本戦⑨♦
「なんだよっ!?」
空に舞い上がったピーニャは魔力の壁を蹴り、落下の勢いに任せてカピロの頭上へ。先程踵を打ち込んだ場所目掛け肘を構える。
カピロはすぐに防御しようとしたが間に合わず、上げた腕をすり抜けピーニャの肘がめり込んだ。
「ドーンッ! その二にゃっ!」
「ぬぐぅっ!」
痛みと衝撃に耐えながら、防御の為に上げた腕でピーニャを掴もうとするカピロだったが、ピーニャはカピロの頭を掴んでその顔面に膝を叩き込み、その反動で背後から迫るカピロの手首を蹴り飛ばす。
「そんな簡単に捕まらないにゃよーだ。」
すでにカピロから離れ着地したピーニャが、舌を出してカピロを挑発した。
「もうとさかに来た! 奥の手を出すからな!」
(奥の手?)
カピロがそんな事を言い出したので、シヴはまた闘技場を壊すつもりなのかと身構える。
「何をするつもりにゃ? さっきの技ならどれだけ出してもきかないにゃよ!」
アーダー戦でやった技も、闘技場を波打たせるあの技であっても、自分には一切無効だとピーニャは言い放つ。
「そんな小細工じゃねえ!」
カピロは両腕を顔の前で交差させると、おもむろにピーニャに向かって一直線に走り始めた。
「突進あるのみよ!」
「やっぱりおつむも筋肉にゃ!」
ただ単に自分に向かって来るだけの肉の塊を躱すと、ピーニャはすれ違いざまに爪を立てて傷を与える。
しかし、お構いなしにカピロは方向転換してまたピーニャに向かって走る。
数回それを繰り返し、小さいが無数の傷を負ったカピロ。
「こんなもんは擦り傷よ! 当たれば俺の勝ちだ!」
実際カピロの本気の突進は岩をも砕く。
とはいえピーニャは完全に見切っていたので、より深い傷を与えようとすれすれの回避を心掛け始めていた。
狩りでこのような突進を繰り返す大型の魔物と相対する時は、上回る速度で翻弄し、首への一撃で仕留めるのが獣人の常套手段なのだが、カピロはその首を二本の腕で覆っている。
(お腹しかないかにゃ。)
ピーニャは次にすれ違う時、カピロの脇腹へ深く爪を突き立て勝利する青写真を描いた。
それを現実のものとするため、迫るカピロから遠く離れるように走るピーニャ。
「逃げんなこんにゃろう!」
カピロも追うが、速度に差があり過ぎる。
二人の距離はどんどんと開いていった。
「これだけあれば十分にゃ!」
カピロと自分の間に取れる限りの距離を取ったピーニャは振り返り、一気にカピロへ向けて加速する。
開いていた二人の距離が一気に縮まり交差する瞬間、ピーニャの予定通りカピロの脇腹にその爪が深く突き刺さった。
そのまま切り裂いてカピロの脇を通り抜けようとするピーニャの視界を、突然黒い何かが覆う。
「!?」
黒い何か。それはカピロの羽根だった。
弾力のあるカピロの羽根に一瞬包まれたピーニャは、視界を取り戻そうと咄嗟に身体を反転させる。
「よっしゃ捕まえた!」
カピロはその一瞬を狙っていた。
身体の傷は必要経費と割り切って、ピーニャの僅かの静止にだけ神経を集中し続けていた。
「やっちゃったにゃ……。」
両肩を掴まれ持ち上げられるピーニャ。カピロの力は強力で、振りほどく事は叶わない。
「しかし痛てーなこんちくしょう!」
ピーニャ渾身の一撃だったので、脇腹の傷は当然かなり深い。カピロの足元には血溜まりが出来ていた。
「参ったって言やあこのまま離してやるが、どうするよ?」
「言わないにゃ。」
「おうおう、負けず嫌いは身を滅ぼすぞ。嫌いじゃねえがよ。」
カピロはそう言うと一番近い場外へ向けて歩き始める。
「このまま外に落としてやる。女をいたぶる趣味はねえんだ。」
「魔力ぶつけてきてよく言うにゃ。」
「それはそれよガハハ。」
ピーニャはもがいてはいるものの、やはりカピロの手は外れそうに無い。ただただ近付く場外を見る事しか出来ないでいた。
「しかし普通の嬢ちゃんでこんなに強ええんならよ、王様なんかとんでもねえだろ。獣人って一番強い奴が王様になんだろ?」
実際には心技体が揃っていなくてはならないのだが、そういう噂程度ならカピロも耳にしていた。
(そうにゃ、パパならどうするかにゃ……?)