予選⑧♦
事態を飲み込めた観客達の罵声を浴びながら、オサモンは闘技場に居るシヴの元に戻ってくる。
「どういうこった、これでいいのかよ?」
「構いません。その力が故意ではないのなら、利用するつもりで行った事なのか相手を思いやっての事なのか判別がつきませんから。」
「くだらねえ、わかっててやったに決まってるじゃねーか。」
「そうかも知れませんね。しかし我々にそれを証明する術はない、違いますか?」
建前ではそう言うが勿論、オサモンもニイルが故意に魅了の力を利用したからこその現状だという事は理解している。しかし、ニイルには華がある。ピーニャと並んで明日の本戦を盛り上げるには打って付けだと思われた。
「あの魅了、瞳を見ても防ぐ事が可能ですよね?」
シヴはニイルと睨み合っていたのに魅了されていなかったのだから、体質等と言い出さなければ間違いなくその方法はある筈だとオサモンはシヴに尋ねる。
「ああ、ありゃあ最初から分かってりゃ心構えが出来るからよ、かかる迄に少し時間がかかるんだわ。気合いで持ち堪えるか、無理そうなら痛みを自分に与えりゃいいだけよ。あとは女にはきかねーな勿論。」
不意に目が合えば一瞬で恋に落ちてしまうのだが、知っていればそのかかりは緩やかになるとシヴは言う。
「わかりました、残った選手達にはそう伝えましょう。」
「何回もかかってりゃ耐性が出来るんだがよ、まあ今からそれする訳にもいかねーわな。」
「いえ、十分ですよ。本戦に進む選手達に精神力で劣る様な方は居ないでしょう。」
「だといいがな。」
あくまで自分の役割は死者を出さない事。シヴはそう考え、オサモンの決定にこれ以上異は唱えない。
「ニイル様、この魔術? と呼んでいいのかはわかりませんが、これは痛み等で解かない限り永続するのですか?」
観客の中に被害者が出れば面倒な事になるので、大事になる前にとオサモンはニイルに確認した。
「私を見ずに七日もすれば解ける。」
「そうですか、ではむしろ好都合ですね。」
多少観客に魅了される者が出ようと、ニイルへの声援が増加するだけだとわかり、オサモンは口角を上げた。
「まあこいつがお前さんの勝ちだって言うなら俺から言う事はねーよ、とっととはけちまいな。」
「もう戻らなきゃいけないの? つまらないんだけど。」
ニイルはシヴに追い返されるように控室へと戻るが、明日もこの場所に居られると知ってからは上機嫌だった。
オサモンはニイルを見送ってから、他の選手の棄権を知らせに来たオサモンの部下へ指示を出す。
「今のを聞いただろう? すぐにこの事を残った他の選手と関係者へ知らせろ。但し観客への説明は必要ない。」
「き、貴族様達にもですか?」
「試合中にわざわざ上の席等見ないだろう、目が合わなければいいだけだ。万が一があればすぐに近くの者が処置をするように指示しておけ、拳骨程度で治るようだ。」
ニイルの方から目を合わせようとでもしない限りは、二階より上の席の客に影響が出るとは考えにくいが、絶対に無いとは言い切れない。それでもこの力が知れ渡ってしまえば余計な争いを招くと、オサモンは隠匿する事にした。
「終わっちまえば知りませんでしたって言い張るつもりかよ。」
「ええ、選手からお偉い方々に漏れた所で構いません、最高責任者である私はニイル様の能力を知りませんから。」
不敵な笑みを浮かべてオサモンはそうのたまった。
「それから、前倒しになるが次の試合はすぐに始める。第九試合目の選手は準備が整い次第入場するように併せて伝えてくれ。」
「わ、わかりました!」
オサモンの部下はすぐに控室へと走り去った。
観客の止まらない罵声の中、オサモンは拡声器ですぐに次の試合を始める事を事務的に伝えると、選手達を待つ。
九試合目の選手達が現れ始めると、うるさかった観客の声が少しずつ小さくなっていった。
(やはり魔族への恐怖心は消えませんか。)
観客の罵声が止んだ理由は闘技場に並ぶ者達の中に魔族が二名居たからで、魔族とはいえ見た目は可憐な女性であったニイルとは違い、その威圧感に圧倒されているのがオサモンにも伝わる。
「よー魔王様殺し、ニイル様と添い遂げる気になったか?」
魔族の一人がシヴの肩に手を置いて笑いながらそう語り掛ける。
「んなわきゃねーだろ。つーか魔王生きてるだろうが、滅茶苦茶言うんじゃねーよ。」
シヴはその手をはらいながらぶっきらぼうに返した。
「いやいや、魔王様は冷戦が終わってから趣味の珍品集めにばっかり精を出しててよ、昔の魔王様は死んだようなもんだよ。」
「そりゃ悪かったな、平和が気に入らねーなら直接魔王に言えばいいだろ。」
「悪いとは言ってないだろ? 今の甘ったるい世界も気に入ってるんだぜ俺達は。魔王様も生き生きしてるしよ。」
魔族全てとは言わないが、今まで触れなかった文化の流入により、今の平和を結果として是とする魔族が大半を占めているのは事実だった。そして、趣味で様々な珍品・名品を集めている魔王タイラーこそが一番その恩恵を受けていた。
「まあ多分魔王様はもう戦争なんかする気は一切ないと思うぜ、安心しな。」
「始めやがったらまたぶん殴りに行くだけだ。」
「おっと、それ魔王様に言うんじゃねえぞ? 冗談通じねえんだから戦争始めちまうだろ。」
シヴの顔に指を差しながらそう言って、魔族は列に戻って行った。