昼食を食べます
「もうすぐ昼食が出来るようじゃぞ。」
「わかった、ありがとう。」
「な、何じゃその血は!?」
ハバキのおかげで剣が綺麗になったので、何となく庭で久しぶりに剣の鍛錬をしてみたが……。鞘がこれまでのがばがば仕様じゃないせいで、何度も収める時に手を斬ってしまった。
「いや、慣れなくてね。こう、スッ……、って収めたら格好良いと思うんだけど。」
「殊勝な事をしておるかと思えば……。下らぬ練習をしおって。」
キイは呆れている。まあ当然と言えば当然なんだけど。
「見えない速さで抜いて、見えない速さで斬って、見えない速さで鞘に収める……。格好良いじゃないか。」
要はシヴに聞いたココノエさんの立ち回りなんだけど、自分にも出来るかもしれないと思ってしまったのだから仕方ない。
「アサシンはそもそも得物を出来る限り隠して標的に近付くのじゃ、お主が普通に戦うのなら最初から抜剣しておいた方がいいに決まっておるじゃろうが。」
「え、そうなの?」
てっきり軌道が読まれない為とかそういう狙いがあるのかと。
「まあ折角長きに渡り剣聖と寝食を共にしておるというのに何一つ興味を示さなかったお主が、こうして形だけとはいえ剣の鍛錬をしておるというのは良い事ではあるがの。」
「そうだろ? まあ意味があるかって言うと余り無いんだけど。」
クロウも廃業予定だし、今後は危険な事にはあまり近付くつもりもないからな。
「まあ良い、シヴに見られて冷やかされなくて良かったの。」
「俺が手を斬る度に、お腹押さえて笑いを堪えるシヴの姿が目に浮かぶよ。」
鞘に付いた血を拭き取りながら、キイと家に戻る。窓を開けてテーブルを見ると、そこにはたった今噂をしていたばかりのシヴが座っていた。
「よう、早く座れよ腹減っちまった。」
シヴは俺達を見て椅子を指差す。
「なんじゃお主、今戻ったのか?」
キイはいつもの場所に座りながらシヴに言う。
「ああ、依頼の品はちゃんと持って帰ったけどよ、おまえさんいくらなんでもあの内容は先に言ってくれや。」
シヴは苦虫を噛み潰したような顔でキイにそう返した。
「依頼ってキイの服だろ? 今更下着くらいで文句言うとも思えないけど、変な物が混ざってたのか?」
俺も椅子に腰掛け、横槍を入れる。
「馬鹿野郎、数が問題だよ数が。ナインハルトと監査室にババアの下着丁寧に並べて観察してるとこ想像してみろや。」
その組み合わせならまあ確かに……。想像したらちょっと……、いやかなり気持ち悪いな。
「誰がババアじゃ。まあよい、後でワシが検めに行くとしよう。」
「そうしてくれ、向こうも受付の姉ちゃんに担当させるって言ってたからよ。」
ヒルダさんとキイが下着並べてる姿も、それはそれで何やってるんだこの人達って感じがするけど。
「お主も見たければついてくるかの?」
想像している事を察知したのかキイが俺にそう言って来るが、ここで「はい」って答えたら下着が見たいだけみたいになるじゃないか。
「いや、遠慮しておくよ。それよりいい匂いだな、今日は何だろう。」
話を逸らして、この部屋の台所で最後の仕上げをしているローランの方を見る。ローランはそれに気付いて俺の顔を見ると微笑んで、料理を運び始めた。
「丁度出来上がりました、暑い時はこういう物がよろしいかと思いまして。」
俺達の前に置かれた麺料理には、今日も早朝から買い出しに行って来たという海産物が具として入っている。指先で皿を触ってみると、皿自体がひんやりとしていた。
「お、何だよ涼しそうじゃねーか。」
冷製麺か、さっきまで庭で稽古してて汗をかいてるから嬉しい。
「少し酸味を強くしております、さっぱりとお召し上がりになれるかと。」
ローランはそう説明しながら、小さな皿に盛られたサラダを置いて行く。冷たく冷やした紅茶を俺とキイに、シヴには琥珀色の酒を差し出してから、姿勢を正して壁の前に立った。
「だからそれはもういいって。わざとやってるだろ?」
呆れる俺にシヴが聞いてくる。
「なんだ、まだやってたのかよこれ。」
「そうなんだよ。」
ローランは毎回、一緒に座って食べろというまでテーブルに付こうとしない。
「解雇じゃな。」
「ひえっ、すみません。」
キイのその一言で謝って、すぐに椅子に座る。どこかの宗教は食事の前に感謝と祈りを捧げるとか聞いた事があるが、我が家も毎食この流れを繰り返しているので、最早食前の儀式のようだ。しかしキイもローランも楽しんでいるのか、少し口元が緩んでいる。
「くっだらねえ、馬鹿なことやってねーでさっさと食え。」
そう言うシヴも、呆れながらも楽しんでいる風に俺には見えた。かくいう俺もこの流れは嫌いではないんだけど。