気にしていた事①
鼻をくすぐる紅茶の香りに目が覚めた。ベッドで上半身だけ起こして窓の外を見ると、気持ちの良い快晴だとわかる。
昨晩はシヴが闘技場内にある自室に戻った後、セバスさんにキイの女王時代の話を聞かせて貰った。代わりに俺達と行動を共にし始めてからの話をしてあげたりして、それなりに面白い夜になった。
「アレン様もお召し上がりになりますか?」
「いただきます。」
セバスさんはすでに身支度を終えていて、寝ていたベッドもそのまま次の客を通せる程綺麗にされている。起き抜けに用意された温かい紅茶、俺には断る理由がない。
「あの二人はずっとああして起きていたんですか?」
入り口の左右に立つミームの側近二人は、昨夜のままそこに立っていた。
「交代で仮眠は取っている筈です。ご心配なきよう。」
なんだそっか、それなら安心。……とはならないよ。警備にしたって過酷過ぎるんじゃないか。
「試合が開催されている間は非番として自由を与えておりますから、そのようなお顔をされなくても大丈夫でございますよ。」
顔に出てたか、心情を見透かされてしまった。まあ俺達が外出したらお勤め終わりっていう話なら体調は心配無さそうだな。
「会場では警護しないんですね、側近なのに。」
「寝ている間程無防備ではありませんからねえ。」
そんな簡単な話なのかとも思うが……。まあセバスさんが常に傍にいるし、多分俺達も一緒にいるから側近の二人にはゆっくり休んで欲しい。
「ユニライト公爵は起こさなくていいんですか?」
貿易の要になる人物はユニライトさんという。どうもまだ起きて来る気配は無い。
「どちらにせよ彼は大会を見学する事は無いので、これから来る多忙な毎日の前に寝られるだけ寝かせてあげれば良いでしょう。」
ああ、そうなんだ。ユニライトさんは予選も見ていなかったのか。
「それよりそろそろ集合の時間になります。食堂の方へ参りませんと。」
「えっ、もうそんな時間ですか? すぐに準備するんで少し待ってください。」
のんびり紅茶飲んでる場合でもなかったな。
出来るだけ急いで支度をして部屋から出ると、外で待っていてくれていたセバスさんとローランが挨拶をしている場面に出くわした。ローランは昨日みたいに俺を呼びに来てくれたんだろう。
「おはようございますアレン様。よくお休みになられましたか?」
「おはようローラン。中々楽しかったよ、知らない話がたくさん聞けた。そっちは?」
「ふふ、純潔乙女の会となりました。」
「……?」
何を言ってるのかよくわからないが、表情と声の感じから向こうも楽しかったんだろうってのは分かる。
「女性陣はもう食堂に居るんだな?」
ローランが迎えに来ている時点でそうだろうとは思うが。
「ミーム様が中々御目覚めになられませんで苦労は致しましたが、現在は皆食堂に移動しております。」
「陛下が寝坊しない日は良くない事が起こる。とまで言われておりますからね。」
そう言ってセバスさんは微笑んだ。毎日大変ですね……。しかしその迷信を信じるなら今日は悪い事が起きる日じゃないって事だな。
食堂に移動して皆と合流すると、妙ににやついたミームが俺を見てくる気がする。
「何か付いてるか?」
「いえ、特におかしな箇所はありませんよ。」
こっそりローランに聞いてみたが答えは得られなかった。気がする程度の物を気にしても仕方ないか。
朝食は出来合いの中から食べたい物を自分で皿に取る方式だったので、席を立とうとしたらローランに止められた。
ローランはキイの後ろに移動しながら言う。
「キイ様がまだ選ばれておりませんので、ご一緒にどうぞ。」
「なっ!?」
エヌと一緒の皿から料理を食べていたキイが素っ頓狂な声をあげる。
「そうなのか? てっきりエヌの皿にキイの分も乗ってるのかと思ったけど。」
エヌが一人で食べるにはちょっと多い感じがする。
「そうだよー、キイさんと一緒に食べようねって選んで……あれ!?」
見間違いだろうか、さっきまで皿の上にあった料理が随分減ったように見える。エヌも自分の目を疑っているみたいだ、皿の様な目で皿を見ている。ミームはローランに向かって親指を立てているし、一体何があったんだこいつら。
「何でもいいけど早く食事は終わらせよう。ほら、キイもまだなら一緒に行こう。」
「う、そ、そうじゃな。一緒に選ぶのじゃ……。」
「?」
料理が沢山並んだ厨房の前に向かう途中一寸振り返ってみたが、ミームとローランが何故か握手をしているのが見えた。随分と一晩で仲良くなったものだな。
「何なんだあれ? 昨日何があったんだ?」
「それは言えぬがワシも手を焼いておるのじゃ……。」
教えてくれないのか。まああの二人が組んでるんだ、ハバキが同調してないって事は下らない事なんだろうな。
「キイも大変だな、同情するよ。」
「うむ、出来ればワシは一人部屋が良いわい……。いや、エヌをあやつらに任せてはおけんが……。」
キイがぶつぶつ言っている。
「あ、そう言えばさ、昨日セバスさんにキイが女王だった頃の話を色々聞いたよ。」
「特に面白いものでも無いじゃろう。」
「そんな事無かったよ、俺の知らないキイが知れて良かった。」
そう言うとキイが無言になる。見ると顔を赤くして少し俯いていた。聞かれたくなかったのかな、怒ってるのかもしれない。
「ご、ごめん、変な話は聞いてないから! セバスさんも歴史に残る名君だって言ってたし……。」
そう言うとキイが顔を上げて、無言で皿に料理を盛り始めた。やっぱり怒らせたみたいだ、居ない所で自分の話をされたからか。気まずい。
どうにも話しかけ辛いのと、手持無沙汰なので俺も黙って料理を選ぶ。すると、キイが俺の皿に野菜を置いた。
「肉ばかりでは駄目よ。野菜も食べないと。」
「は?」
え、誰これ。