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不死者の町人生活  作者: 旬のからくり
189/209

審議♦

「シヴ様から逃げおおせたと?」

 治療室に戻ったシヴは、侵入者に手傷は負わせたが逃げられた、とオサモンに報告した。

「ああ、思ったよりすばしこくてな。まああの傷じゃもう何も出来ねーだろ。」

「……。」

 オサモンはシヴがそれほどの傷を与えて後取り逃がすとは考えられず、大方の流れを察した。


「わかりました。それならばもう心配はないでしょう、捕縛したと発表させましょう。」

「そうだな、それがいい。」

 すぐに治療室に居た部下の一人にそうするように伝えたオサモン。

 部下は治療室を出て、事態の収束に奔走した。


「ところで、賊は何をしに白昼堂々正面から侵入したのでしょうね。」

「さあそりゃわかんねーな。」

 オサモンが察した事を理解したシヴは、不敵に笑いながらなおも惚けて見せる。


「それよりもよ、その賊が面白いもん落としてってよ。」

 そう言ってシヴはローランから受け取った小瓶を差し出す。

「それは?」

 オサモンは当然正体がわからず訝し気な表情を浮かべた。

「こりゃ魔族の国でしか買えねー代物だ。」

「魔族の……。まさか身体強化の秘薬ですか?」

 シヴの説明で、実物を見た事はないが存在は知っていたオサモンは目を輝かせる。


「……ただの精力剤。」

 ニイルは魔族の国での用途を知っているので、侮蔑を含んだ目でその小瓶を見た。

「魔族にとってはそうかも知れんがよ、何が違うのか知らねーが人間の身体にはそうじゃねー。」

 シヴは小瓶の蓋を取り、ナインハルトの口へ少しずつその液体を流し込む。


「よーし、残さず飲んだな。あとはどのくらいで効くかだが……。」

 シヴ達の心配をよそに、薬を飲み終えたナインハルトはすぐに目を開いた。

「これほどの効果が……。」

 オサモンは顎に手を当て、興味深げに見つめている。


「おいナインハルト、見えてるか?」

 シヴは何も言葉を発さないナインハルトの眼の前で、開いた手をゆっくり振って見せた。しかしナインハルトの眼はそれを追わず、真っ直ぐに天を見つめたままで瞬きもしない。

「駄目か……?」

 上体を起こし腕を組んだシヴは、ほんの少し歯痒そうにする。


「取り敢えず命に別状は無いようですから。しかし、やはりこうなるとニイル様の勝利というのが自然な気がしますね。」

 オサモンはナインハルトの意識が戻らないと判断し、大会の運営責任者の目線からニイルの勝利で審議を進めようとする。

「断る。私はその男に負けた。」

 ニイルは頑として譲らず、あくまで勝者が自分という事は受け入れずにいた。

「真剣勝負ならお前さんが死んで負けてたのは間違いねーが、これは試合だぞ?」

「そんなものは関係ない。いくらシヴの言う事でもこれだけは聞けない。」

「弱りましたね……、ニイル様を勝者にしても次の試合は棄権するでしょうし、ナインハルト様を勝者にしても戦える状態かわからない……。」

 昨日の予選で、不戦勝で観客がどれほど興醒めするかを理解しているオサモンは頭を抱えた。


「やれます。」

 目は開いたが意識は戻っていない、と思っていたナインハルトが突然言葉を発したので、皆の視線がナインハルトに集中する。

「おや、薬は効いていたのですね。」

「やれますってお前さん、大丈夫かよ。」

 ナインハルトは制止しようとする医療班の動きを遮ると、ゆっくりと上体を起こしてニイルを見る。

「何?」

 視線がぶつかったニイルがナインハルトに尋ねる。


「私はあなたに勝てたのですね。」

「ええ。」

「勝ったってもよ、お前さんはこいつを殺そうとしたんだぞ?」

「話は聞いていたのでわかっています。ですが……。」

 ナインハルトの言葉に、オサモンが声を被せる。

「それ以上は言う必要ありません。シヴ様は殺意の認識はありません、ニイル様は自ら負けを認めています。最後の突きの前に意識を失っていたかどうかは観客には判別不能でしょう、むしろあれは無意識でしたと説明する方が顰蹙を買うと思われます。よって、第三試合はナインハルト様の勝利とします。」


「それでいい。私を破った彼が判定負けだなんて私は認めない。」

 ニイルは自分が正式に敗退となる事を満足そうに受け入れる。

「これは判定を覆したとは言えませんよね?」

 二試合目での結果について不満を漏らしたシヴに、オサモンはそう言った。


「まあな、正直言や見抜けなかった俺の判断の甘さもある。実際に喧嘩した奴等がそう言ってんだ、いいんじゃねーか?」

 そう言うとシヴは治療室を後にする。

「やはり、この結果には納得されないのでしょうか……。」

 残されたナインハルトはそう漏らすが、ニイルはほんの少しだけ微笑み、シヴの出て行った扉を見つめて言葉を返す。

「要らない心配だ。貴方が私を殺そうとした事で、自分自身を一番責めている事はシヴもわかっている。」

 ニイルの気持ちを背負い、自らを殺して先に進む事を決意した故のナインハルト。


「では、私も審議の結果を皆様にお伝えしませんと。失礼しますよ。」

 オサモンはシヴを追って闘技場へと去って行った。

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