メイドが帰ってきました①
薬局の掃除も終わったので特にやる事も無いが、ナギが往診に来るかもしれないという事で、俺達は毎日エヌの元には顔を出している。
しかしナギどころかたまにヒルダさんが髪飾りを持って立ち寄るくらいで、ただただエヌの遊び相手になるだけの二日が過ぎた。
キイとテーブルを囲んで朝食のパンを齧りながら、ムパシ山はどうなったかななんて考えていたら、キイが微笑みながら口を開く。
「今日はローランが戻る日じゃな。」
キイに言われて思い出した。そう言えば俺が山に向かう日の朝、四日後に戻るって言ってたな。
「でもあの日はうちで働いて、その後トールさんの店にも寄って、ハバキの所で三日働く訳だろ? で、今日うちに戻ってくるって事は……、ローラン休みが無い事になるよな?」
「まあ本人から休暇の申し入れでもない限り、本来月に一日でもあればいい方なんじゃがの。」
そうなのか……、大変なんだな。
「でもトールさんの所で働いてた時は七日に一回休んでるって言ってなかったか?」
今でもトールさんの所で働いてる事に変わりはないんだが。
「どのような者の屋敷に潜り込んでおったかはわからんが……、人手が足りなくて困っている状況で、たった二日しか来ないメイドに休憩を与えると思うかの?」
そう仕向けたのはローランだが、猫の手も借りたいって時を見計らってトールさんが声を掛けてたんだもんな。ローランから見れば六日だけど各雇い主からしてみればたった二日なんだから、自分の所ではなるべく働かせよう……、ってなってもおかしくはない。
「じゃあ今日は夕食だけ作ってもらって後は休んでてもらおうか。」
「……という訳じゃ、ゆっくりすると良い。」
キイがテーブルの上に新しい紅茶のカップを出して、紅茶を注ぎながらそう言うと、部屋の扉が開いてローランが入ってくる。いたのか。
「お優しいんですね、私感動の涙で前が見えなくなるところですよ。」
ローランは大きな鞄を床に置き、キイと俺の間に着席しようとして……、ぐるっと回りこんで席に着く。
「なんだ今の?」
「アレン様の左手に座ると怒られますから。」
「ぬっ!」
ころころと笑うローランに、歯痒そうな顔をして紅茶を差し出すキイ。エルフの文化を尊重するのはいい事だが、風呂で言われたからってそこまで露骨にしなくてもいいのに。
「そうだローラン、エヌの事なんだけどさ。」
「はい。」
エヌの名前を出すとすぐに悪戯な表情は消え、ローランは姿勢を正して俺の方を向く。
「治す方法見付かったよ、火龍が知ってたんだ。」
「……………。」
ローランは黙ったまま俺を見つめている。
「どうしたんだ? 何か思ってたより簡単に治るみたいだぞ、ある草の汁を……」
「……かった」
「え?」
「良かった……、アレン様にお願いして本当に良かった……。」
泣き出してしまった。
ついさっき感動の涙で前が~とか冗談言ってたのに、本当にそうなるとはな。困ったぞ。
「ま、まあまだ治った訳じゃ無いし、泣くのは治ってからでいいんじゃないか? あと俺が頑張った訳じゃ無くて火龍が知ってたってだけだぞ。あと火龍の牙も貰えたから風呂はいつでも入れるようになる、メイドの仕事が一つ減るしいい事だよな。そういえばこの前のあいつ、まだ復讐しに来てないよ。それからエヌの店掃除したんだよ、見違えるほど程綺麗になったから是非見違えて欲しい。」
取り敢えず泣き止ませようと色々な話題をまくし立てた。
「何を一人で慌てておるんじゃお主は……。」
キイに冷静にそう言われて少し顔が熱くなったのを感じたが、そんな俺を見てローランが少し笑ってくれたので良しとしよう、作戦は成功だ。
「ふふ、アレン様のおかげなのは間違いないですよ。すぐにハバキ様にもお知らせしないといけませんね。」
ハバキに知れたら当然レイラとナギにも知れる事になるよな、それはキイの疑念が晴れていない今は得策じゃないぞ。
「いや、悪いけどそれはまだ待って欲しいんだ。」
「どうしてですか?」
当然そうくるよな……。どう誤魔化したものか。
「実はその病を治せる植物は世界樹の上部に生えておるらしいのじゃ。知っての通り世界樹はワシらエルフの聖地じゃ、噂を聞きつけた者が集まって来ないとも限らんから、出来ればこの話は他言無用で頼みたいのじゃ。」
「なるほど、キイ様ですら知らない植物、それも今まで誰も手にした事が無いとなると、訪れる者も探求心だけとは限りませんからね……。」
【聖地】を上手く利用したな、ローランもそう言われたらおいそれと吹聴出来ないよな。
「ですが植物の事は伏せて、治る……、という事だけはお知らせしてもいいのではないですか?」
そうだよな、やっぱりそこは共有したいよな……。正直竜草の事なんかどうでも良くてそっちが重要なんだよな。
「天使の種。」
キイが突然あれの名を呼んだ。ローランは何を言っているのか分からずに首を傾げる。
「……それがその、あの子の腫瘍を治せる植物の名前なのでしょうか?」
「ふむ……。ローラン、レイラというお主の妹は、エヌの元へどれくらいの頻度で来るのじゃ?」
「あ、いえ、レイラは来ませんよ? いつもナギに任せているかと。」
自分の質問に答える事無く与えられる質問に、困惑しながらも答えるローラン。
「ナギという者とは昔から親しいのかの?」
「いいえ。……一年程前でしょうか、どこで噂を聞いたのかレイラの元を訪ねて来まして、押しかけ弟子のような事を始めたんですよ。本人も王都で医者が出来る程の腕なのに、なんでレイラのとこなんかに……、って不思議に思ってはいるんですけど。」
ん? あれ? 俺も思い違いしてるな。
「一年前から……、って事は、数で言えばローランはあまり会ってないんじゃないか?」
「そうですよ?」
仲良さそうに見えたからもっと古い友人かと思ってたが。
「てっきり三人でどこかに旅行に行くような間柄かと……。」
「ありえませんよ、私はナギの事が嫌いですから。」
嘘だろ? 好きではないとかじゃなくて、嫌いってはっきり言ったな。凄く仲良さそうにしてた……、いや待てよ、俺が勝手にそう思い込んでるだけなのか? 思い返すとナギがローランに友達のように話しかけてただけで、ローランは至って普通に返してたような……。
「わかったのじゃ、ローランには全部話してもよいじゃろう。」
「一体何の事かさっぱり掴めませんが……。」
ローランを味方だと確信したところで、キイが紅茶を淹れ直す為に立ちあがった。
「紅茶なら私が。」
すぐに気付いて立ち上がろうとしたローランだったが、キイはその肩を押さえ、微笑む。
「今日の仕事は夕飯だけじゃと言った筈じゃ。紅茶を飲みながら全部話してやるから待っておれ。」
そうしてローランを再び椅子に付かせると、キイは満足そうに部屋から出て行った。