メイドが帰ってきました⑥
黒煙の中で偽ココノエが暴れているのが何となく見える。それに対してローランがしゃがんで何かしているのも。
「ぅごへっ! 何だよこれえっへ!」
エーギルがむせながら慌てて飛び出して来た。
「こっちこっち、風上だからこっちに来るといい。」
俺はエーギルに手招きしながらそう言ってやる。
「あっ! てめえふざけた事しやがって……。」
俺がした訳じゃ無いんだけど、ローランがそんな事する筈はないからな、この男の中では仕事が出来る可愛くてか弱い女性だから。
「そうそう、俺が投げた爆弾が爆発したんだ。思いっきり吸い込んだようだな。」
「爆弾だと!? ローランさんまで巻き込んだってのか!」
「そうだ、ローランにはココノエと一緒に死んでもらった。そうじゃなければ俺が死んでいた。」
「何て事しやがんだ……、血も涙もねーのかよ!!」
いやいや、お前達こそキイを攫って良からぬ事をしようとしてたじゃないか……。
すぐに敵に言われた事を信じるのもどうかと思うが、とにかくローランごと爆破されたと思い込んだエーギルはその場に崩れ落ちて、泣きながら地面を殴っている。
「俺の事が好きだって言ってくれたローランさんはもういない! 笑顔で俺を見ていたローランさんは……! ちくしょう!」
「生きてますけど。あとさらっと嘘を混ぜるのやめてください。」
風で黒煙が薄くなり、ローランと偽ココノエが姿を現す。
「生きてるじゃねえか! 騙しやがったな!!」
エーギルが立ち上がり、ローランを上から下まで見て無事なのを確認した後、ぐちゃぐちゃの泣き顔のまま俺の方に走ってくる。拳を振りかぶってはいるが、堂に入ってないせいで、その見た目は理性をギリギリで保っているおかまのようだ。
「流石に俺がいくら弱くてもお前には負けないよ。」
俺を殴ろうと振り下ろし気味で迫るエーギルの右手を、左手で内側へ払うとそのままエーギルは体勢を崩して地面に転がる。こいつ殴り抜くつもりだったな、ローランを殺した訳でもないのに酷い奴だ。
そのローランはというと、俺が確認した瞬間、丁度偽ココノエの鳩尾に掌底を入れた所だった。
「うわ、痛そう……。」
息が出来なくなるからな、あれは辛い。
「よくも避けやがったな!」
見てないうちにエーギルは上半身を起こしており、膝を付いて俺を睨んでいた。
「いや、避けただけで文句言うなよ。」
「うるせえ!」
また上から振り下ろして来るのかと思ったら、今度は脇腹辺りから腕を伸ばして来た。さっきのを見る限りじゃ負ける方が難しいな、そう思っていた俺は、左手でエーギルの拳を正面から受け止めた……、つもりだった。
「ぃ痛った!!」
突然の予期せぬ痛みに叫んでしまう。油断していた。エーギルはナイフを隠し持っていて、それが俺の左手を貫通して、真っ赤に染まった刃先が手の甲から生えている。
「ざまあ見ろこの泥棒野……ろっ!?」
そこまで言ってエーギルが俺の視界から消える。なんだ、あいつは高速移動が出来るのか?
「アレン様!」
エーギルが実力を隠していて、恐ろしい早さで俺の死角に消えた訳ではなく、ローランがとんでもない早さでエーギルを蹴り飛ばしただけだった。
「ああ、ローランがやったのか。殺してないだろうな?」
「知りませんよそんな事! お怪我が!」
「いや、凄く痛いけどすぐ治るから、しばらく……」
我慢してればいいんだよ。と言いたかったのだが、気付けば追って来た偽ココノエがローランの後ろに迫っている。あんなに痛そうな攻撃されてたのになんて頑丈な奴だ。
俺の目が偽ココノエを捉えたのを察知したのか最初から分かっていたのか。偽ココノエの手がローランに届く寸前、ローランは身を低くして左肘を曲げ、左足を後ろに下げながら振り返り偽ココノエの腹に肘をめり込ませる。そのまま肘を振りぬくと、くの字に曲がって体が少し浮いた偽ココノエに右拳を突き刺した。
「うぶぇっ!」
吐瀉物をまき散らしながらごろごろと地面を転がる偽ココノエ。
ローランも怒らせてはいけない危険人物の一人として、俺の脳内で名を連ねた瞬間だった。
「お見せください!」
すぐに何もなかったように俺の左手の心配を続けるローランだが、俺がナイフを引き抜いて見せるとエプロンを千切って巻いてくれた。
「スノドに薬を貰いましょう!」
消毒薬かな? 傷薬にしたって別に要らないんだけど。
「いや、問題ないよ。痛いけどすぐに治るんだ、死なないってこういう事なんだよ。」
「しかし……」
「それは誰がしたのじゃ?」
キイがいつの間にか外に出ていて、俺の左手で血で染まる布を見ている。
「キイ様申し訳ありません! 私がいながら……。」
「質問に答えよ、それは誰がやったと問うておる。」
そういえばエーギルはどこに行ったんだろうか。辺りを見回してみると、俺達が掃除した時に出して、纏めておいたゴミや廃材の中に突っ込んでいるのを見付ける事ができた。
「いました、あの者です。」
ローランが指差すとキイは無言でエーギルに近付いて行き、足を持って引き摺りながら戻ってくる。
「ワシはちょっと用事が出来たのじゃ、しばらくしたら戻るから気にしなくてよい。」
「いや、エーギルをどうにかするつもりじゃないだろうな?」
「気・に・し・な・く・て・よ・い。」
真顔でそう言うキイに気圧されて何も言えなくなった俺とローランは、そのままずるずると町の方へエーギルを引き摺って行くキイを黙って見送るしかなかった。