メイドが帰ってきました②
「そうでしたか……。確かな証拠はありませんが、下手に否定もできませんね。」
キイからナギの不審な点について聞いたローランは、そう言いながら頷いた。
「だから今は黙って先に治してしまおうって事になってるんだ。一部の人には俺が話してしまったんだけど、そっちはすでに口止めしてる。」
「理解しました。ですが、レイラを疑う必要はありませんよ。」
両手を脚の上に重ねて置いたローランは、毅然とそう言った。
「ほう、何故じゃ? 姉妹の情等とは言い出すまいな?」
俺もあの人に裏表はなさそうだとは思うが、キイはそうは思っていない。ローランが庇っていると思うのは仕方のない事だ。
「エヌを発見しレイラの元へ連れて来たのはナギなのです。そもそも、その天使の種というものがレイラに何の利益も生み出しません。」
「人にも寄生するのじゃ、数が増やせれば兵器として売る事も出来るじゃろう?」
まあ宿主が死ぬまで何十年もかかるんだけど、あんなものが生えたら日陰の生活になるのは間違いないよな。
「あとは天使とかいう生き物に、純粋に憧れてるとか研究したいとか……。まあとにかく成長させて会いたがってるという線もあるよな。」
「そうじゃな、火龍の話では力に溺れた種族のようじゃから、それはつまり溺れる程の力があるという事じゃ。力を欲しがる者は少なくないからの。」
他にも俺達が思いもつかない理由があるのかも知れないが、とにかく生もうと思えば利益は生み出せる筈だ。
「姉妹の情と仰られましたが、そういう物は私達には存在しておりません。客観的に見て、レイラは倫理観や道徳観に欠けているのは明白ですが、だからこそこのような回りくどいやり方で財を成そう等とは僅かにも考えないでしょう。それよりまず第一に、レイラはお金に興味が一切ありません。」
言われてみればお金には無頓着そうな感じだったな。白衣は綺麗だったがその下の服はよれよれだったし、髪も特に手入れをしている印象は受けなかった。
「しかし医術に使う道具はどれも高いじゃろう? 将来は自分の医院が欲しいと思っているかもしれん。」
「道具は国王様の計らいで御殿医から卸された物で、最新とは言いませんがその辺の町医者の使う物より遥かに良い物です。それ以外のレイラの身の回りの物は、全てハバキ様と師匠が用意したのです。放っておけば誇張ではなく本当に何もせず一日を終えるレイラに、自分の医院を持ちたいなどという夢があろう筈がございません。」
それで白衣は綺麗なのか、おそらく支給されているんだな。これくらいは綺麗な物を着ろ、と怒っているハバキやココノエさんが容易に想像できる。
それにしてもちょっと辛辣過ぎる気がする。するんだが、反論の余地が見当たらないくらいには納得出来るな、一回会っただけなんだけど。
「後ろに本当の黒幕が居るとかな。」
だとしたらわざわざ王都の医者や領主館にいるもぐりの医者を使う必要性も感じないけど。
「ないでしょう、人付き合いができる人間ではありません。アレン様への数々の暴言をお忘れですか?」
暴言……って程でもないけど、誰かに取り入るとか脅されて利用されるような風には見えなかったな。
「仮にお主が言うようにレイラが関係していないとすれば、ナギが単独で何かを企てておるという事になるのじゃが……。」
キイは顔の前まで運んだ紅茶を見つめてそう言う。
「ですがナギはいわゆる成功者ですよ。望んでも望んでも、王都で開業するという夢に届かない医者がどれだけいるか……。」
「金の線は無いとすると、やっぱり研究なのかな。」
「そうじゃな、種のまま何百年何千年と生きておるのじゃから、その生命力の謎を解明できれば医術に何らかの革命をもたらすかもしれんの……。」
だとしてもレイラの所にエヌを連れて行く理由が見当たらないんだよな……。
「なあ、ナギがその天使の種をどういう目的で使うつもりなのかは置いといてさ、何でレイラの所にエヌを連れて行ったんだろうな。」
「それなのじゃ、じゃからワシはレイラとナギが共謀しておると思ったのじゃが……。」
「考えていても答えは出ないかもしれませんね。ですがレイラは天使の種の事を知らないと断言しておきます。エヌが治ったらナギを拷問しましょう、それが一番です。」
さらっと恐ろしい事言ったな今。
まあでもそれしかないのかやっぱり、俺達じゃ名探偵にはなれないみたいだな……。