予選⑤♦
「剣の腕も達者なギルドマスターはまあ少なくはありませんが、まさかあれほどとは思いませんでした。」
「まあな。」
「しかも聡明であの見た目、観客の中にも早速ナインハルト様の虜になった方が随分といるようで。」
明日は表向きは非公式だが賭けも行われる。賭博自体は御法度ではないが、八百長と騒がれては面倒なのでオサモンは関わっていない体を取っているのだが、すでにナインハルトに賭け始める者が多く出て来ている、しかも大多数が女性だという報告はオサモンの耳に入っていた。
「依頼が増えてくれりゃ何でも構わねーよ。」
そういった話には興味を示さないシヴだったが、是か非で言えば、ギルドが賑わうのなら是としてそれ以上は何も言わなかった。
入場する六回戦の選手たちの中に、エルフが一名混ざっているのがシヴの目に留まる。
「ああ、あいつは六試合目だったな。」
先日シヴがエルフの国で選んだ男はアーダーという。セバスは他言無用と念押ししたうえでアーダーに稽古をつけたが、時間の制約もあったので教えられた事は少ない。
セバスの実力は不明だが、短い時間でどんな搦め手を仕込んで来たのかとシヴは少し期待していた。
「一応調べたのですが、兵としての経歴は短いようです。今回唯一のエルフの参加者なので余程の猛者なのか、それとも形だけ参加しているのかまではわかりませんが……。」
貴族達にとっては、他国や他地方の上流階級の者達と繋がりを持つという、試合以上に大事な事がある。選手の応援という名目があれば、煩わしい約束を無視してそれが叶う絶好の機会となるので、実力が伴っていない者が予選に捻じ込まれているのも事実だった。
「そんな小賢しい真似するような女王様じゃなかったな、つってもあいつが猛者って事もねーからどうなるかはわかんねーがよ。」
「はあ……。」
またシヴの知っている選手か、とオサモンは自分の読みが働かない事を覚悟する。
試合が始まると、アーダーはすぐに他の選手達から距離を置いた。これはどの試合でも誰かしらが取る行動なのだが、試合前から怯えて挙動不審になっていたアーダーはすでに数名から目を付けられており、追われる身となる。
「逃げんじゃねえ!」
「ひいっ!」
闘技場の上で逃げまわるアーダー。観客達はその情けない姿を見て、怒りを通り越して誰からともなく笑いが起きる。
「ふへへへ、何だよありゃ。じゃあ何で出たんだよ! ってな。」
「あんな情けない奴もいるんだな、さっきの試合とは全然違うじゃねーか。」
「かけっこ世界一を決めてんじゃねーぞ兄ちゃん!」
観客達の野次が飛び始めてもなお逃げ続けるアーダーに対して、無駄な体力を使うくらいなら後回しで良い、と追うのを諦める選手も現れ始める。やがて追ってくる者が一人になった所で、アーダーは逃げるのをやめた。
「はあ……、観念したか、この野郎。」
「してません……。」
結構な距離を走り回った為、肩で息をしている追跡者。対してアーダーは全くその素振りがなかった。
「まずは一人目だ!」
追跡者の剣がアーダーを襲う。しかしアーダーはそれを全て躱していく。
「どんだけ往生際が悪いんだよ!」
尚も剣を緩めず追跡者はひたすらにアーダーに斬りかかるが、どれも空を切るばかりで当たる気配がない。
「も、もうやめましょうよ、ね?」
「うるせえ!」
馬鹿にされたと感じた追跡者は更に熱くなり、掴みかかろうと左手を開いて伸ばす。
「うわあっ!」
アーダーは頭を押さえその場に座り込んで躱したが、空振りした勢いで追跡者はアーダーの上に覆いかぶさるもその勢いは止まらず、そのまま地面に頭を打ち転がる。
「何やってんだあいつら……。」
「絶対笑わせに来てるよなあれ。」
「腹痛い。」
観客席から大きな笑い声が上がり、アーダーは照れて後頭部を掻いて立ち上がった。
しかし追跡者の方は怒り心頭でアーダーを睨みつけながら立ち上がると、何も言わずに剣を構えて再び襲い掛かる。
アーダーは剣を握る追跡者の手首を取ると身を翻し、背中を追跡者の腹に押し当てながら投げ飛ばした。
「すすすすいません! 痛かったですか!?」
アーダーは慌てて追跡者に声を掛けるが、強かに背を打った追跡者は呼吸が出来ずに苦しんでいる。
「はいお前さんは敗退。」
シヴが追跡者を引き摺って救護班に引き渡すと、それを心配そうに見ていたアーダーに声を掛ける。
「試合中だろーが、自分の心配しやがれ。ほれ、残った他の奴らがお前さんを見てるぞ。」
「ひっ!」
まさか実力を隠していただけだったのかと他の選手がアーダーに狙いを定めたが、当の本人は慌てふためくだけ。
「執事の爺さんを信じてちゃんと闘ってこい。」
シヴは呆れながらアーダーを鼓舞した。