義賊現る♦
ナインハルトの治療が行われている部屋へ向かったオサモンとシヴ、それにニイル。
審議を行うのはナインハルトの状態を確かめてからだとシヴが言ったからなのだが、他二名もそれに関して特に異は唱えず、黙って案内するオサモン。
「こちらです。」
そう言いながら治療室の扉に手を掛け、ゆっくりと開く。
扉の先には未だ意識の戻らないナインハルトと、その身体をくまなく診察している医療班の姿があった。
「どうだ?」
オサモンが医療班の一人に尋ねる。
「おそらくですが横隔膜への非常に強い衝撃、それに伴い肺からの酸素の供給が止まった事での酸欠が主かと。現在は呼吸も安定しつつあります。」
「他の臓器や後遺症の心配は?」
「それはまだ検査中です。少なくとも心音は弱ってはいないようなので、命に別状はなさそうですが。」
「そうか。」
オサモンと医療班の会話を聞いていたシヴは、顔には出さないが内心胸を撫で下ろす。
しかしそれも束の間、オサモンの部下の一人が息を切らせて治療室へ凶報を知らせにやってくる。
「非常事態です! 何者かが観客席から闘技場内へ侵入しました!」
オサモンはその報告を聞いても、眉一つ動かさずに対応する。
「そんなお調子者が一人や二人居てもおかしくは無いだろう。捕まえて大会が終わる迄何処かに閉じ込めておけ。」
「それがまともな動きじゃないんです! ダンを飛び越えてこちらに侵入しました!」
「飛び越えて……? 何が狙いなんだそいつは。」
各選手の過激な支持者というものは確かに存在するが、内部の構造を把握していなければ出会う事すら難しい。それならば闘技場に立っている時を狙う方が確実だ。
「俺が見て来てやる、治療を邪魔されるのだけは勘弁だからよ。」
剣を握り、オサモンにその手を見せて安心させるシヴ。
部屋を後にしようとするシヴにニイルが言う。
「ならば私も。」
「いや、お前さんは一応選手だからな。俺が賊とすれ違っちまったらナインハルトを頼むぜ。」
シヴはそう言うと、何かを言い掛けたニイルを無視して扉を閉めた。
(まあ大方予想はつくんだがな……。)
剣を背中に収めたシヴは、取り敢えず闘技場入り口の方へ歩き始める。
(いくらなんでもここの造りは知らんだろうし、間違って控室でも開けてなきゃいいが。)
闘技場への入り口から堂々侵入したとなれば、最初に目につくのは選手達の控室。それを無闇に開ければその部屋に居る選手と衝突する事も考えられる。
現在控室に残っているのはカピロ、カローニ、ホドリの三名のみ。他の選手はそれぞれ別室で治療を受けているのだが、控室に限った事ではないが空き部屋だろうと部屋に入ってしまえば追い詰められるのは必定。そうなる前に出会う必要があった。
(まあそんなヘマするやつじゃねーとは思うが。)
「シヴさん!」
向かい始めて少し経つと、後ろからシヴの名を呼びながら走り寄ってくる男が居る。騒ぎを聞いて駆け付けたオサモンの部下の一人だ。
「おー、そっちはどうだった。」
「こちら側には居ません! 残るは西側だけかと!」
「……? よしわかった、俺もすぐに追いつくから先に行ってくれ。」
「はい!」
シヴは男の背中を叩いて激励する。
男はそのまま西側へ向けて走って行った。
(やれやれ逆か。)
背中を叩く振りをして付けられていた布を取ったシヴ。そのひらひらとした布の正体はプリムで、予想した人物がいつも頭に付けている物だった。
(ま、そうだろうな。となるとあれを持って来てたって事か。)
シヴはプリムを胸に仕舞うと、踵を返して急いだ。
賊は入り組んでいる西の区画に居ると伝達され、人員の殆どがそちらへ回っている。
そんな人気の少ない中を、死角を探してシヴは歩く。
「よう居たな。」
「シヴ様!」
柱の陰から覆面のメイドが顔を覗かせ、周囲に人が居ない事を確認する。
「わざわざ派手に暴れたみてーだな、陽動か?」
「はい、頼んだところで素直にこちらに届くとは思えませんでしたから。」
覆面メイドはそう言いながらシヴに液体の入った小瓶を差し出す。
「あれだな?」
シヴはそれを受け取りながら、胸元から出したプリムを返す。
「はい、師匠が持っていた肉体強化の薬です。こんな事もあろうかと盗んでおきました。」
「言やぁくれるだろうがよ。わざわざ盗むな。」
「では謎の義賊は去りますね。」
用事は終わった、と追手に気付かれる前にこの場を後にしようとする覆面メイド。
「すまねえな謎の義賊とやら。しかし何だよその雑な覆面。」
「これはアレン様が昨日着ていた服です。」
「変態かよ……。」
「ちょ、丁度いいのが見当たらなかっただけで! 決して匂いを嗅いでいるとかではなく……!」
「……いいから早く行けよ、西を探し終わったらまたこっちに流れて来るぞ。」
呆れながらこの場所の見取り図を手渡すシヴ。
「あっ、そうですね。では!」
見取り図を受け取り、そう言って再び柱の陰に消えていく変態覆面メイド。
一応シヴは柱を確認してみたが、すでにその姿は忽然とその場から消えていた。
(なんであいつの周りにゃまともな奴が少ねーんだ……。)
シヴは小瓶を大事そうに袖に入れると、治療室へ向かった。