決勝前夜①
シヴに案内してもらって会場の外に出たが、未だ周囲は人でごった返していた。
ハバキはミームと貿易の話を詰めたり、他の貴族や何かにも用事があるというので、申し訳ないと思いつつも残して来た。まあ興味の無い社交に付き合う訳にもいかないしな。
「これだけ人が居たらどこの飲食店もいっぱいだろうな。」
何しろ宿の部屋が取れないくらいだからな、宿で食事をする人も当然居るだろうが。
「ああそれなら問題ねー、選手が優先して飯が食えるようにテーブル押さえてある店が何軒かあんだとよ。大会は選手が主役だからな。」
人気のある選手が店に来たとなれば盛り上がらない訳はないからな、オサモンさんが持ちかけたのか店側が持ちかけたのかは知らないが。
「審判ならおるが選手はおらんぞ?」
キイが当たり前のことを言う。そんなのシヴも特別に……、ってオサモンさんが手回ししてくれてるに決まってるじゃないか。
「あ? そういやそうだな。」
何も考えてないだけだった。
「流石にあれだけ観客からの支持を受けていたのですから、あっさり敗退された選手よりシヴ様の方が受け入れられるのでは?」
「うん! おじ……お兄さんかっこよかったよ!」
ローランとエヌの擁護が入るが、まあ言われてみれば常に闘技場の上に立っていたんだからな。間違いなく一番他人の目に触れてるのはシヴだ。
「おう嬢ちゃん、ありがとな。俺はどう見てもおじさんだからよ、変な気使わなくていーぜ?」
「うん! かっこよかったのは本当だよ!」
シヴがエヌの頭に手を置いているが、どう見ても人さら……、やめとこう。
「どう見ても誘拐犯じゃな。」
「やかましい! 親子とか気の利いた事言えねーのかよ。」
俺が飲み込んだ言葉をあっさり言い放つキイ。しかし親子はちょっと無理があるぞシヴ。
「まあその話は置いといてよ、飯屋の店員は試合なんか見てねーと思うぞ。」
そういやそうだな、全てとは言わないが予選の間も店は開いてた筈だ。
「じゃあどうやって選手って判断するんだ?」
「そりゃおめー、参加証が配られてんだよ一応。店には選手名簿も回ってる筈だしな。」
「八方塞がりじゃな、まあ普通に並べば良いだけの事じゃが。」
そりゃそうだ。ナインハルトでも呼んで来ればとも思ったが、予選落ちならまだしも明日も出場する選手と審判が一緒にいちゃまずいか。
取り敢えず町中をぶらついて、美味しそうな店があれば入ろうという結論になったので、俺達は露店のある大通りの人混みを避けて散策する。
と、向こうの方で人だかりが出来ているのが目に入った。その中央には見覚えのある人が居る。
「コゲパンじゃな。」
「うん、凄い人気者になってるね。」
沢山の人に囲まれ握手をねだられてたのはコゲパンさんだった。
闘技場を破壊した魔族と正面から堂々組み合っていたその姿に、感動した観客も少なくなかったんだろう。普通だったけど目立つのは上手だったからな。
「こりゃいい、もう負けてんだからあいつなら大丈夫だろ。」
シヴはそう言ってコゲパンさんにずかずかと近付いて行ったかと思えば開口一番。
「探したぜ、悪いが手続きに不備があったから一回会場に戻ってくれ。」
「え? え? そうなんですか?」
コゲパンさんは唐突に現れたシヴに挙動不審気味だ。
しかしこの先はシヴも予想出来ていなかったようで、周りの人達の方がシヴに気付いて大いに盛り上がる。
「おい審判じゃねえか!」
「あんたは闘ってくれないのか?」
「なああんた前に大会に出てたよな?」
「握手してもらっていいですか?」
コゲパンさんの人気を根こそぎ奪ってしまったが、シヴは実に面倒臭そうな顔をしていた。
「うるせー! まだ仕事中なんだ勘弁してくれや。」
シヴがそう言ってみたものの、周りは一切取り合う気が無いみたいだ。
「そんな事言わずにちょっとくらいいいじゃないか。」
「そうだそうだ、注目してやってんのに!」
「支持者を大事にしないやつは駄目だぞ!」
「明日から応援してやんねーからな!」
好き勝手言われててこっちが笑ってしまう。
「応援は選手にするもんだろーが!」
そう言いながらシヴはコゲパンさんの手を取って、急いでこちらにやってくる。まるで囚われの姫を救出した王子様だな。違う所と言えばお姫様が巨体のおっさんで王子様が汚いおっさんという事くらいだ。
「あ、皆さんお揃いで! どうもお久しぶ……。」
「いーからさっさとここから離れるぞ!」
コゲパンさんが俺達に気付いたが、シヴは歩を緩めずに建物の陰に急いで身を隠した。勿論俺達も後を追う。
「いやー面倒だなありゃ。オサモンが外出を推奨しない訳だぜ。」
「シヴ様、手続きの不備というのは一体……。」
「ああ、ありゃ嘘だ。」
「う、嘘……?」
訳が分からない展開にコゲパンさんは困っている。
「いや、一緒に飯でもどうかと思ってよ。」
「え……? は、はい! 喜んで!」
あの日は謝罪しようとした瞬間に気絶させられたし、今日は覚えてないって言われてがっくり来てたし、まさかシヴの方から食事に誘って来ると思ってなかったのか余程嬉しいらしい。
「アレン様……。」
「どうしたローラン改まって。」
「その、何と言うか……。シヴ様がガルボニー様の手を引いて来られた時から思っていたのですが……。」
「うん。」
言いたい事は分かるよ。正直ここだけ見たら俺も気持ち悪い。
「シヴ様は男色の気がおありなのですか……?」
「あるか馬鹿!」
「つうっ!」
俺にこっそり耳打ちしていたローランの声を聞き取ったのか、シヴが即座にローランに拳骨をした。
「いえその、私は差別等致しませんよ? むしろそういうのも夢があっていいなあ、とおも……ぃひんっ!」
ローランはもう一発殴られた。まあシヴにも原因はあるけど、しつこくその説を続けたローランも悪いから放っておこう。