予選⑦♦
ミームだけではなく、身内と呼んで差支えの無いような者達が勢ぞろいしている中で、食事を終えたシヴとオサモンは雑談もそこそこに闘技場へと引き返す。
「言葉は悪いですが、ただのクロウだと思っていたシヴ様の交友関係に少し驚きました。」
エルフの女王姉妹に、元王国騎士団の大領主。やはりシヴは只者ではないのだとオサモンは感心していた。
「くだらねえ。偶々だよ偶々、そんなかたっ苦しそうなのと俺の方から関わり合いになるか馬鹿。」
「そうですか。」
実際権力者にわざわざ自分からすり寄って行くようなつもりは一切なく、知り合った者が偶然権力者だったというだけの事ではあるのだが、縁というのはあるものだとオサモンは思った。
闘技場に戻り、八試合目の選手達を待つ二人。しかし、時間になっても一向に選手達は現れない。
代わりに現れたのはオサモンの部下の一人で、血相を変えてオサモンに駆け寄る。
「何かあったのか?」
オサモンが部下の男に尋ねると、男は息を切らせながら返した。
「そ、それが、は、八試合目の選手がニイル様以外全員棄権を……。」
「なんだって!?」
魔王の娘、ニイル。そのニイルを残して九人が棄権したという。
「やりやがったなあの馬鹿……。」
シヴが入場口に目を向けると、悠然とニイルだけが闘技場に歩いてきているのが視界に入った。
「どういう事ですか? ナインハルト様とタロス様の試合で怖気づいたとでも?」
「ちげーよ、むしろあれのおかげで魔族ともやり合えるって分かった筈だ。」
「では何故?」
オサモンは不測の事態に困惑していた。が、一方で大会の進行を練り直している冷静な部分を失わずにいるのも事実だった。
「シヴ、やっと逢えた……。」
闘技場に上がったニイルがシヴの前で微笑む。
「やっと逢えたじゃねーよ、他の奴はどうした。」
機嫌の悪さを隠そうともせず、シヴは腕を組んでニイルを睨む。
「別にどうもしてない。面倒だから休んでてって命令しただけ。」
「え?」
シヴは表情を崩さないが、オサモンが素っ頓狂な声を上げた。ニイルの命令を聞いて他の選手は休んでいるという、自分の理解が及ばない話を聞いてオサモンは思わず声を上げる。
「シヴ、勝者に口付けを。」
「するか! おいオサモン、魔力で他の奴らを出させなくするってのは有りなのかよ。」
「魔力で? そんな事が出来るのですか?」
シヴがオサモンにニイルの能力を話さなかったのは、このような使い方をするとは思わなかったからだ。しかし事実として使ってしまったのだから、伝えなかった自分にも責任の一端があるような気がしていた。
「こいつの目を見てみろ。」
シヴはニイルの頭を掴み、その目をオサモンに向ける。オサモンの目とニイルの目が合い、オサモンは恋に落ちた。
「ああ、ニイルさ……」
「目ぇ醒ませ。」
オサモンがニイルに手を伸ばそうとしたところで、シヴがオサモンの頭に軽めに拳を落とす。
「痛つつ……、はっ? えっ? 今のは……?」
痛みで我に返ったオサモンは、手で瞳を隠されたニイルとシヴを交互に見て、信じられないといった表情を浮かべた。
「こういうこった。どうすんだ? 反則にしていいのか?」
「私はどっちでもいい。シヴが明日も近くで見られるなら。」
「あ? そうなったら出禁に決まってんだろーが。」
「じゃあ私の勝ちにしなさい、そこの人間。」
オサモンはニイルの能力を身をもって体験し、控室で何が起きたのかを理解する。
ここで二つの道がオサモンの頭に浮かんだ。
「今シヴ様が仰ったように、反則としてニイル様抜きで再試合を行う事は勿論可能です。」
「そうすっか。じゃあお前さんの敗けだな、大人しく帰……」
「お待ち下さい。ニイル様の能力は故意に発現させているのですか? 今の流れでは止められないだけという風にも考えられたのですが。」
わざわざシヴがニイルの顔をオサモンに向けて目を合わさせた行動が、オサモンは腑に落ちないでいた。自ら望んで操作が可能であれば、そうしたところでニイルが拒めば何も起きずに終わる話だ。
「いや、故意にじゃねえ。こういう体質なんだよこいつは。」
シヴの言葉を聞いてオサモンは微笑む。
「でしたらこの試合はニイル様の勝ちとします!」
「は?」
「それでいい、あなた使える人間ね。」
オサモンはシヴ達を置いて急いで闘技場から降り部下に指示を出すと、拡声器に手を掛ける。
「予選第八試合は、九名の棄権によりニイル様の勝利!」
オサモンの宣言がなされたが、会場に訪れたのは静寂だった。