予選⑩♦
足場の悪い中十試合目が行われたが、十試合目に相応しく魔族に獣人、それに人間の実力者達が集められており、舞台は混沌としていた。
獣人が悪い足場を逆に利用して縦横無尽に動き回れば、魔族は空中でそれを躱す。射程外に離脱した獣人を無視して魔族の攻撃が人間を襲うが、それを盾で受け止めた人間の剣が間髪入れずに襲い掛かる。すでに離脱者を数名出しながらも一方的な蹂躙などは無く、観客の応援にも力が入る。
「おうおう、こりゃいい試合だわ。」
シヴはしばらく続いたまともとは言えない試合と打って変わり、いかにも闘技大会然とした試合内容に安堵していた。
人間の剣を何とか凌いだ魔族が地に足を付けた瞬間を見逃さず、獣人が好機とばかりに速度と体重の乗った体当たりを行い、その肩を魔族の背にぶつける。
魔族の羽根は付け根で曲がり、激しい痛みに耐えながらも何とか戦闘態勢は維持する。しかし、空を失った魔族は本来の力を出せず、人間と獣人両方の攻撃を凌ぐ事は出来ずにやがてくずおれた。
「よく戦ったな、すぐに診て貰え。」
なおも戦闘を続ける獣人と人間に巻き込まれないよう、シヴは魔族を抱えて全力でその場を離脱した。
「治し方が分からなかったら他の魔族を呼んでやんな、多分人間の骨折と同じだと思うけどよ。」
救護班にそう伝えながら魔族を担架の上にうつ伏せに寝かせてやったシヴは、すぐに振り返り試合の行方を見守った。
獣人の素早い動きに翻弄されながらも、ギリギリの所で何とか対応していた人間にかなりの疲れが見える。しかし、獣人の方も常に全速力で駆け回っている為、その動きに陰りが見え始めていたのも事実だった。
「おおおおおおおっ!」
残った人間の内の一人が大きな盾を脇に構え、槍を前に突き出したまま獣人の方へ向かって行く。獣人はその槍の上に手を添えて空中へ飛ぶと、回転しながら槍使いの頭頂部に踵を落とした。その衝撃に気を失い、槍使いは白目を剥いて勢いそのまま前方に倒れ込む。
獣人の着地と同時に残った人間の剣が獣人を捉えたが、分かっていたかのように地に伏せて躱す獣人。その体勢から全身を使い一気に前方に撥ねると、喉を目掛けて牙を剥き出す。
次の瞬間、獣人の顔は吹き出す返り血で真っ赤に染まった。
「はいお前さんの敗け。熱くなり過ぎだ、頭冷やせ。」
獣人が食らいついたのは剣を持った人間の喉ではなく、差し込まれたシヴの腕だった。
苦しい戦いに晒される内に理性が鈍り、獣人は半ば本能で闘っていたのだが、狩りの本能が向かう先は相手を殺す事。
獣人はシヴの血に濡れた腕を見て理性を取り戻すと、すぐに謝罪した。
「気にすんな、これしか間に合わなかっただけだからよ。流石にだんびら差し込むわけにゃいかねーからな。」
腕ではなく愛剣で同じ事をすれば、獣人の方が只では済まなくなる。咄嗟の判断でシヴは自分の腕を犠牲にした。
「お前さんは勿論反則負けだが、試合じゃなくて勝負ならお前さんの勝ちだったな。」
シヴは獣人にそう言って、顔だけ振り返り剣を持った人間を見る。
「お前さんはどう思う?」
喉を食い破られるのをシヴに助けられたと痛感し、剣を鞘に収める人間。無言でシヴに礼をすると獣人に手を差し出す。獣人は戸惑いながらもその手を握り返した。
何処からともなく拍手が鳴り始め、十試合目の選手達を称える拍手は会場全体へと波及する。
「第十試合目は勝者無し! しかし、大会史に残る名勝負でしょう!」
オサモンの声が響き、残すところは第十一試合のみとなった。
ここまでに勝ち残った選手は十六名。
シヴは救護班に促され、腕の治療の為選手達と一緒に救護室へ向かう。
審判の負傷を手当てするまで大会は中断と宣言し、オサモンは手当てを受けながら選手名簿を見つめるシヴの元へ来ていた。
「これを半分にすんのか、忙しそうだな。」
「支障があるなら十一試合だけ明日に回してもいいかと思いますが。」
「問題ねーよ。一瞬俺の腕が視界に入って怯んだんだろ、おかげ様で切り傷と大してかわんねー。咬み千切る前に我に返ってくれたから助かったぜ。」
「もしかすればあのまま腕を咬み千切られていたと?」
シヴは目だけで顔をしかめるオサモンの方を見ると、呆れたように笑って選手名簿に視線を戻す。
「んなわきゃねーだろ、あいつを殴らずに済んだって意味だよ。」