監査室の女♦
ヒルダに続いてギルドの監査室に入ったキイは、不機嫌そうに依頼書をめくるヒルダを見る。
「何か不満でもあるのかの?」
依頼書から視線を外さず、ヒルダは答える。
「別に。仕事はきっちりやるわよ。」
とは言いつつも、知り合いの下着を今から確かめるというこれからに対する不満が、その声にはっきりと表れていた。
「はいじゃあ一つ目から順に読み上げるから、その中から同じ物を出してくれる?」
「わかったのじゃ。」
キイは風呂敷を開け、その中身を大まかにいくつかの山に分け、床に置いた。
ヒルダの読み上げた物を探し、テーブルの上に置くと、ヒルダが依頼書に〇を付けていく。それを繰り返していく中で、面白くなさそうにしていたヒルダが身を乗り出した瞬間があった。
「何じゃ、続けぬのか?」
「いえ、それ可愛いわね。」
そう言ってヒルダが指差した下着を、キイは持ち上げる。
「これかの? 欲しいのか?」
「冗談でしょ、あんたのお古なんて気持ち悪い。」
装飾は気に入りはしたが、これらは要は実家から持ち込んだ衣類。好みの物でも他人の身につけた物を貰うなんて、と、あからさまに嫌な顔をするヒルダ。
「いや、ここにあるのは殆ど着た事は無い物じゃが?」
「どうだか。」
鵜呑みにはしないが、もしそれが本当なら買い取ってもいいかな。そうヒルダは思案する。
「その嘘でワシに利があるとは思えんのじゃが。」
「それもそうね。」
わざわざエルフの国から持ち込んだ自分の下着を、嘘をついてまで他人にあげようという変人。流石にキイがそこまでとはヒルダも思っていない。
「言い値でとまではいかないけど、常識の範囲内なら買い取るわ。」
「こんなのもあるんじゃが。」
キイは別の下着を取り出しテーブルに広げる。そしてこれもまた、ヒルダの好みに合致した。
「あらこれもかわいいわね。あなたこういうのが好きなの?」
「いや、貰い物じゃよ。ワシの好みではないから使っていなかったのじゃが……、折角新しい気持ちでここに住む事にしたのじゃ、食わず嫌いもやめてみようかと思っての。」
その後も、下着に限らずいくつかヒルダの気に入る物があったのだが、そのどれもがミームからキイへと贈られた品であり、ミームとヒルダの好みが似ている事にキイは内心で驚いていた。
(ミームに贈る物は今後ヒルダに選ばせるとするかの。性格は合わなそうじゃが……。)
ミームにヒルダを会わせる事があったとして、常に怒りに震えているヒルダと、そんなものどこ吹く風と挑発を続けるミームの姿しか頭に浮かばないキイ。
「何よ?」
思わずヒルダの顔を見つめてしまっていたが、ヒルダのその一言で我に返る。
「いや、気に入ったのなら全てお主にやろう。好んで着てくれるのならワシも嬉しい。」
「あんたに借りなんて作りたくないわ、買うわよ。」
「構わんがワシは元女王じゃぞ? お主に払えるかのう……?」
眉を片方上げ、わざと憎たらしい表情を作ってキイはヒルダを見る。
「んなっ!? 何よそれ、馬鹿にしてんの?」
咄嗟に手が出そうになるが、ヒルダは堪えてそう返した。
するとキイは微笑み、ヒルダの気に入った服を集めてテーブルの脇に置く。
「冗談じゃよ、からかい甲斐のある奴じゃ。」
「はあっ?」
一度堪えたばかりのその手をやはり出してしまおうか、と悩むヒルダに睨まれるが、キイは意に介さない。
「まあワシもこれがいくらするのか知らん、友達になった記念にやろうと言っておるのじゃ。」
「いつ私とあんたが友達になったってのよ!」
「何じゃ、ワシはとっくにそうじゃと思っておったがの?」
「そんな訳! ……くも、ないけど……。」
実はヒルダもここ数日でキイと過ごした時間は楽しかったのだが、自分の勘違いの喧嘩から始まっている関係性なので、いまいち素直になれなかった。
「よく聞こえんのじゃが?」
対してキイはその心情は見通しており、また、キイ自身もいずれは気の置けない友人として付き合っていきたい、そう願っての行動だった。
「わかったわよ! 友達になってあげるわ、でもとっくにじゃない、今日からよ。あと服くれるから仕方なくよ。」
「いいじゃろう、お主の友情は金で買えるのじゃな。」
これは皮肉ではなくキイなりのお礼なのだが、ヒルダはキイもまた、素直じゃない部分があるのだと理解する。
「はー……、ほんとあんたいい性格してるわ……。」
「ワシは嬉しいがの。」
ご満悦のエルフと、後に無二の親友となる人間の監査作業はその後も続き、シヴの仕事が達成条件を全て満たしていると判断された。
依頼料の残りをキイがギルドに支払い、そこから手数料を抜いた報酬がシヴに支払われる。
「あんた達馬鹿なんじゃないの?」
その無駄にヒルダは呆れるばかりであった。