魔族襲来
門を潜り馬車を指定された区画に停め、馬を預ける。
シヴが来たら知らせるように言われていたのか、懐かしい人が俺達の元を訪れた。
「オサモンさん?」
「お久しぶりですねお供の皆さん。」
オサモンさんは闘技大会で優勝したシヴが、俺達をお供として従えていると思っている。別にどうでもいいので否定をしなかった結果、誤解は解けないまま今でもそう思っているようだ。
「約束より遅れちまった、許してくれや。」
「いいんです、こうやって来てくれましたから。」
シヴは本当は昨日到着する約束だったらしい。というかオウルの癖に勝手に約束するなよ。
その後、オサモンさんはハバキとナインハルト、そしてキイにも挨拶を済ませ、会場で打ち合わせをしたいとシヴを連れて去って行った。本当なら昨日の内にゆっくりやりたかったんだろうけど。
ナインハルトも選手専用の宿舎へ案内されて向かう。
「ここからは私がご案内致します。」
オサモンさんから指名された兵隊さんが、俺達の前に来て敬礼をした。……んだが、そのまま空中を見つめたまま固まっている。少しずつ周りの人達もざわめきだした。
「アレン、最悪じゃぞ。」
キイも空を見ているので、つられて俺も空を見上げる。
「うわ、シヴの嫁じゃないか! 嘘だろ……。」
羽根を広げ空中に居たのは、数名の魔族達。そしてその中央には魔王タイラーとその娘。元許婚のタロスも居るな、見た事はある気がするが他は知らない。
「おい、あの魔族を知っているのか?」
ハバキが俺達にそう確かめて来るが、ハバキはあれを見た事がないのか。
「なんだ、てっきり知ってるかと思ったよ。あれが魔王タイラーだよ、横に居るのはその娘のニイル。」
「あれが……。何と禍々しい。」
和平が結ばれて、友好的な魔族は他種族の世界で生きたりもしているが、まだまだ魔族が近くにいるというだけで恐怖感で委縮してしまう人は少なくない。それどころか魔王本人が空中に浮かんでいるのだ、どういう出方をしてくるのか不安で仕方無いだろうな。警戒するのも無理はない。
「やはり皆、タイラーの方に気を取られておるようじゃの。」
「そりゃそうだろうな、問題はニイルの方なんだけど……。」
あの魔族の中の誰かが出場するんだろうが、そうなるとここで受付をしないといけない。まだ俺達には気付いていないみたいだが、当然これから下りて来るという事だよな。
「逃げるか?」
「そうじゃな、それが一番良い。」
ハバキに取り敢えず害は無いと説明して、眠っているエヌをおぶったトールさんに手招きをする。ローラン、それに名前は知らないけど御者の人は部下としての自覚があるから勝手に付いてくるだろう。
トールさんが傍まで来たので、俺は未だ空を見上げて固まっていた兵隊さんに案内を急かした。
「も、申し訳ありません。出場するとは聞いていたのですがつい冷静さを欠いてしまいました。」
無理もない事だと思う。むしろあれがそのまま上空から襲って来ないとは限らない……、と考えるだろうしな。
「いいんですよ、それより案内を……」
「どこに行くの?」
この声は……。
「アレン、遅かったようじゃぞ。」
「みたいだな……。」
振り返ると地面から少し浮いた状態で、腰に手を当てたニイルが俺達を見下していた。その後ろにタロスが居るが、タイラー達が来る気配は今の所無い。
「シヴはどこ? 一緒じゃないの?」
「シヴは審判だから会場に行ってるよ。」
「そう……、じゃあ今の貴方達と話しても無価値ね。」
相変わらずシヴ以外には興味が無さそうだ。
「こ、こんな綺麗な魔族の人も居るんすね……。」
「アレン、トールが見てしまったようじゃぞ。」
しまった、トールさんに注意するの忘れてたな。
「確かに容姿は端麗ですが……。」
そう言いながらトールさんを見るローランだが、まだ気付いてないみたいだな。
「よかったらうちで働かないっすか……? ていうか是非自分とお友達に……。」
「生まれて初めて見ました、トールさんの一目惚れ。」
そんな「野生動物の滅多に見られない珍しい行動を見る事が出来た」みたいな言い方しなくても。
「いや、あれがニイルの能力なんだよ。目を見た異性は魅了されちゃうんだ、多分トールさんは目が合っちゃったんだと思う。」
「なんと便利な、私も欲しいですその能力。」
「あってもつまらないだけよ、あげられるならあげたいわ。」
ニイルがローランに答えた。自然に会話に参加してるんじゃないよ、こうなるから面倒だったんだ……。
「早くここから離れてくれよ、兵隊さんが魅了されちゃうだろ。」
「わかってる、シヴが居ないんじゃ意味ない。」
ニイルは羽根をバサリと羽ばたかせると、そう言い残して上空に浮かんで行った。
「ああニイルさん! どこ行くんすか!?」
「失礼。」
空を仰ぐトールさんの前にタロスが立つ。そして、おもむろに頬を引っ叩いた。
「ブえっ!?」
トールさんは衝撃で変な声を出したが、エヌが無事だから問題ない。
そのままタロスは一礼をすると、上空に昇って行った。
「ああやって一回痛い思いすれば解放されるんだよ、意識して魅了してる訳じゃ無いし、効力はそんなに高くないみたいなんだ。」
「ますます便利ですね……。」
ローランが何を考えているのかよくわからない。
とにかく、また降りて来る前にとっととこの場を離れよう。