剣聖の旅⑧♦
「じゃあ、その闘技大会ってやつが終わったらいくわね~。」
「伝えとくよ、じゃあな。」
アレン達を降ろしたのと同じ場所でシヴを降ろして、アレンへの言付けを残して火龍は空に消える。
川を越えて草原を抜ければもう自分の町だ。シヴは軽く筋を伸ばすと、すぐに町へと向かう。助走も無く川を飛び越え、草が生い茂る中をものの数分で走り抜けると、出発前に準備運動をした場所へと到着した。
(さて、先にギルドが筋だよな。)
まずは依頼の達成が最優先だと考えたシヴは、ギルドへと向かう。
ギルドの前ではいつものクロウ達がいつものように酒を飲んでいたが、最後に見かけた時とは違い、何故か全員髪を剃っている。
「あっ、シヴさん!? もうエルフの国から帰って来たんで!?」
クロウの一人がシヴに気付いて声をあげ、シヴは右手をあげて挨拶を返す。
「よう。お前さん達依頼もねーのにまだここに居やがったんだな。」
「妙にここは居心地がいいもんで。幸いまだ金はありますし。」
「まあ好きにしな。で、その頭はどうしたんだ?」
「それが聞いてくださいよシヴさん! ヒルダさんとキイさんが練習試合したんですがね、それを応援していただけでヒルダさんから剃られっちまいまして……。」
キイの名前が出た事にシヴは驚いたが、本人から直接聞けばいいだけなのでこの話題にはあまり興味を見せなかった。
勿論このクロウ達の頭髪は今エヌの頭に付いているのだが、クロウ達もシヴもまだそれを知らない。
「まあ似合ってるんじゃねーか? なめらんねーように見た目で威圧すんのも大事だと思うぜ?」
「え、そ、そうですかい?」
会話を切り上げる為の適当な誉め言葉に照れるクロウの男。他の男達もお互いの頭を見ながら満更でもなさそうにする。
「まあゆっくりな、じゃ。」
「あっ、待ってくださいよ!」
まだ何か言いたそうな男に呼び止められ、眉を寄せながら顔だけ向けるシヴ。
「何だよ、まだ何かあんのか?」
「アレンさんが刺されたらしいじゃないですか、傷は大丈夫なんで?」
「はっ?」
単に暴漢にでも襲われたのか、それとも痴情のもつれか……。どちらにせよ刺された事に驚きはするが、傷の心配が不要なのはシヴもよく知っているので、男が心配しているそこは別にどうでも良かった。
「シヴさんがただもんじゃねーってのは知ってましたが……、いやまさかアレンさんも凄腕だとは思いもしませんでしたよ。」
質問に答えないでいると、他の男がアレンを【凄腕】だと言う。
「……どういうこった? あいつが自慢話でもしていったのか?」
基本的にギルドがクロウやオウルの情報を開示する事はない。但し、特例がいくつか存在する。
クロウの男は紙を一枚取り出してシヴに渡した。
紙には徹底通達と書かれ、そこには範囲全領土という文字、そしてこの町の名称。ギルドに付けられている識別番号と管理するギルドマスター、すなわちナインハルトの名前が書かれている。
「借りるぜこれ。」
そう言ってシヴはその紙の続きを見ながらギルドの中へ足を踏み入れた。
そのままナインハルトの執務室へと進み、合図もせず中へと入ると、壁沿いに置かれた椅子へと座り足を組む。
「まさか五日でお戻りになるとは思いませんでした。」
口ではそう言ったがナインハルトのシヴへの信頼は厚く、特に疑いの気持ちは無かった。
「うん、それよりこれなんだけどよ。」
シヴは一通り目を通した紙を顔の前に掲げ、ナインハルトへ見せる。
「ええ、徹底通達等滅多に出る物ではありませんが……。凄腕でもかなり上位に入っている方ですからね。」
「ここまで歩きながら読んだけどよ、こいつはギルドが勝手に書いたのか?」
超高難易度とギルドが判断した依頼を達成したり、これまでに稼いだ報酬の合計が高い者は、ギルド内で【凄腕】と呼ばれる位置付けになり、本人だけに知らされる。
勿論自分がそれを他人に自慢するのは自由なので止めはしないが、襲われる危険性が増すだけなので、ギルドがわざわざそれを発表するような事はない。
「いえ、キイ様から正式に訴えられた為です。」
「ああ、そういう裏があったか。」
徹底通達には、襲った犯人の事が細かく載るのは当然なのだが、襲われたアレンの情報も書かれてある。
「まだ他のギルドへ流してはいませんから、ご希望なら差し止めますが?」
「いや、俺もこれは表のハゲに貰ったもんだし、もう止めらんねーだろ。それに、あいつがここにいるって広まるのは都合が悪い訳じゃねーから大丈夫だ。」
「例の尋ね人ですか。」
「そういうこった。まあ凄腕ってばらされると物好きが見に来るかもしんねーし、名前使う奴が出て来るから面倒なんだけどな。」
名を売らないように気を遣うシヴの懸念は尤もだ。だが現在は違うとはいえエルフの国の元女王であり、次の女王でもあるキイに訴えられては、ないがしろにも出来ないというナインハルトの立場もシヴは理解した。
「こいつの事はまあいい。それより依頼を片付けて来たんだ、検めてくれ。」
「では別室へ。」
ナインハルトとシヴは立ち上がり、棚と机以外何もない、監査室と呼ばれる大きな部屋へ行く。ナインハルトは依頼内容の書かれた紙を棚の上に広げ、シヴは持ち帰った風呂敷を机の上に置いた。
「これが手紙の納品証明な。」
シヴは胸元からミームの印が押された紙を取り出し、ナインハルトへ渡す。
「確かに。では、その荷物とこの依頼書の内容を照らし合わせましょう。キイ様はおよびしますか?」
「いや、いいだろ直接納品って書かれてねーし。」
「そうですね。ではまず一つ目…………、いや、うーん……。」
「何だよどうした?」
「その、やはり私共が勝手にするのはまずいのでは……?」
「なんだよころころ態度変えやがって、ちょっと見せてみろ。」
シヴはナインハルトの手から依頼書を取り、書かれた一つ目の品に目をやる。そこから目線を流していくと、途中で固まった。
「ああ、なるほどな……。こんな部屋で男二人が女の下着並べて真面目な顔する訳にもな……。」
「ええ、万が一途中で他の職員が現れたらと思うと。」
依頼書には早い段階で下着類の特徴が羅列してあった。衣類百着というので、当然あるだろうとは思っていたが、結構な数に二人は驚く。
「……よし、預かっといてくれ。後であいつ連れて来るからそん時で頼むわ。」
「それが賢明ですね。こちらも私ではなくヒルダにやらせましょう。」
シヴはギルドを後にし、我が家への道を歩く。
歩きながら、ドルフに行商人と間違われた事を思い出していた。
(あそこで開いて見せなくてよかったぜ……。とんだ変態扱いされるとこだ。)
屋敷に近付くにつれローランの料理の香りが鼻をくすぐり始め、シヴの腹の虫が鳴く。
五日間の一人旅が終わった。