予選を見学します③
「え! すごいじゃん!」
さっきまでつまらなそうに見ていたミームが興奮して叫ぶ。
「セバス、何教えたのあれ!」
今闘っているエルフはアーダーという名前らしいが、そのアーダーが散々闘技場を逃げまわって笑い者になった後に、唐突に対峙した相手を投げ飛ばして勝利した事で皆驚いていた。
「徒手空拳について書かれた本が沢山ございましたので、初心者でも比較的理解できそうな技をいくつか見繕って読み聞かせました。」
「本から得た知識だけで……、凄い。」
俺が言葉通りに受け取って感心していると、キイが横から肘でつついてきた。
「そんな訳ないじゃろうが……。」
キイを見た俺に小声でそう言ってくる。そういえばよくわからないけどミームにはセバスさんが強い事は隠してるんだっけ。じゃあセバスさんが普通に教えただけか……、いやそれでも凄いけど。
「やるじゃないセバス! 地震が起きるくらい叩き付けてたわよ! ちょっと揺れたもん!」
ないない、死ぬよそんなの。
「今のはアーダー本人の力を殆ど必要としません。その上相手の力を利用する事で威力が上がるので、彼には丁度良いかと思いまして。」
「うんうんそうね! そう言う事よ私が言いたかったのは!」
多分半分以上聞いてないなこの人。
まあ何にせよ期待が持てるな。その後もシヴに何か言われてから、気が重そうに闘ってる選手達に近付いて行ってからまだ一発も攻撃を貰っていない。
「随分と避けに関しては達者じゃな。」
何だかんだキイも自国の選手への愛はあるんだろう、少し嬉しそうだ。
「ええ、彼にはただ一点飛び抜けた才能がありましてね。」
「ふむ、それが回避の巧さじゃと?」
「極々僅かな殺気でも敏感に感じ取る事が出来るのですが、何処を狙われているのかまで無意識に察知しているようでして。」
「ほう、名の売れた武人の中には稀におるが……。」
世の中にはそんな奴がいるのか。自分がやってる事は先読みと反応速度だ、って昔シヴが言ってた事があったけど、それとはまた違うのかな。
「恐れながら時間が足りませんでしたからね。とにかく相手の攻撃を避ける事、相手の力を利用する事。この二点に絞って訓練しております。」
まあ数日で身体の大きさを倍にしろってのも不可能だからな、仕方ない。
「えー? じゃあドカーン! バキーン! って自分から出来ないって事?」
よくわからないが、ミームは目を引くような派手な技を期待してるのかな。今のセバスさんの話しぶりから察するに、そういう事が教えられる段階までいってないんだと思うけど。
「ええ、あんな事やこんな事、勿論そんな事も出来ません。」
「うわー、地味ねえ。」
それ以前に、今ので会話が成立している事の方が恐ろしいんだけど……。
アーダーさんはセバスさんの言う通り、制限時間が来るまで直撃は勿論の事、防御すらする事無く無傷で勝ち残った。たまに相手に足を引っかけて転ばせたりはしていたが、大きな決定打を持たない為、本当にただ残っていただけという印象だ。
結局第六試合は後半放っておかれたアーダーさんと、最後まで熾烈な闘いを繰り広げていた二人の、合わせて三人が残った。
ミームはあれだけ興奮していたのに【ドカーン】や【バキーン】が無いのはやはりつまらないみたいで、セバスさんに今すぐ何か教えて来いと無茶を言っていた。それを華麗に受け流しているセバスさんを見ていると、二人の関係性が見えて来て面白い。
続く第七試合はカローニという人が勝った。何か前回優勝した凄い人らしく会場は盛り上がっていたが、俺を含む周りの人間は誰も興味を持たずに終わった。ハバキだけは「流石だ」とか「上手いな」とか言っていたが。