ハバキの沙汰②♦
ローランからの手紙には、事の経緯が詳しく書かれていない。エーギルの顛末と、ココノエを騙る大男を捕まえたという事実が書かれているだけだった。
「大した理由もなくローランが私にこのような物を送ってくるとは思えないのだが……。」
この程度ならば町の役人の采配で、しかるべき罰を与えて終わる話。その後定期報告で自分の耳に入れておけばいい、ハバキはそう思った。勿論ローランもそれくらいの判断力は備えている。だからこそ、ハバキはローランのこの行動が解せないでいる。
「ハバキ様はどうお考えですか?」
「どうと言うと?」
ココノエはローランを救い出した過去がある。口にも態度にも出した事は無いが、その時から弟子であると同時に大事な娘として見守ってきた。だからこそこれは間諜のローランとしてではなく、娘からの願いと捉えるに至った。
「この領内で言えば、ローランは私に次ぐ実力がございます。」
「それはわかっているさ。そうであればこそあの町を任せているのだ。」
レイラを除いて領主館の他の人間は知らないが、ハバキはローランの腕がどれほどかを知っている。ココノエとの手合わせを見物した事も、実際に自分が手合わせをした事もあるからだ。それゆえに見えている事柄に曇っていた部分がある。
「ではローランでは無く、戦う術を持たぬ者が襲われていたとしたら?」
ココノエの短い言葉にハッとするハバキ。
「……そういう事か。私はローランに甘えていただけだったな。」
「いえ、それは甘えではなく信頼の証でしょう。」
ココノエは責める事はせず、娘を買ってくれているハバキに感謝した。
「ふふ、邪魔したな。早く治せよ? さっきはああ言ったが、お前の紅茶が飲みたくなってきた。」
「御意。」
ハバキは立ち上がると扉の前に移動し手を掛ける。しかしそこで動きが止まり、沈黙した。
「いかがされました?」
そう問いかけるココノエに、ハバキは振り返り言葉を返す。
「お前のもう一人の娘の事だが、あの服はどうにかならないのか?」
別に今その話をする必要は無かったのだが、ハバキがそう言ったのには理由がある。例えココノエが口に出さずとも、ローランもレイラも、そして勿論ハバキ自身も、三人を本当の親子として認識している。そして、ココノエの秘めた思いも把握している、そう伝えたかった。
「言葉選びがお上手で。」
「何の事だか。」
したり顔でココノエを見るハバキ。ココノエは小さく溜息をつくと、瞳を閉じる。
「……今のは皮肉でございます。」
「くっ……。」
直接的な言葉で言うより格好良いと考えて捻りだした台詞だったのだが、浅いと笑われた気分になり顔を赤くするハバキ。
「ですが……、あの恰好は確かにいただけませんね。いずれ全て捨てて新しい物を用意致しましょう、私の趣味になりますが、文句等言う余地は与えません。」
「聞いていたのか?」
自分が先程レイラに言った事と同じ事を提案してくるココノエにハバキは驚く。
「……? 何をでございましょうか?」
どうやら聞いていた訳ではなく、ココノエも自分と同じく「言っても無駄」という結論を導き出したという事実に、おかしさが込み上げて来るハバキ。
「ふははははは。では、お前が治れば三人で出向くとしよう。娘の服を買いにな。」
「畏まりました。」
ハバキは病室を後にし、レイラににやけた顔を見せながら待合室に出る。
「何がおかしいんだよ!」
診察室の扉の向こうからレイラの声が聞こえたが、黙殺して出口を潜った。
庭を抜け領主館へと戻る途中、エルフの国の近くで採れる珍しい花の中でうごめく、巨大な蝶の幼虫を見付けて立ち止まる。刃物を当てれば弾けそうな程丸々と肥えており、黄色いその体に黒い無数の斑点を散りばめ、そこだけ集中的に毛の生えた尻をうねらせ花の蜜を飲んでいる。
「うっ……、ローランが言っていたのはこれか……。」
ハバキはこの幼虫の味を知っている。口当たりがよく、上品な甘さで感動すら覚える。そして、パンに挟むと美味い。
「確かにお前のお仲間は美味かったが……、安心してくれ。どんなに美味くてももう食べるのはごめんだよ。」
騙されでもしない限り、今後口に入れる事はないだろう。顔を引きつらせながら幼虫にそう誓うと、再び領主館へと向け歩き出した。
その日から数日後、捉えられた偽ココノエは領主館への反逆者として王都に送られ、国王自らが取り調べに席を並べる異例の事態となった。
その際、国王の能力により数々の余罪が露見し、偽ココノエは最も過酷な流刑地へ送られ、身を置いていた組織は見つけ出され壊滅に追い込まれる事となった。