メイドが帰ってきました③
いずれはっきりするだろうという事で、天使の種に関する話題はやめる事にした。
するとローランがハバキに預かった物があると言って、木箱に入った何かを取り出す。
「ハバキ様にお貸しくださったのでしょう?」
丁寧に木箱に入れられていたのはあの日ハバキに貸した俺の短剣で、くもり一つ無く綺麗に磨かれている。革を適当に縫い合わせて鞘代わりに使っていたのだがそれは付いておらず、かわりに控えめだが美しい装飾が施された木製の鞘が一緒に入れられていた。
「確かに俺の貸した短剣なんだけど、これは一体……。」
キイが短剣を手に取り、刀身に自分の顔が映る程磨かれている事に感嘆の声をあげている。
「ハバキ様に伺いましたが、アレン様と別れての帰り道、中型の魔物に襲われたのだそうで。」
「ああ、そういう事もあるかもしれないと思ったから貸したんだ。ハバキの剣を真っ二つにした何かも居たしな。」
結局あれは何だったんだろうか。ローランの口ぶりから察するに、ハバキはその正体に辿り着いて無さそうだけど。
「そういう訳で、自分の命があるのはこの剣があるおかげだと仰いまして、感謝の気持ちを込めてこのように手配したという次第です。」
「無事だったのは何よりだけど、何もここまでしなくても。」
キイが短剣を鞘に収めて俺に差し出す。俺はそれを受け取りながら半分独り言のようにそう言った。
「まあ建前ですよ、アレン様には随分と恩義を感じておられるようですから。」
「どういう事?」
短剣を貸した事が恩を売った事になるというのはわかるが、ローランはそれが建前だと言う。
「そういう事じゃったか。」
「え?」
何故かキイは話が見えているようだ、当事者の俺が分からないんだけど。
「お主の話ではハバキは大層優秀な馬に乗っていたのじゃろう?」
「うん、速いし頭はいいし……。馬に詳しくない俺でもあれは名馬だってわかるくらいには。」
それが剣と何か関係あるだろうか……? いや、ないだろ。
「お主の短剣が有ろうと無かろうとその馬に騎乗しておる状態なら、並みの魔物は戦わずとも振り切れるじゃろう。」
まあそうだろうな、帰りは後ろに誰も居ない訳だし。更に言えばハバキの技術は、流石は騎士と言うべきか、馬に乗って疾風のキリコとして戦場を生き抜いて来ただけある……、と思う程に優れていた。
「そうなのです、つまりハバキ様はその短剣に命を救われた訳ではありません。国王様との事やエヌの件、ご自身ではどうにも出来なかった事を引き受けて下さったアレン様に、せめてものお礼なんだと思いますよ。」
ローランはそう言うが、何か勘違いしてるんだよなそれ。
「いや、そんな大した事してないよ。トビーとの事はキイが考えたんだし、エヌの事もただ火龍に会いに行っただけだし……」
俺はそんな恩を感じられる程の立ち位置には居ないよ、そう言いたかったのだが、ローランが遮るように声を発する。
「それともう一つ、ハバキ様はご友人が少ないのです。アレン様が対等なお付き合いの出来る友人になってくれたと大層お喜びで。」
何だよそれ、絶対俺なんかより顔広いだろうに……。少なくともこの前来た貴族達とは狩りに出かけるような仲なんだろうし。
「そういう事ですから、アレン様も素直に喜んでいただけると報告するのが楽でいいのですが?」
ローランが紅茶を飲みながら、片目を瞑りちらりと視線だけを寄越す。
「ああもうわかったわかった、ありがたく使わせてもらうよ。感動してたって伝えといてくれ。」
「畏まりました。」
満足そうな顔でローランはそれだけ言うと、また俺から視線を外した。
いまいち腑に落ちないが、ハバキの気持ちが嬉しいのは本当だ。感動もしてる。突き返すのも変な話だし、ローランの言うように有難く頂戴しよう。