疑似師弟♦
アレン達が昼食を取り始めたその頃、シヴとナインハルトは森の中を伸びる整備された道を走っていた。
ナインハルトが前を走り、魔物が出れば一人で立ち向かう。シヴはそれを後方から見ていて、魔物が倒れれば反省点、改善点を伝えながらまた二人は走り始める。それを繰り返していた。
「シヴ様なら先程の攻撃はどう対処されますか?」
「仮に俺がお前さんと同じ得物なら前に飛ぶ。」
「前に? 懐に入るのですか?」
「いやちっと違う、後ろに下がれば仕切り直しになるだろ? 横じゃあれは避けらんねえ。お前さんは剣で受けたが、あれを受けるくらいなら繰り出して来る前に踏み込んで右手すっ飛ばせ。そうすりゃ勝ちよ。」
走りながら説明するシヴは、身振りをまじえて理想的な剣の動きをナインハルトに見せる。
「しかし奴の右手にはさして予備動作がありませんでしたよ?」
「あったよ馬鹿、右手じゃなくて左の肩が一瞬前に出ただろうが。」
常人には到底伝わらないが、ナインハルトはこの説明で理解できる力量があるとシヴは見ている。そしてまた、期待に応えられるだけの才能がナインハルトにあるのも事実だった。
「なるほど……。あれから右手の攻撃に連動しているというのは咄嗟に判断できませんでした。」
「俺だってわからねーよ。だがよ、自分に置き換えてみたら次に出来る動作が絞れんだろ? まああいつが俺達と同じ五体だから当たりがつけられるんだがよ。」
「は、はあ……。」
虫や異形の魔物ではなく、熊のような魔物。身体の作りが同じなので動きが予想出来る筈だとシヴは言う。
その後も同じ事を続けながら、二人は森を駆けた。
「よし、一旦休憩だ。ローランに貰った弁当があるから、それ食おう。」
シヴがナインハルトを止めて、切り株に腰掛ける。ナインハルトはそれを確認すると、武器の手入れを始めた。
「何やってんだお前さん?」
「何……、と言われましても。走りながらではできませんので、シヴ様の食事の間に手入れを。」
「弁当はお前さんの分もあんだよ、わかるだろ普通。」
「何というお心遣い……。」
ローランがシヴに渡した弁当は二人分。ローランはアレンを乗せて馬車からはぐれるつもりだったので、予め弁当を包む風呂敷を分けていたのが幸いした。
「うまいな。」
「ええ、ローランさんの料理が毎日食べられるようになりませんかね。」
シヴはそれを聞いて固まる。
「……? どうかなさいましたか?」
「どうかなさいましたってお前さん、ローランに惚れてんのか?」
今度はナインハルトが目を見開いて固まる。何故そうなるのかと必死で考え、すぐに自分の失言に気付いた。
「ちがっ、違います! 今のはそういう意味では無くて、ローランさんが食堂でもやってくれたら毎日食べに行くのもやぶさかではないという意味で!」
「焦り過ぎだろ、冗談だよ。早く食っちまえ。」
「くっ……。」
おちょくられていた事に歯痒さを覚えながらも、ナインハルトは何故か頭に浮かぶ部下の顔に困惑していた。
弁当を食べ終わり、森を抜ける風を楽しみ始めると、シヴはナインハルトの剣を拾い上げまじまじと見る。
「手入れは確かに行き届いてるな、性格が出てるぜ。」
「ええ、使わなくなって久しいですが。」
「いや十分だろ。世の中にゃ相棒の鞘すら雑な奴もいるからな。」
ハバキによって生まれ変わったアレンの剣を思い出しながらシヴは言った。
「お願いがあるのですがよろしいでしょうか。」
「なんだよ。」
「シヴ様の黒剣、見させていただいても構わないでしょうか?」
「ああ、構わねーよ。」
シヴは背から愛剣を外し、差し出す。受け取ったナインハルトは、まずはその重さに驚いた。
「……これをあんなに軽々と。」
ナインハルトは立ち上がり構えてみるが、両手で持てば振り回すくらいならまだしも、まともに型の一つでもこなす自分の姿は想像できないでいた。
「俺ぁ親父が嫌いでな。親父の真似するのだけはごめんでよ、ガキの頃から身の丈に合わねーもんにばっかり手ぇだして来たんだ。」
「剣聖様のお姿を拝見した事はありませんが、どのような物でも剣であれば使いこなすと聞き及んでおります。」
ナインハルトがそう言うと、シヴは笑い出す。
「はははは……、んな訳ねーだろ。そりゃ尾ひれも背びれも胸びれも付いてんな。」
「違うのですか?」
「親父は確かに何握らせてもその辺の奴よりは上手く使えるが、そりゃあそこで修行してる奴らにゃ珍しい話じゃねーんだ。」
シヴはナインハルトの剣を空中で振る。羽虫が一匹、二つに分かれて地に落ちた。
「親父が得意なのはこういう奴よ。こんな細っせー剣一本でよ、どんだけ打ち込んでも力が殺されちまう。親父にゃ全く当たらねーが、向こうは小さく小さく確実にこっちに傷をつけて来る。いやらしいったらねーぜ。」
「似た武器を使うのなら、私の到達点は剣聖様……、という事になるのでしょうか。」
黒剣と自分の剣を交換しながら、ナインハルトはシヴに尋ねた。が、シヴは首を振る。
「あんなつまんねー奴になるんじゃねえ。」
それだけ言ってシヴは愛剣を背に掛ける。
「よし、次の休憩は夕方な。それまでは俺が前を走るから、今度はお前さんが見学だ。」
「はい!」
まだ聞きたい事はあったが、失礼に当たるかもしれないという事、先を急ぐ旅でもあるという事を鑑みて、ナインハルトは何も聞かずシヴの背中を見ていた。