色々手続きします⑥
頭を掻きながら登場した男と、メイド服の女。男の方は見るからに40歳は超えてそうな顔なのだが、王都の若者がするような格好で、日焼けをした肌は不自然なまでに黒い。対象に歯と白目が際立つくらい白いのが印象的だ。真面目そうな家具屋の店主からはこれが弟だとは想像できない、もしかしたら代わりに来た従業員とかだろうか。
「いやーどうも、兄貴から聞いて急いで来たんすけど、結構待たせちゃった感じすか?」
……見た目から言動までチャラいこのおっさんが、店主の弟で間違いないらしい。
「いえ、そこは別に。それより後ろの方なんですが……。」
間違いなく、さっき役所の前でこちらを見つめていたあのメイドだ。シヴ達の話ではアサシンらしいが、なんでここに? まさか誰かを始末しに来たのか? ていうかそもそもアサシンなんて勘違いなんじゃないのか?
「あ、なんか出来るメイドを探してるって聞いたんで、うちで一番優秀な子連れてきました。はい、自己紹介して。」
メイドはスッと前に出て来て会釈する。
「初めまして、私、ローランと申します。お見知りおきを。」
ローランと名乗るそのメイドは、首を斜めに傾けてニッコリと微笑んだ。
「シヴ、どう思う?」
「どうって何がだ?」
「何がだ? って……、アサシンなんだろ?」
小声でシヴに確かめてみるも、素っ頓狂な返事しか返ってこない。
「一体どういうことだよ、さっきはあんなに警戒してたじゃないか。」
「ん、ああ、どうもな、あちらさん俺達に危害を加える気がないのは本当みたいだな、さっきの好戦的な気配はねーや。」
「俺から見たらさっきと変わらないんだけど、もうちょっとわかりやすく頼むよ。」
キイが見かねてそっと近付いて教えてくれる。
「好戦的な気配とやらはワシにはわからんが、さっき会った時は間違いなく大量に武器を仕込んでおったのじゃ、それこそ身体中にビッシリとな。かなり濃い鉄と火薬の匂いがしておったからの、間違いないじゃろう。」
獣人程ではないが、エルフも鼻が鋭い。
「今は全く匂わんし、おそらく何も暗器は持ってないじゃろう。仮に小さなナイフや徒手空拳で来たとしても……、こちらが負けるとは思えんのう。」
つまりはローランが喧嘩を売って来そうな気配をシヴは察知していて、キイは武器の匂いと隠し方でアサシンだと当たりを付けていたって訳か。
「いかがされました? 何かお気に障りましたでしょうか?」
ローランが訊ねてくるが、微笑んだまま表情は一切変わらない。
と、唐突にチャラ男が何やら紙を取り出してこちらに見せる。
「これ契約書っす、署名お願いします。」
何だこいつは……、商売が下手過ぎるというか、あまりにも雑過ぎるだろ。まだ出会ってから挨拶しかしてないし、そもそも優秀な人材連れて来てなんて一言も言ってないぞ、そりゃ優秀な方がいいけど。
「いやいや、まだ何にも話してませんよね? 何でもうローランさんを雇うって決めちゃってんですか?」
「え? 違うんすか? あれ、おかしいな、大体ローラン見たらみんな即契約くれるんですけど。」
「じゃあ何でそこにローランさんがいるんですか……、契約してる家があるんでしょう?」
そもそもメイドってそんな契約なのか?住み込むもんだと思ってたけど。
「違うんすよ、うち奴隷商とかじゃないんで、売買は出来ないんすよ。だから色んな能力持った人材を? 派遣して? とかそんな感じなんす。今ローランは三軒掛け持ちしてますね、二日ずつ行ったら一日休んでるんす。」
「それ仮にうちに来たら休む暇なくなるじゃないですか……。」
「あ、大丈夫っすよ、もうすぐ一軒契約切れるんでそこは。ていうかお互い気に入れば、うちの人材と直接契約してもらって、完全に自分とこ用のメイドにしてもらっても大丈夫っすよ。それなら奴隷売買にならないんで。そん時は他の契約者に払う違約金だけは払ってもらってるんすけど。」
何となく読めたな、ローラン本人にしろ他の人材とやらにしろ……。そうやって他に契約者が居る体にしておいて、雇い主に取り入り契約させる。違約金で儲けた後、ローランが始末してまた他の家に……、を繰り返して私腹を肥やしてるって訳だな。
「その手には乗りませんよ、そのとぼけた感じもすべて演技ですよね? そうやって悪事を働くのも今日限りにした方があなたの為ですよ。」
俺は目の前の馬鹿なチャラ男を装う極悪人をビシっと指さして言ってやった。決まったかな、今までどれだけの人が殺されてきたのかわからないが、それはもうどうしようもないだろう。きっと証拠を残さないようにうまくやって来ただろうから、明るみに出る事のない完全犯罪なのは間違いない。しかし、今日この瞬間から止めさせることは出来る、これ以上罪を重ねないと言うなら、俺は見なかった事にしてやろうと思う。
「???????」
極悪人め、真実を悟られたと知って目をぱちくりさせて混乱しているな。
それを表情一つ崩さず見ていたローランが、何かに耐え切れなくなったように笑い出した。
「うっ……、フフ、フッ……、ンフフフフフ……、無理無理……、ドゥエフ……。」
「え? 何々、どうしたのローラン、ちょっと説明して? わけわかんないよ、今の流行りのギャグとかなの?」
極悪人が更に挙動不審になる。
「あー、いえ、デフッ、そちらの方、は、ですねえっへへ、ひどい勘違いをしているみたいで、すいませんお水いただけますか?」