本戦⑧♦
「皆さま大変お待たせしました! これより第五試合を行います!」
昼の休憩を終え、今か今かと大会の進行を待つ観客達へ向けてオサモンが言い放つ。
観客達は入場するピーニャとカピロを、惜しみない歓声と拍手で迎えた。
「下馬評ではカピロ様の人気の方が上です。あくまで賭けの対象としてですが。」
「まあそうだろうな、昨日も今日もあんだけ派手な事してりゃそうなる。」
裏では賭博も仕切っているオサモンは、それとなくシヴの予想を尋ねる。
「しかしピーニャ様の人気もかなりございまして、数ではカピロ選手に負けていますが賭け額では拮抗しています。」
「ふーん。」
「シヴ様ならどちらに賭けますか?」
「そうだな……、俺なら……。」
「はい。」
「まだ操作できるうちは教えてやんねーよ。」
「ばれてましたか。」
試合開始の号令があるまで賭けは受け付けているので、ここでシヴの見解を伝えるとまだ配当金の操作が間に合ってしまう。勿論、オサモン自身が何らかの方法で賭博に参加する事も可能だ。
とはいえ、オサモンも本気でそのような事を考えている訳では無く、シヴもそれをわかっているので下らない冗談で済んでいる。
「昨日俺から逃げた獣人の嬢ちゃんじゃねえか、今日は逃げらんねえぞ?」
予選で一度蹴り込んでおいて、すぐに標的を変えて立ち去ったピーニャに対してカピロは皮肉を言う。
「面倒だから相手しなかっただけにゃ。大型は時間がかかるからにゃ。」
対してピーニャも挑発で返す。
二人が闘技場に上がるが、すでに本日の一戦目を終えているので注意事項の説明は省略され、すぐに開始位置へとついた。
オサモンの合図と同時にピーニャは、敢えて予選の時と同じようにカピロへ跳び蹴りを放つ。
当然カピロも予選と同じように受け止め、着地したピーニャを見る。
「あれ、きかないにゃ。」
「ああ、あの獣人か。思ったより重えな! だったか?」
「そんにゃ感じ。じゃあ昨日の続きを始めるにゃ。」
「よっしゃ来やがれ!」
逃げたと思われたのが多少引っかかっていたピーニャは、故意に昨日の再現をしてみせた。
カピロはすぐに気付いてそれに乗ったが、知らない観客達にはピーニャの先制攻撃に見え、沸いた。
ピーニャはすぐに地面を蹴り、カピロに向かって突進する。
カピロも身体の頑健さには自信がある、正面から受け止める構えを取る。
「そんなに馬鹿じゃないにゃ。」
「てめっ!」
ピーニャはカピロの足首に手を掛け、股を潜るとカピロの背中を見て停止、一気に背中を駆け上がりカピロの頭上でくるくると回転しながら滞空する。
「ドーン!」
「ぐぶっ!」
そのまま遠心力を乗せたピーニャの踵がカピロの頭頂部を直撃、一瞬カピロの首が胴に埋まる。
残った足でカピロを踏みつけ、反動で回転しながら華麗に着地したピーニャ。
膝をついたカピロは震えながらゆっくりと蹴られた頭へ手を伸ばす。
「ぃぃ痛ってええええ!」
「いったあああにゃああああい!」
カピロが痛がるのは当然だが、何故かピーニャも同時に脚を押さえて痛がり始めた。
「何やってんだお前さん達……。」
一応シヴが声を掛けるが、二人はそれを無視する。
「お前! 獣人! 昨日とさっきの蹴りはマジじゃなかったんだな! 重いどころじゃねえだろ! 何だよこれいってええええ!」
「そっちこそこんなに石頭なんて聞いてないにゃ! 骨が折れたにゃどうしてくれるにゃ!」
「あ? 骨折れたのか? じゃあお前の敗けでいいか?」
「折れてないにゃ! それくらい痛いって事にゃ!」
「知るかよそんな事! そのまま場外に吹っ飛ばしてやる!」
カピロは片手で首を押さえながら地面を殴りつける。
カピロの魔力が地面の上を走り、魔力の波がピーニャを狙う。
「これはもう見たにゃ。」
控室から見ていたので、ピーニャはすでにこの技を見切っていた。タロスの鉤爪と激突しても傷一つ付かなかった自慢の爪を、カピロの魔力に掛ける。
「おらよっ!」
それに気付かずピーニャに技が当たったと勘違いしたカピロは、アーダー戦のようにその魔力を上空に向けて噴出させる。
ピーニャは魔力と同時に、押し上げられるように空中へと飛んだ。
「悪いな嬢ちゃん、このまま場外に……」
そう言いながらゆっくりと空を仰ごうとするカピロの目に飛び込んで来たのは、カピロ自身の魔力の後押しで空高く舞い、自分に向けて落下してくる獣人の顔だった。