃいけねえ! さっさと場外にぶん投げねえと!」
それまで見世物のようにゆっくりと歩いていたカピロは、ピーニャの覚悟が成就する前に試合を終わらせようと急ぐ。
ピーニャを掴んだ両手を振りかぶり、一気に場外へ放ろうとした。
「そーーっれ!」
振り上げられたカピロの両手からピーニャが場外へ向けて放たれる。
……筈だった。
「あんっ!?」
勢いよく振り回されたカピロの手から飛んだのは、ピーニャの血液だけ。
確認の為に慌てて振り向いたカピロの顔面に、全身のバネを使って飛び込んだピーニャの頭突きが突き刺さる。
「……ぷえ」
間抜けな声を出しながら、白目を剥いて鼻血を噴き出しながら後ろに倒れるカピロ。
「それまでだ。お前さんの勝ちだよ。」
シヴはピーニャへ勝敗を伝えながら、オサモンに合図を送る。
「へっへーん、ピーニャの勝……ち……にゃ…………」
試合終了の銅鑼と沸き上がる歓声を聞きながら、満面の笑顔でピーニャも背後に倒れる。短時間で血を失いすぎていた。
「ととっ、随分無理したもんだな。」
倒れるピーニャを地面すれすれで支えたシヴは、カピロより先に救護班へとピーニャを引き渡す。
「カピロ様は?」
運ばれるピーニャと入れ違いに駆け寄ってきたオサモンが、カピロ用の担架は要らないと指示するシヴに尋ねる。
「ああこいつはいい。」
そう答えながらシヴはカピロの腕を引き上半身を起こさせる。
「さっさと起きろ!」
カピロの肩に手を置き、シヴはその背中に膝を叩き込み、活を入れる。
「……んん? ん、ああ!? 獣人の嬢ちゃんは!?」
「治療受けてるよ。」
「何? じゃあ俺が勝ったんだな。」
「白目剥いて失神しといてよくそんな事が言えるなお前さんは。まず鼻血を拭け。」
素直にオサモンが差し出した布で顔を拭くカピロ。
「お前さん本気であいつが腕を捨てようとしてると思ったんだろ?」
「違うのか?」
「んな訳ねーだろ、ありゃ血が出したかっただけだよ。あんだけ暴れりゃタロスにやられた傷も開く、体毛にしみ込んだ血糊で……、後はわかんだろ?」
「じゃあ振りかぶったあの一瞬で抜けたってのか。」
「そういうこった、後は気を抜いたお前さんの鼻っ柱に全力の頭突きが飛んできてお前さんの敗け。わかったか?」
カピロは胡坐をかいたまま腕を組み、少し考える素振りをする。
「どうしたよ?」
「ん? いや、戦争が終わっちまって良かったよほんと。人間のお前、獣人の嬢ちゃん、俺の息子のエルフ。本気で殺し合いしなきゃならねえ日が来てたかも知れねえんだよな。」
「勝手にあいつを息子にするな。」
こうして準決勝一戦目はピーニャの勝利で幕を閉じた。