本戦⑦♦
腰に回した脚に力を込め自身の上半身を持ち上げたホドリは、カローニの首と左腕に自身の両腕を絡ませ密着する。
カローニの身体に巻き付いたホドリは、全身の筋肉に力を込めて締めあげていく。
「まあ無いと言っても軟骨はあるんだけどね。」
軟体生物に取り付かれたカローニは、どうすれば抜け出せるかをひたすら考えていた。
「くっ……、軟骨があろうと、骨が無ければその形を維持できまい……。」
「ああ、うん。だからこの包帯のおかげ。魔王様が魔力を込めてくれてるからさ。」
タイラーが魔王になった時、城の奥深くに眠っていたホドリを見付けたのは偶然だった。
遥か昔、魔族はその魔力を用いて生物を生み出そうとしたが、成功する事は無く、その過程で生まれたのがホドリ。
言葉にならない呻き声をあげながら地面を這いずり回るホドリをタイラーは不憫に思い、魔力を込めた布切れを身体に巻いて支えてやると、赤子並みの知能がある事に気付き教育を施した。
しかし創られた命の心は発達が芳しくなく、他者の痛みを理解する力が少ない。それでも尚タイラーはホドリを傍に置き続け、自分の蒐集した品々が飾ってある部屋の番人とした。
ホドリもまたタイラーを親のように慕い、決して命令に背く事は無かった。
「ご飯も食べなくていいし、切られてもくっつくし、割と便利だよ。痛みはあるけどね。」
「そ、そうか……、お前が、聞いていた不死者……。」
カローニはホドリの話を聞くと、何か心当たりがあるような口ぶりで不敵に笑った。
「おいお前さん今……」
不死者という単語にシヴが反応し、思わず試合を止めそうになるが、カローニはシヴが言い切る前に動く。
カローニは横から棍を自分とホドリの間に突き込むと、足を掛けてホドリを引き剥がしにかかる。
「そんなことしたら君の首が絞まるだけだよ。」
これまでのカローニから想定していなかった力技に驚きながらも、無駄な努力だとホドリは笑う。
「ぬううううううっ!!!」
お構いなしに力をかけ続けるカローニ。自分の首が絞まり呼吸が出来ない状態でもその力は緩まない。
少しずつ。少しずつだがカローニとホドリの身体の間に隙間が生まれる。
「結構無茶するんだね君、これからどうするの?」
程なくしてこの男は落ちる、そうホドリは確信していたので余裕を見せた。
しかしカローニは突然右の掌で手刀を作ると、何の躊躇も無くホドリの腹にそれを突き刺した。
「えっ!?」
魔王の魔力の宿る包帯を、まさか人間の貫手が貫くとは思っておらず、事態を把握できないホドリ。
一瞬力が緩んだところをカローニは逃さず、抜き手によって風穴の開いたホドリの腹部に引き抜いた棍を突き刺す。
「痛みはあるんだったな!?」
棍を突き刺した右腕をそのまま右に押すと、棍がホドリの身体を捩じる。
棍を握る右手は離され、代わりに右足で蹴りつけると、ホドリ越しに視界に入る棍をカローニの右手が掴む。
「捩じ切れろ!」
「うそでしょ!?」
ホドリの腕はカローニから離れ、横回転を加えられた棍により腰で捻り上げられる。
カローニの腰に脚を巻き付かせたまま、ホドリの身体は二つに分かれた。
観客席では悲鳴と歓声が飛び交う。
救護班は即座にホドリを運ぶ準備をするが、シヴは決着の合図こそすれ、救護班には指示を送らなかった。
「第四試合! カローニ選手の勝利!」
明らかに殺意を込めて魔族を殺した筈だが、何故かカローニに軍配が上がる事を不思議に思う観客達。
しかしすぐに理解を超えた事が目の前で起きる事になる。
「痛い! 痛いよ!」
カローニに捩じ切られたホドリの上半身がのたうちながら叫び始めたのだ。
「試合は終わったんだ、返してやんな。」
シヴはカローニへそう言うと、ホドリの下半身を掴んで上半身の元へと投げた。
ホドリは腰の部分をぴたりとつけると、身体が修復されるのを待った。
「いや、今のは僕の勝ちなんじゃないの? 殺そうとしてたよ?」
その場に横たわったままホドリはシヴに言う。
「でもお前さん簡単には死なねーじゃねーか。自分でもそう言ってたろ。」
「そうだけど死なないから殺そうとしていいっていうのは違うんじゃないかなあ?」
「わがまま言ってんじゃねー、そんな事言い出したらお前さんに勝てる奴殆ど居ねーだろーがよ。」
オサモンがホドリとシヴの元へ駆けよるが、ホドリの命に別条がない事を確認しカローニの方を見る。
すでにカローニは闘技場を後にしようとしており、引き止めようかと考えている間に今度は身体が繋がったホドリが立ち上がり歓声が上がる。
「収集が付きませんね。」
オサモンはそう独り言ちた。
勝者は勝手に立ち去り、敗者は人智を超えた力で何事も無かったかのように復活する。
「あいつに聞きたい事が出来ちまったが……、終わってからでいいか。」
「ねえやっぱり今からでも僕の勝ちにならない?」
「ならねーよ。」
「えー、嘘でしょ? ちゃんと考えて欲しいな。」
自分の苦労をよそに、未だそんな事を言い争っている二人にオサモンは頭を痛めた。