決勝前夜③
食事も済んでコゲパンさんと別れた俺達は、宿に戻ってハバキ達と合流した。
ミームも交えて宿に併設の酒場で、今日の部屋割りを決めようという事になったので、準備を済ませてから酒場へ向かう。
部屋には御者の人が先に戻っており、事情を話したらこの部屋でいいと言うので不参加という事になった。
さらに、トールさんは誰かと約束があるからと部屋から出て行ったらしいので不参加、この部屋はトールさんと御者の人で使ってもらう事になるかもしれない。
酒場についたが席はほぼ全て埋まっており、軽く店内を見渡してもあいつらの姿は見えない。俺が一番乗りなのか他の皆が諦めて移動したのかはわからないが、後者ならローラン辺りが教えに来ると思うんだよな。
「あ! アレンさーん!」
いきなり名前を呼ばれて驚いたが、声のした方を見ると俺に手を振るトールさんがいた。派手な上着は脱いでいて、遠目からじゃわからなかったよ。
「トールさん何してるんですかこんな所で。」
「待ち合わせっす。」
トールさんがそう言いながらどうぞと手振りをしてくるので、取り敢えず遠慮なく座る事にした。
「待ち合わせって誰と……?」
「俺達だ。」
背後からこれまた聞き覚えのある声が。
「ドルフ!」
「久しぶりだなアレン。」
思わず立ち上がりながら振り返ると、ドルフと今日出場していた獣人の選手達が居た。ピーニャは居ない。
「あれ? ピーニャは?」
握手を求められたので、返しながらドルフに聞く。
「ピーニャはノノと一緒だ。あまりに他人が寄ってくるものでな、部屋から出る気は無いそうだ。」
ああ。まあコゲパンさんですらあんな状態だったからな、女性で本戦出場者ともなると大変だろうな。
「お前の事は王から聞いている。王の命を救った英雄だ。」
そう言って他の獣人からも握手を求められる。悪い気はしないけど英雄まで言われると少し照れくさいな。
「もう一人の英雄は来ていないのか?」
もう一人? ああ、多分シヴの事だろうな。あっちは俺と違って本当に英雄扱いされててもおかしくない。
「一応シヴも来る予定なんですけどね。何やってんだろ。」
「シヴさん達ならあの扉の向こうにいるっすよ?」
突然トールさんが衝撃的な事を言い出す。え? 皿洗いでもさせられてるのか?
「いや、なんか店員さんに案内されてたすけどね。」
「トールさんは何も聞いてないんですか?」
「自分には気付かなかったみたいっすね、キイさんかミームさんかわかんないすけど、店員さんがへこへこしてたっす。」
それだ! 女王がいる事忘れてたよ。要人用の部屋があってもおかしくないよな……。
「こんなところに居たんですかアレン様。」
俺だけ何も知らされてなかった事に少し凹んでいると、いつの間にかローランが後ろに立っていて優しく声を掛けて来る。俺はどれだけ簡単に後ろを取られるんだ。
「ローランそういう事は先に言ってくれよ、俺だけ教えてくれないなんてひどいぞ。」
「申し訳ありません急だったので。お呼びしに向かったのですが丁度入れ違いになってしまいました。」
そういう事なら仕方ないか。忘れられてた訳じゃ無いならいいんだ。
「そうだローランはまだ会った事無かったよな? こっちが例のドルフだよ。」
丁度いいからローランにもドルフを紹介しておこう、いつか遊びに来るかもしれないし。
「アレンの所の使用人か? 私はドルフだ、よろしく頼む。アレンには随分世話になった。」
「お初にお目にかかりますドゥルフヴァンシュタイン様。ローランと申します、以後お見知りおきを。」
ローランが少し緊張しているような気がする。やっぱり相手が王様ともなるとローランでも身構えるものなんだろうか。
いや、トビーとキイとミームの顔がちらついたが、王族くらいでびびるような性格じゃないよな。
「とにかくアレン様、皆様お待ちですのであちらへ。」
「え? ああ、うん。」
ローランについて移動しようとしたが、ドルフ達を置いていくのもなあ。折角会えたんだし。
「扉の向こうは狭いのか?」
「いえ、要人用の部屋ですからそんな事はございませんよ。例えばドゥルフヴァンシュタイン様と獣人の皆様方が入られても一切問題は無いかと。」
「わかってるじゃないか。」
メイドの立場で誘うのは変なので、俺が言い出すのを待っていたって事かな。
「という訳なんだ。向こうに個室があるらしいんで皆で話さないか?」
「ああ、そうしよう。お前達も構わないだろう?」
獣人達も俺の提案に頷いてくれる。
「では基本的にはどうでもいいですが、トールさんも連れて行きましょう。」
「ローランちゃんひどくない?」
「ひどくありませんが?」
相変わらずローランはトールさんに厳しい。周りで飲んでる他のお客さんに後ろめたいのか、トールさんはローランの後を慌てて追いかけた。
「アレン、あの使用人だが……。」
「うん?」
少し離れて後ろを歩く俺達。ドルフが小さく俺に話しかけて来る。
「かなりの量の火薬を持っているな、それに隙も無い。」
「あ、ああ……、メイドはメイドなんだけど特殊な事情があったりなかったりで……。」
流石にこんな所でアサシンも出来るんだよとか言えないしなあ。
「そうか、言いにくいなら深くは聞かないでおこう。」
「今度ゆっくり話すよ。」