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不死者の町人生活  作者: 旬のからくり
182/209

本戦②♦

「思ったよりも早く決着が付きましたね。」

「女だからって甘く見たあいつがわりーんだよ。」

 攻防どちらも拮抗するとは限らない。どんな達人だろうと、油断して一撃を貰うだけで沈む事すらあるのが勝負の世界だ。

 オサモンもそれは重々承知しているので、初戦が始まった時点で次の選手は待機させてある。


「正直どの試合が長引くのか、それとも全てこの早さなのかわかりませんからね。すぐに二試合目に移りましょう。」

「好きにしろ、俺は口出ししねーよ。」

 オサモンは部下に合図を送り、アーダーとカピロが闘技場へと姿を現す。


「二回戦を闘うのは見た目通りの強靭な体力! そして闘技場を破壊する程の力! 力! 力! 力の化身、魔族の大工カピロ! 対するは今大会唯一のエルフの参加者! なんと昨日の予選では自ら攻めず、襲い来る全ての凶刃を避けるという離れ業をやってのけた防の戦士! アーダー!」

 オサモンの適当な煽りを聞きながら、二人はシヴ達の前へと着く。


「何だお前さん、随分疲れた顔してんな。」

 カピロは予選終了後、ホドリと共に闘技場の整備を手伝う約束を守った。守ったのだが、職人の血が騒いだのか随所に拘りが出てしまい、満足のいくものが出来るまで真摯に取り組みすぎた為、観客の来場直前まで作業に明け暮れていた。結果、控室での仮眠程度でこの試合を迎えてしまう。

「いやまあ眠いけどよ、大丈夫だから心配すんなよ。」

「心配なんざしてねーよ。肩入れもしねー。」

「がっはっは、厳しいねえ。」


 アーダーはカピロの巨体を横目に身を震わせる。今からこの恐ろしい魔族と自分が闘う……、その現実から逃げ出したくて仕方なかった。

「俺を恨んでるか?」

 シヴはアーダーに声を掛ける。アーダーを推薦したのはシヴだ、恨まれていたとしてもおかしくはない。

「い、いえ……。あのままだと僕は除隊させられていたんです、この大会に出られるよう選んでくれたおかげで、母さんはまだ治療が受けられます。僕が頑張れば……。」

「誰かの為に闘える奴はそうそういねー。負けてもいいから精一杯やんな。」

 シヴはそう言ってアーダーの背中を叩く。

「おいおい! 肩入れはしねえんじゃねえのかよ! 俺と随分態度が違うじゃねえか。」

「やかましい、単なる鼓舞だろうが。戦意喪失で試合にならねーんじゃ意味ねーだろ。」

「なるほどそうだな! よろしく頼むぜエルフの兄ちゃん!」

 カピロは素直に納得し、アーダーに握手を持ちかける。アーダーはびくつきながらもそれに応えた。


 二人は開始位置に付き、開戦のドラが鳴る。

「よおし、どこからでもいいぜ。かかってきな!」

 カピロはそう言ったが、アーダーには攻める術がない。構えは取っているが、ただカピロを見るだけだった。

「なんだよ、来ねえのか?」

 ジリジリと距離を詰めるカピロ、アーダーは無言で唾を飲んだ。

「やっぱりそういう感じか? じゃあ俺から行くぜ。」

 相手の力を利用する闘い方だというのは昨日の予選で見ているが、本当に自分から一切手を出してこないとは思っていなかったカピロは、遠慮なく拳を振り下ろす。

 アーダーはその拳を避けると同時に掌底をカピロの顔に打ち込んだ。

「痛ってえ!」

「す、すいません!」

 小手先の技を嫌うカピロは、まともにその掌底を鼻に受けて血を垂らし、対してアーダーは何故か謝罪をする。

「何やってんだあいつら……。」

 シヴは呆れて目を覆った。


「いやいや、やるじゃねえか兄ちゃん! そのガタイでこんな重いもん出せるとはよ!」

 単にカピロ自分の力が乗せられているだけで、アーダー自身にはそのような力は無いのだが、それでもカピロは称賛した。

「よーしっ! じゃあこれならどうっ! だっ!」

 腰を捻って後ろに引き絞った右腕を、全力で左に振り抜くカピロ。

 アーダーは咄嗟に地面に腹ばいになりやり過ごすと、自分の頭上を通り過ぎたその右腕を、立ち上がりながら全力で押す。

「おおおおおおっ!?」

 押されて予定以上に進んだ右腕に均衡が崩れ、カピロは腰を捻った体制のまま背中から地面に倒れて後頭部を打つ。

 ここで致命傷を与えられるような武器や技がアーダーにあれば、シヴはそれを出す前に止め、アーダーの勝ちとしただろう。しかし、今のアーダーにそれは無い。

「絶好なんだがなあ。」


「いちちち、いやすげえな。まるで幻術にでもかかってるみたいだぜ。」

 頭をさすりながら立ち上がるカピロ、傍観するアーダー。

「すいません……。」 

「謝るのは癖か兄ちゃん? 男が謝っていいのはな、仕事に失敗した時と仲間を護れなかった時、それからかみさんを怒らせた時だけだぞ。」

 したり顔でアーダーに説教をするカピロにシヴが横槍を入れる。

「闘技場ぶっ壊した時もだろうが!」

「細けえ事はいいんだよ!」

 やり取りが聞こえた観客からは笑いが起こり、カピロはむすくれる。


「……ふふ、あははは! カピロさんっていい人ですね……。」

「おうよ。魔族にはよ、【羽根が小さい奴は優しい】って言い伝えがあんのよ。見てみろ俺の羽根、小せえだろ?」

 カピロがアーダーに背中を見せる。折りたたまれた羽根はカピロの体躯の大きさと相まって確かに小さくも見えるが、そもそも大小の違いなどアーダーにはわからない。


「なんて言うか、その……。よくわかりません。すいません。」

「謝んじゃねえって。まあいいや、とにかくよ、兄ちゃんはもうちょい自信持っていいぞ。」

 アーダーは目の前の敵に褒められ、認められた事で嬉しくなり、照れる。

「あ、ありがとうございます!」

「いいっていいって。じゃあよ、俺は今から本気出すから、兄ちゃんも本気でぶつかってきてくれ、恨みっこなしだ!」

 そう言ってカピロが魔力を練り始める。

 もうアーダーの目に迷いは無く、真剣な眼差しでカピロを見る。


「あっ! あの馬鹿!」

 シヴは何かに気付きアーダーの後方へ走った。


「よーし! いくぜエルフの兄ちゃん!」

 カピロは両手を組んで天を突くと、力任せにそれを振り下ろした。地面に叩き付けると魔力の波が地表を蛇行して走り、アーダーに向かう。

「!!」

 アーダーはその波の中の僅かな安全地帯を巧みに移動して躱すが、これは飛び道具、カピロに手出しが出来ない。

「まだまだあるぞおお!」

 右拳、左拳、そしてまた右拳。次々と地面を殴り、魔力を走らせるカピロ。


(地面にいちゃ駄目だ! もう避けられなくなる!)

 アーダーはやむなく跳ぶ。しかしこれは追い詰められた末の誤った判断だった。

「よっしゃ馬鹿野郎!」

 カピロは右足を大きく上げ、渾身の力で闘技場を踏み砕く。

「ぅぐふっ!」

 地面を走っていた魔力は下からの衝撃に押されるように垂直に天へ伸び、無防備のアーダーの身体を弾き飛ばす。


 伸びた魔力に幾度も身体をぶつけながら落ちて来るアーダーを、カピロが受け止めた。

「よーし生きてんな! よく耐えたぜ! なあ審判! ……審判?」

 カピロはアーダーを抱えたままシヴを探すが、目に入ったのは闘技場の端で殺気に身を包み、悪鬼のような眼でカピロを睨む暴力の化身だった。

「……あ、やべ。何にも考えてなかったわ。」


 シヴはカピロの技を以前見た事がある。それが観客席に及ぶ事を予想し、先回りしてすんでの所で全て弾き返していた。

 一息に距離を詰めると、シヴはアーダーで手がふさがり無防備なカピロの頭に拳骨を落とす。

「ふごっ!」

 痛みと衝撃で両膝を付くカピロだったが、アーダーを落とす事はしなかった。

「ふざけんなてめー! 観客を巻き込んだら敗けにするっつっただろーが!」

「すまん! 忘れてたんだ勘弁してくれ!」

「勘弁なるか! お前の敗けだ!」

「そんな事言うなよ! なっ?」


 その時、シヴとカピロの問答を無視して銅鑼の音が会場内に響き渡る。

「第二回戦の勝者はカピロ選手!」

 オサモンは拡声器で、カピロの勝利を宣言した。

「おいオサモン! ふざけてんのか!」

 宣言をした後、すぐにオサモンはシヴ達の元へ駆けつける。

「ふざけてはいません、カピロ様は故意に観客を狙ったようには見えませんでした。あくまでシヴ様は流れ弾を処理しただけという事で。」

「は? なんだよそりゃ、それが通るなら何でもありに……」

 シヴがオサモンにそう言い掛けた時、カピロの腕の中のアーダーが口を開く。

「シ、シヴさん……。僕からもお願いです、カピロさんの勝ちに……。」

「何だよお前さんまで、調子狂うぜ……。」

 呆れて開いた口がふさがらないシヴに向かって、アーダーは言葉を続ける。


「僕の父さんは僕が幼少期に亡くなりましたが、カピロさんが少し父さんに似てて嬉しかったんです。」

「こんな無駄な筋肉の塊からお前さんが生まれたってのか?」

「見た目じゃなくて、その、何ていうか豪快な性格とか。口が悪いのに本音は相手を気遣ってる所とか……。」

「パパだぞ息子よ! 大きくなったな!」

 突然カピロは涙目になりながらアーダーを抱きしめる。人情話に対しての防御力は皆無に等しいのがカピロの弱点であった。

「何やってんだお前さん達……。」

 完全に毒気を抜かれてどうでもよくなったシヴは、観客が無事だったのならとオサモンの采配を受け入れた。


「今回だけな、次は何があろうと素人に手を出した時点で敗けにする。覆すんなら俺は審判を降りる、わかったか。」

「わかりました。」

 オサモンに釘を刺したシヴは、闘技場の中央へ戻っていく。

 カピロの手から救護班にアーダーが渡され、カピロは観客の声援に応えながら控室へ消えていった。

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