本戦④♦
ニイルにはニイルなりの矜持があると悟ったナインハルトは力を込めて立ち上がり、瞳から迷いを消す。
「こちらから行きます。」
不敵に笑うニイルに向かって、ナインハルトは姿勢を下げて走る。
剣の先端が届く範囲に入ったと同時にニイルの脚に向け突きを出すが、ニイルは剣の腹に拳を当てて軌道をずらすと、そのまま前のめりにナインハルトへ近付き顔面を狙って正面から正拳を放つ。
頭を横に動かし、自分の耳を掠って通り過ぎるニイルの拳を見送ると、ナインハルトは剣を引き戻しながらニイルの腹に蹴りをめり込ませる。
「っ!?」
ニイルの体が少し浮き、ナインハルトは追撃を行おうとするが、一瞬ニイルの口元が緩んだのを見逃さずに警戒する。
ニイルの正拳は開かれ、ナインハルトの後頭部を掴むと腕に力を込める。ナインハルトの顔とニイルの胸の距離が瞬時に狭まり、割り込むように伸ばされたニイルの膝がナインハルトの顔面を強襲した。
そのままナインハルトの頭上を通り背後に着地したニイルは、ナインハルトが振り向くより早く次の攻撃の構えを取る。
「いい蹴りね。」
「くぅっ!」
幸い反応が間に合って急所を免れたナインハルトは意識を失わず、自分の重い蹴りを貰いながらなお詰めて来るニイルに驚愕しながら振り返る。その視界に入るのは脚で大地を力強く踏みしめ、左手を真っ直ぐ前に伸ばし、腰に当てた右拳を開放する寸前のニイル。
「しまっ……!?」
お返しだとばかりにナインハルトの腹にニイルの右拳が撃ち込まれる。
衝撃はナインハルトの身体を通り抜け、内臓を激しくかき回されたような錯覚を覚える。
「ぅぐっ、ぐぶぅ……」
胃液を口から溢しながら、ナインハルトは膝を付いた。が、剣を支えに何とか耐える。
「へえ、見直した。でもやっぱりシヴより弱い。」
痛みに耐えながらも、そんな事は当たり前だろうとナインハルトは思う。
「どうして貴方なんかの下に居るのかしら。どうして、シヴ?」
ニイルは手を出さずに試合を見守るシヴに尋ねる。
「そいつに貰った酒の恩がある。」
「それだけ? そんな物いくらでも……。」
理解に苦しむニイル。
「それにそいつは可愛い弟子……、に、なるかもしれねえ見習いでな。」
そう言うとシヴは肩を竦めて見せた。
(私が、弟子に?)
ナインハルトはその言葉を聞き、剣を握る拳に力を込める。
(酒の恩? あんな安酒で……。)
次第に明瞭になる意識と共に、足にも力が入る。
(立場を上手く利用されているだけだと思っていたが……。)
二本の脚で自分を支えて立ち上がるナインハルト。口を拭い、剣の切っ先を大地から天へ向け直す。
「最後の力……って感じね。」
ニイルも構えを取り、次の一撃で目の前のこの男は完全に沈むだろうと目算していた。
「私はっ!!」
突然大声でそう叫んだナインハルトに虚を突かれて、ニイルはおろか、シヴまで固まる。
「まだやるべき事がありますっ!」
「やるべき事?」
訝し気にニイルが独り言ちる。
「その為には……、それを成す為には! ここで負けていられません!!」
天に向けた切っ先を振り下げ、ニイルへと無防備に走り寄るナインハルト。
ニイルは動かず待ち構えるが、このまま「ただ突っ込んで来るだけ」の愚策しか思いつかない程度の人間だったのかと、自分が買い被り過ぎていた事を反省する。
(あれもう一発貰ったら死ぬんじゃねーか?)
自棄になったかのようにニイルに突っ込むナインハルトを見て、シヴはいざとなれば割って入る準備をする。しかし、無策で突っ込んでいるように見えるナインハルトと、一瞬だが確かに目が合った。
(へっ、じゃあ止めねーよ。)
見ていてくれ、そう言われた気がしたシヴは、未来の弟子が何をするつもりか最後まで見届けてやる決心をする。
ナインハルトはニイルの攻撃範囲に踏み込むと同時に剣を構えたが、突きを出す為に引いた手を追うようにニイルの拳が伸び、ナインハルトの鳩尾を打ち抜いた。